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 春の訪れ
投稿:長野央希
ここ数日は大分暖かく、過ごしやすい陽気となっております。依然として、海風は激しいものがありますが、屋外で発熱外来を行っている身とすれば、暖かいだけで、仕事の苦痛が大幅に緩和されることを強く実感しています。この暖かさの中で、木々の芽生えなどもあるのでしょうか、いかにも春めいた風の香りを感じました。この香りを感じると、待ち望んでいた春の訪れが近いのではと思わせられます。しかし、同時に春というのは別れの季節でもあり、うきうきした気分に混じって、別れを予感させる胸の疼きのような感覚も生じてきます。学生時代であれば、春は組替えや、卒業のシーズンであり、働くようになってからは、異動の時期でもあります。仲の良い同僚が去って行ったり、あるいは自分自身が去っていったりということもあり、春めいた景色や匂いは、時にもの悲しい気持ちにもさせられます。
もっとも、昨年の3月は引っ越しや職場の異動などもあり、全く、そんなセンチメンタルな感情もわかず、至極バタバタしていた記憶しかありませんが。
この陽気で、もうすぐに春が来るような錯覚に陥っていますが、また明日から寒くなるようです。魚沼では雪マークになっていますので、まだまだ冬が終わらないのだと思います。明日も魚沼に行ってくる用事がありますが、降雪量もどうなりますか?二月末ともなってくると、流石に降る雪の量もだいぶ減ってくるとは思いますが。今年は雪が多いことで、多くの人への影響もありましたが、同時にイノシシにも大きな影響があった模様です。
十日町で、雪かきの途中でイノシシに襲われた方がいらっしゃいましたが、その後も新潟県内ではイノシシによる被害が例年よりも大分多いとのことです。というのも、そもそもイノシシは冬眠をしないこと、足が短いために積雪量が多いと、除雪がなされる市街地まで下りてきてしまうこと、平地に下りてはきたが、雪かきによってできた雪壁を越えられずに、山に戻れなくなってしまうことなどが影響しているのではというのが専門家の見解です。また、昨年、一昨年が雪が少なかった分、イノシシにとって冬が過ごしやすく、繁殖が進んだことも影響しているのではないかという話もあります。魚沼をはじめ、新潟県内はここ数年クマの目撃情報が多いのですが、イノシシも負けず劣らず、数が増えているようです。また、かつての様に里山というものが減って、山と人間の生活区域が接するようになったことも、このような野生動物に遭遇する機会を増やしているのだと思われます。どうやって野生動物と、平和的に共存できるのかを考える必要もあるのだと思います。

春は確実に近づいてきましたが、暖かくなることで、雪解けによる雪崩名s度の問題も増えてきます。気を引き締めていきたいものです。

2021年2月22日(月)

 地震の痕
投稿:長野央希
2/13の23時過ぎに福島沖を震源とするマグニチュード7.4の地震がありました。新潟県内でも、震度4程度の比較的長い揺れを感じる地震でした。
福島や宮城の方々は、10年前の震災の時の記憶がよぎったのではないかと思われます。不幸中の幸いで、今回はさほどの津波が起きずに、水難事故は起きてはいませんでしたが、それでも地震そのものにより100人強の人がケガをされているとのことです。報道で見る限りでは土砂で道路が完全に遮断されているような光景も見受けられましたし、東北新幹線は運行再開に10日程度かかる可能性があるとのことです。
私は、東日本大震災の際に3/13〜15まで赤十字の救護班で、宮城県の石巻に行ってきました。この時期は、ひっきりなしに余震があり、揺れに慣れてしまったのか、震度4程度では、さほど驚かなくなってしまった記憶があります。避難所に避難している人たちの中には、多数の子供もおりましたが、彼らも避難所のグラウンドでサッカーなどに興じていても、頻回な余震を気にすることもなく、遊びを続けていたのが強く印象に残っております。あの時の震災は地震そのものによる被害よりも、津波での水による被害が甚大でした。私が3/13に石巻に行った際には、街中が水浸しで、もともとの市内の風景を知らない人からすれば、町全体が貯水池なんだろうかと思うほどでした。
そういう意味でも、今回の夜間の地震で、津波が来なかったことは、本当に良かったと思えます。10年前は昼に地震がありました。同じような地震が夜間に起き、しかも同じ規模の津波が夜間に起きれば、当然非難する人たちの移動には大きな障害が生じることは明らかであり、その被害も更に大きなものになることは想像に難くありません。
やはり、天災には勝てないことを痛感しつつも、冷静に事後処理にあたることが重要であろうと思います。そして、何よりも重要なことは、無責任なデマのような情報を流さない、あるいはデマを容易に信じてしまわないように注意することだと思います。コロナ禍でも浮き彫りになっておりますが、ネットでのくだらない偽情報や、まことしやかな噂でも、何の根拠もないようなでたらめ情報が無責任に垂れ流されてしまうのが現代社会です。また、匿名性を利用して、非常に心無い内容を発信しているケースも少なくありません。天災の後には、必ずと言っていいほど、こういった類の悪質なデマが流されます。こういった情報で右往左往しない冷静さを持つことも極めて重要だと言えます。
自然災害の痕は、何も我々の生活への物理的な破壊にとどまらず、精神的な部分での破壊としても色濃く残ります。厄災の痕は、社会全体が協力し合わなければ、埋められないと思います。そのためにも、人々の間に不信の念が満ちてしまうことがないようにする必要があると思います。

本日からと東北は荒天となるようですので、地盤が緩み、更に土砂災害などが起きやすくなると思われます。くれぐれもご注意いただきたいと思います。

2021年2月15日(月)

 アジアの民主主義
投稿:長野央希
ミャンマーでは国軍によるクーデターで騒ぎになっております。選挙に不正があったというのが言い分のようですが、どこぞの超大国でも同じような論法で、騒乱が起きたのも記憶に新しいのですが。ミャンマーではデモも起きて、軍政府は孤立を深めているという話ですが、今後の推移を注視していく必要があろうと思われます。スーチー氏も拘束されているとのことですが、彼女の父親であるアウンサン将軍は、ビルマ建国の父ともいわれ、日本にも滞在していたことがあるようなわが国とも縁の深い人物でありますので、我々日本人は、もう少しミャンマーという国に関心を持ってもいいのではないでしょうか?
そんな情勢下で、米国などの各国は軍政府への非難を強めておりますが、中国政府としては、軍への非難は避けております。というのも、中国は、ミャンマーを通過する形で、本国に石油のパイプラインを通しておりますので、ミャンマー政府の機嫌を損ねたくないという思いがあるのでしょう。同時に、常にインドとは緊張状態にあるため、その界隈の国とは良好な関係でいたいという思惑もあろうと思われます。更には、南シナ海周辺各国と軋轢があるため、ミャンマーとは同盟関係を維持したいのだろうと思われます。そんなわけもあり、当面はミャンマーを舞台に米国と中国の駆け引きは続いていくことが想定されます。日本も、こういうときに仲介者となれれば、交際的な株も上がるのではないかと思えるのですが、外交というものはそんなに簡単なものではないのかもしれません。
このようにミャンマーやタイではしばしば国内情勢が不安定になりがちです。曲がりなりにも両国とも民主主義国家を標榜しているものの、民主主義というものが極めて成熟していない状況であるからこそ、軍による活動が国政を牛耳りやすいと言えるのかもしれません。
しかし、そもそも、アジア各国で、民主主義が成熟して、しっかり機能している国というものが存在しているのでしょうか?アジアで最も民主的な国であると言えるのは日本と韓国、シンガポールなどかもしれませんが、韓国では、大統領が代わるたびに前大統領が色々な罪で断罪されることが繰り返されており、中世のジェノバのような感じで、あまり成熟した民主主義国家のようには思われないというのが正直なところです。では、日本はどうかというと、日本も民主主義が未熟と言えます。そもそも、政治家諸氏をみてみると、先祖代々の政治家一家というものが少なくないのと同時に、タレント議員も少なくない状況です。民主的な選挙で、なぜ、家族が代々政治家になるのでしょうか?結局、選挙には資金と地盤が必要で、そのためには政治家一家の方が有利であるからでしょう。世襲制になってしまっており、まるでかつての貴族制の様相を呈しております。そのほか選挙に勝つとすれば、知名度を上げることが近道になりましょうから、タレントで知名度が高いと有権者も票を入れてしまうと言い結果から、タレント議員も増加していく寸法です。親が政治家だから、子供も政治力があるのか、あるいは有名人が政治的なスキルを有しているのか、甚だ疑問なのにもかかわらず、票が集まってしまう。これは成熟した民主主義でしょうか?しっかりした政策を打ち出している地味な政治家志望の一般人こそが、政治の世界で増加してこそ、民主主義も成長していくと思います。結局のところ、アジア各国では、自分たちが血を流して、民主主義を勝ち取っているところが少ないことが現状の要因となっている気がしてなりません。日本も、欧米から(ある意味)押し付けられるような形で民主主義を導入しております。本来、民主主義というものは国民が自分たちの血と汗で勝ち取るべきものなのだと思います。フランス革命やアメリカ独立戦争こそが、国民の犠牲の上で民主主義を勝ち得た事象と言えましょう。それでも、現在の両国を見ると、民主主義の危うさや限界が垣間見える気がします。我々、アジアにはアジアにあった民主主義があると思います。欧米からの受け売りではなく、自分たちに会う政体を見つけることこそが国内情勢の安定につながるのだろうと思う今日この頃です。

2021年2月10日(水)

 雪の足跡
投稿:長野央希
今週は断続的に雪が降っておりますが、魚沼では、更に雪のボリュームが増しておりました。魚沼地方では、朝快晴でも、昼になると吹雪くということがしばしばありますが、昨日もそのような感じではありました。
新潟市内では、さして積もるほどの降雪ではないですが、ふとすると、歩道が白く染まってきます。発熱外来は屋外で行いますので、天候によって、その業務の辛さが変わってきます。雪はまだいいのですが、海に近い当院では、冬型の気圧配置になるたびに、強風が吹き荒れます。そうなると、屋外での仕事は精神的にも肉体的にも厳しいものとなってきます。
今年ほど、春を恋しく思った都市はないかもしれません。
魚沼では二月中旬になると、降雪量も減ってくるので、地域の人はその時期になると一安心される方が多いように見受けられました。新潟市に住んでいる今、とにもかくにも台風のような強風が吹かなくなる季節を待ち望む今日この頃です。
そんな中、自宅の庭に数cmの雪が積もったときに、色々な物の足跡が残っているのを見るのが最近の楽しみになっています。先日は、何かの鳥の足跡がありました。歩幅や、その爪の大きさから、やや大型の鳥のように思われましたが、どんな種類のものだったのだろうとあれこれ想像するのが面白かったりします。今朝は、猫の足跡が連綿と続いて、隣の家の塀のあたりで消えました。恐らく、隣家の塀に飛び乗って、立ち去って行ったのだと思われます。土の地面だと、足跡が分からなくなるので、この猫はどこから来たのだろう、縁側の下で暖を取っていたのだろうか等思いを巡らすと、シャーロック・ホームズが雪に残る足跡を追跡して犯人を突き止める話を思い出しました。今も雪が降っていますが、とても積雪が増える感じではなく、恐らく、夜帰宅する頃には、庭の雪も消えていることでしょう。そして、足跡も消えてしまう。わずかな時間ながら、時の流れを痛切に感じさせられます。

2021年2月5日(金)

 緊急事態宣言などの話題
投稿:長野央希
首都圏及び関西圏では、緊急事態宣言3週で、新規感染者数が減少してきている一方で、新規感染者の内、高齢者の割合が増加していることを受けて、緊急事態宣言の延長で調整に入っている模様です。
緊急事態宣言では、飲食業界の営業時間に関する規制が主眼となっているように見受けられます。一方で、都内在住の友人の話では、昨年春の緊急事態宣言の際に比べると、街を歩く人の数は、大分多いということでした。
昨年の緊急事態宣言時に、私は埼玉で働いておりましたが、必要に迫られ、都内に行ったときに、これが東京なのかというほど、道行く人がいなかったことが強く印象に残っています。その時と比べると、道行く人は多く、緊急事態宣言の効力がどこまでなのか、若干疑問を禁じ得ない状況と言えます。
そもそも、飲食店を8時で営業終了にするということの意味は何なのかという疑問もあります。
だらだらと緊急事態宣言を延長するくらいであれば、短期間集中で営業停止措置にした方がよいのかもしれませんし、飲食業界全般が感染の温床となっているわけでもなく、感染拡大させるリスクの高い業種をピンポイントで、営業を控えてもらうという施策でもいいのではないかと思えます。
また、感染の拡大という意味で、最近は感染経路が不明なケースが増加しておりますが、これは当然と言えば当然と言えます。都内の朝の通勤列車は著しい密な状態を作り出しています。そこでは飛沫感染もさることながら、手すりなどを介した接触感染のリスクも考える必要があると思われます。換気を頻回にしているとはいえ、手すりなどの消毒をそこまでこまめには出来ないでしょう。この通勤列車に関しても、昨年春の時は、閑散としていたものが、現在は、コロナ前ほどではないにしろ、車内は混雑している模様です。電車内での感染は、もはや感染者の追跡を不能ならしめるに十分でありましょう。
緊急事態宣言の効力を上げようとすれば、この混雑する電車対策の方がはるかに重要ではないかと考えます。徹底されない緊急事態宣言をだらだらと延長することによる経済的打撃も尋常ではないでしょうから、むしろ、短期間集中で徹底した規制を設ける方が、理にかなった政策と言えます。
企業の側からすればどうかは分かりませんが、出勤せずにオンラインで可能な業務は、オンラインで行う方が望ましいのではないかと思われます。
メスで切るときには、ためらいながら、時間をかけて切開するよりも、思いっきりよく短時間で切開を加えた方が、傷の治りもよいのと同じように、国民に痛みを強いる政策は、徹底した内容で短期間に抑える方が、ダメージも少なく済ませられるのではないかと思います。

話題は変わりますが、コロナ前からもそうでしたが、どうもネットの怪しい情報で右往左往してしまう人が多くなっているように思われて心配です。
ネットは匿名性が担保されているため、明らかに無責任な情報が氾濫する事態となっています。情報を正しく取捨選択できれば良いですが、現実はなかなかそううまくいきません。なまじ知識がある人ほどネットのデマを固く信じて、一度信じてしまうとそれが矯正困難となっている場合があります。
ネット社会は極めて便利ではありますが、その危険性を正しく理解しないと、重大な問題を引き起こしていくということも事実です。
特にコロナで社会不安が強まっていると、容易にデマを信じてしまう下地が出来ていると言えます。我々は冷静に物事を見つめて、情報をしっかりと取捨選択していくことは国民としての責務ではないかと思います。


2021年2月1日(月)

 認知症の判定
投稿:長野央希
先日、顔写真で認知症の判定が可能となる旨の記事を読みました。
東京大学等のチームがまとめた報告で、AIを活用して顔写真によって認知症を判定する正答率が90%であったとのことです。この研究自体が「認知機能が低下した人は実年齢よりも高く見られる傾向がある」との先行研究を受けて企画されたもののようですが、とても面白い研究成果であろうと思います。認知症の診断というものは、案外に難しいもので、写真判定で検査が可能であれば、非常に簡便で安全性が高いと言えます。
勿論、認知症にも様々なタイプがありますので、アルツハイマー型なのか、脳血管性の者なのか、ピック病なのか等々、より詳しい病型までは判別は出来ないでしょうが、それでも認知症の早期発見が簡易にできるのであれば、とても大きな恩恵があろうと思います。

先述の通り、認知症も色々な病因があります。その中でも治療可能な物もあり、それが甲状腺機能低下症に伴う認知機能の低下です。この場合は甲状腺ホルモンの補充で、症状が改善します。また、その他の認知症も早期発見で、認知症の進行を遅らせる治療に結び付けることが可能となります。(残念ながら、現段階では、大半の認知症は治癒させることは出来ないですが)
認知症も考えようによっては、避けることのできない死への恐怖を認知症になることで軽減させられるという考え方もできるとは言えますが、周囲が介護によって疲弊してしまうことを避けつつ、本人の尊厳を保てるようにしていくことが、認知症治療の重要な所であろうと思います。
また、認知症を早期に把握することで、不幸な高齢者による自動車事故や、徘徊の上で行き倒れてしまうというような事件を未然に防ぐことが出来るようになるとすれば、本人にとっても家族にとっても、そして、社会にとっても極めてメリットが大きいと考えられますので、この写真判定の精度を高めていっていただければと願います。

2021年1月29日(金)

 明日に架ける橋
投稿:長野央希
最近はマスクの着用で度々ニュースになっておりました。
マスクをしない人の言い分としては、新幹線や飛行機に乗って、駅弁や機内食や飲み物を飲む際には、結局マスクを外さねばならないのだし、飲食店では、必ず皆がマスクをしていない時間があるのだから、マスク着用を強制するには矛盾があるのではないかということもあるのだと思います。それは、間違いなく一理あるとは思います。ただ、飲食店で、マスクを外して、飲食し、大声で会話すれば、そこから感染が拡大することは実際に見られている現象です。加えて、マスク着用の効能は、科学的にも証明はされています。勿論、マスク着用が絶対的な感染予防には当然なりませんが、感染リスクを軽減することは可能です。また、マスク着用は自己を守るというよりは、自分が感染している場合に、他人に感染を起こさせないという意味で他人を守る意味合いが強いと考えられます。
一時、ジョギングしている人がマスクをしていないと文句を言う人がいましたが、密でなく、大声で会話するわけでもないランナーがマスクをするのは不要と言えます。(心肺機能を高める目的ならば別ですが)
いつ何時でもマスク着用が必要というわけではないことも事実です。
それでも、人が集まるような空間では、マスク着用が望ましいと言えます。例えが適切かは分かりませんが、ネクタイ着用やジャケット着用が必要と言われるドレスコードのあるレストランに行く際に、あえて、ネクタイ着用を拒否して、店とけんかする人は滅多にいないように、TPOとしてマスクを考えるべき時代なのだと思います。今や飛行機や新幹線をドレスコードのあるレストランの様にとらえて、そこで求められるTPOを順守することがエチケットと言えるのではないかと思います。
前述のように、マスク着用の意義は、自分よりも他人を守ることが大きく、つまり、他人への思いやりの延長としての行為として、マスク着用があると思います。
現在は、自分が誰からウイルスをうつされるかわからないということで疑心暗鬼となり、自分以外の他者に対して、不信感を持つような状況となっています。相互不信のような状態です。こんな時だからこそ、もう一度、社会生活というものを考え直さねばならないと思います。人は一人では生きられません。周囲と軋轢もありながらも、共存していく必要があり、その集団生活を潤滑に送るためにはまなーやエチケットが不可欠なのです。そして、その根底にあるべきなのは、思いやりになろうかと思います。各自が独りよがりな行動をとっていては、感染の終息は望むべくもないと言えます。時には、One for all,All for one.のような精神が必要なのではないかと思います。
このような不安の多い社会情勢で、改めてサイモン&ガーファンクルの明日に架ける橋という曲の一つ一つの歌詞が、胸にしみわたります。
涙が出そうになりました。
Like a bridge over troubled water, ,I will lay me down.
Like a bridge over troubled water, ,I will ease your mind.

名曲はいつになっても名曲なのですね。こんなときだからこそ、皆に聞いてほしい曲です。


2021年1月25日(月)

 学歴社会
投稿:長野央希
先週末に共通テストが行われ、鼻出しマスク着用で失格となった受験生がおりましたし、飛行機内でマスク着用を拒否した結果、新潟空港に緊急着陸せざるを得なくなった事件(昨年9月)もありました。その問題の両者は逮捕されるという結果になりました。マスク着用に関して、自分なりの何らかのポリシーがあるのだとは思いますが、自分たちの行動で、周囲が甚大な迷惑をこうむったという事実があり、そういった配慮が出来ない時点で、社会人としての資質に問題があるとみなされても仕方がないことであろうと思います。
これらの事件はさておき、今年もコロナ禍のなか、受験シーズンが到来しております。
これまでも、しばしば大人が「大学は行った方が良い」という発言をしているのを耳にしてきました。日本は豊かになったこともあり、大学まで進学する人が増えておりますが、大学に行くことの必要性に、私はある時期から何か拭えない疑問を持つようになっておりました。
そもそも大学に行く意義というのは、将来自分がなりたい職業に関しての特殊技能を身に着けたり、専門的な勉強をするということだと思っております。あるいは、純粋な学問的な研究を突き詰めたいということもあろうと思います。しかし、今の日本では、就職に有利になるだろうということで、大学進学を志している人が多いように見受けられます。
大学で何を学んだかよりも、ただ大学を卒業したという事実が大事であるかのような風潮に、大変な違和感を感じるのです。
結局、就職の際に企業などの就職先が、人材の見極めが難しいと考えているために、その人間の優劣を判断する材料として、大学を出ていることやどこの大学を出ているといったことを判断材料とせざるを得ず、こういった問題が起きているように思われます。
しかし、そもそも、現在の受験システム自体が、著しく記憶力偏重の勉強ができる人に有利なものであると言えますが、はたしてそのような受験戦争の勝利者が優秀と言えるのかという問題が出てきます。個人的には、一流とか超一流と言われる学校を卒業してきた人間でも、医師として、全く優秀でない人間を少なからず見てきました。逆に一般的には三流と言われるような学校を出ていても、医師として優秀だなと思えるような人も見てきました。そういったこともあり、学歴とは何なのだろうかという矛盾を常々感じてしまうのです。時には大人の見得でしかないような学歴自慢にも、とても不快感を感じます。
そして、今の記憶力偏重の受験戦争勝利者が優位に立つ社会というものは、かつての中国の宋王朝に大分似通っているように思えてしまいます。宋王朝は、科挙という記憶力を問うような試験で役人の登用を行いましたし、国防というものをあまり重視しなかったために、北方からの異民族に領土を削られ、最終的にモンゴルに滅ぼされてしまいました。
今の日本も記憶力重視の熾烈な受験戦争、国防にあまり力を入れられない社会情勢など、不吉なほど状況の類似点が認められ、宋と同じ轍を踏まないようにしていきたいと切に思わずにはいられません。
学歴社会というものは、明らかに家柄や血筋でしか出世できないような社会から見れば、はるかに優れているとは思いますが、最近の日本の国力低下を考えると、現在のような人材登用システムでは限界があると考えます。
これから人口も減っていき、更に人材育成に難が生じてくれば、さらなる国力低下は免れません。人材育成や人材の抜擢というのは事程左様に難しいものではありますが、抜本的な改革(国民の意識改革も含めて)を考えるべき時期なのではないかと思う今日この頃です。

2021年1月20日(水)

 スポーツ界と新型コロナ
投稿:長野央希
現在、大相撲の初場所が行われております。力士の中でも新型kじょろな陽性者が相当数いた模様で、十両以上の関取も16人休場しています。横綱白鵬も感染をして休場しており、鶴竜はけがのため再度休場しておりますので、両横綱が休場している状況です。これだけ大量に関取衆が休場し、横綱も不在なんて言う事態で、よく初場所を開催したものだというのが率直な感想です。そんな中で、「新型コロナの感染が怖い」という理由で、琴貫鐡という一人の力士が引退しました。
このことには賛否両論があるとは思います。新型コロナが怖いという理由で、医師や看護師などが病院を辞めるのはどうなんだというのと同じような議論にはなるかもしれません。殊にコロナ病棟に勤務する職員がコロナを怖いという理由で退職するのはどうなんだということにはなります。
ただ、この琴貫鐡関は本当は力士を引退したくはなかったとのことです。
貴闘力親方のやっているyou tubeに出演して、思いを語っておられるのを拝聴しましたが、彼の言い分として、心臓の大手術を受けていることから、心臓が悪く、コロナ感染をきたした場合に命取りになりかねないという恐怖があること(実際に力士でも新型コロナ感染でなくなっているのを目のあたりにして)、この心臓の手術の時も、相撲協会や親方から治療費の援助がなかったため、片親である母親が治療費を工面してくれたのだが、再度新型コロナに感染して入院が必要となった場合に、その治療費を母親に負担してもらうことが心苦しいということ、新型コロナ感染のリスクを鑑みて、休場をしたい旨相談したものの、相撲協会からも佐渡が嶽親方からもその許可が下りず、引退を余儀なくされたことを切々と語っておられました。
この貴闘力チャンネルでは、しばしば相撲協会の改革要求が発せられていたり、一部の親方への嫌悪感を隠さない内容ですので、こちらのチャンネルの言い分のみをうのみにするのはフェアではなく、佐渡が嶽親方や相撲協会の言い分も聞いたうえで事の是非を判断すべきではあろうと思いますが、何とか琴貫鐡関の心情を汲んでで挙げられなかったかという残念な気持ちは残ります。
恐らく、どのスポーツでもプロと呼ばれる人たちは自分の競技において命を懸ける心積りを持っているのではないかと思います。特に相撲やボクシングなどの格闘系の物では実際に死と隣り合わせという面もあります。しかし、これはあくまで競技そのものによって死ぬ覚悟はあるかもしれませんが、病気で死ぬということは、全く別次元の問題と思います。
スポーツはあくまで娯楽です。かつての剣豪同士の果し合いとは違います。死を前提にすべきものではありません。日本では新型コロナ感染による致死率は東アジア以外での高い致死率とは異なりますが、それでも力士のような丈夫なはずの若者ですら命を落とす場合があるのも事実で、そういう状況を考えた場合、多くの持病を抱えるような力士は少しでも安全を担保してあげないと、今後力士を志そうとする若者がますます減少していってしまうのではという懸念があります。
翻って、東京五輪です。政府としては断行したいという思いが強いようですが、上述のように、ネアンデルタールの遺伝子を受け継いでいるものが新型コロナで重症化するのではという説があるように、実際に欧米やインドなどのネアンデルタールの遺伝子を有している民族の重症化率や致死率が高いという事実があります。そういった地域の人が、オリンピック観戦に、まず来日するのでしょうか?来日した場合に、そこで感染拡大をきたすようなことがあると、更に、それによってより一層死者が増加するような事態になれば、日本への信頼というものは大きく揺らぎかねないと思います。意図しないバイオテロのような状況は防がねばならないと思います。
スポーツはあくまで娯楽です。競技者も観戦者も、命を捨てる覚悟を持つべきものではないと思います。経済効果を期待して五輪を断行することは、長期的に見た場合、益が少ないように思えてなりません。

2021年1月16日(土)

 米国の民主主義
投稿:長野央希
昨年11月に米国の大統領選が行われ、ようやくバイデン氏の大統領就任が決定事項となりました。依然として、トランプ氏は選挙不正や選挙結果が盗まれたなどとの発言を繰り返し、挙句の果てには議会への反乱を扇動するような発言をしたことで、ついには共和党内でも孤立を深める結果となりました。
正直なところ、少なくともコロナへの対策一つとっても、トランプ政権は完全に失態を犯していると言わざるを得ず、新型コロナによる死者数が第二次正解大戦の戦死者を超えているという記事を見るにつけ、ある意味、今回のコロナ政策の失敗は一回の大戦の敗戦に匹敵するような過ちと言っても過言ではないのではと思われます。勿論、別の指導者だったら、コロナの抑え込みに成功したなどの観測は慎まねばならないでしょうが。
地球温暖化に対しても、全くその事実すら認めようとせず、彼は科学的な事例に関しては、理解を示すこともなく、それに対処する術を知らないかのように見えました。
彼が大統領職にしがみつこうとしているのが、これまで彼が犯してきた様々な犯罪行為を断罪されたくないからではないかとうがった解釈をしてしまうほどの醜態をさらしているように見えてなりません。
そんなトランプ大統領ですが、こういった状況にもかかわらず、高い人気と支持を維持しているのです。日本での人気は、よく分かりませんが、恐らく既存のやり方と異なる行動をとっていることが単純に面白いからなのかもしれません。少なくとも、日本人にとっては、トランプ氏が何をしても日本にとってはそれほど重大な影響がないということから、気楽に応援できているのかもしれません。一方で、本国米国では労働者階級の白人に根強い人気を誇っているという話でした。このことを踏まえて、トランプ氏の米国での人気が落ちない理由に興味を持ち、岩波新書の『白人ナショナリスト』という本を読みました。殊に白人の労働者層は、現代米国において、自分たちの境遇に様々な不満を抱いており、長年共和党も民主党も彼らの不満を拾い上げることなく、彼らの受け皿になってこなかったことで、政治不信に陥っているのだろうと思われます。そういった中で、二大政党の色に染まっていない異色なトランプ氏が米国の白人を優遇してくれそうな政策を公約として掲げたことで、根強い信者たちが形成されたのかもしれません。また、いわゆる白人ナショナリストと呼ばれる人たちも、その主義主張で大きな幅があり、場合によってはネオナチや差別主義者もその中に含まれてくるようです。白人ナショナリストたちの思想は、トランプ氏の政策の基礎となる部分で、非常に似通っています。その中で、非常に興味深いのは、米国の外交政策としては、米国は米国のことに集中するという形で、対外的には極力関与しないという思想です。確かに、トランプ氏の政策は対中や対イランにおいて時に強硬な姿勢を見せますが、終始一貫しておらず、殊に中東情勢には米軍を撤退させようとしたりと、従来の米国の姿勢とは大きく異なるものが見受けられます。米国人も米国があまり関与しないような他国のために命を懸けたくないという考えもあり、そこの面でも米国民とトランプ氏の考えが合致したのかもしれません。
更に昨年は特にBLM運動などの差別への抗議活動が活発になっておりましたが、昨今、こんな単語や話題までもが差別になるのかというような事例も散見され、むしろ、反差別が言論の自由を抑制しているような状況も見られます。こういったことに対して、白人ナショナリストは白人の権利を奪うなということで怒っていることも少なくないようです。特に白人の多くは自分たちが米国を強くしてきたという自負があり、しかしながら、そんな自分たちの権利が奪われてしまっているような印象を抱いていることで、危機感を募らせていることも伺われます。実質的にトランプ氏がそういった白人たちにどれだけの恩恵を与えてきたのかという問題は置いておき、それでもそんな不満を抱く自分たちに寄り添ってくれているような感覚を与えたことで、トランプ氏の人気は盤石になっていたのかもしれません。
そういった米国内の実情を鑑みても、今回の暴徒の議会選挙は決して容認できるようなものではないと思います。世界に民主主義を押し付け続けている米国で、これほど民主的でない暴挙は、米国の凋落を如実に物語る歴史的事象になるのではないかと危惧しております。

2021年1月12日(火)

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 訪問診療
投稿:長野央希
魚沼地域で、月一回ながら、訪問診療に携わらせていただくことになりました。患者さんの疾患や状況もさることながら、それぞれの家庭の状況なども千差万別であり、そのため、それぞれのケースで求められる医療も異なり、提供する医療サービスも、それに応じて変化するという意味で、非常にオーダーメイド的といえると思います。
勿論、在宅で行える治療は限られており、いわゆる最先端医療を行うような意味でのオーダーメイド治療とは異なります。
それでも患者さんや御家族の状況によって、そのニーズに丁寧に対応する必要があり、究極のオーダーメイドともいえるかもしれません。
患者さんが、住み慣れた場所で、少しでも長く過ごしていただけるように、医療者は努力する必要があることを、改めて認識させていただきました。
当院でも、徐々に訪問診療などを行っていきたいと考えておりますので、宜しくお願い致します。


2020年7月3日(金)


 日本の医療
投稿:長野央希
自粛解除後、都内では昨日も60人の感染者が判明している。
また、米国では、さらに膨大な感染者数に上ってきている。
米国での陽性者の中での重症者の占める割合がどうなっているのか、どうなっていくのかが注意すべき点ではあるが、少なくとも、3〜4月の頃の状況のような医療崩壊の危機のような状況にはなりにくいのではないかと考えている。今回の新型コロナによる重症化に至る機転が、より分かってきているためである。キーワードはサイトカインストームとDICということになろう。
重症になりやすいタイプの人の傾向もわかるようになっており、そういった方々で重症化しそうな兆候を早めにとらえられることで、DIC治療を早期に行ったり、適切な免疫抑制療法を行い、重症化の芽を摘むことがしやすくなってきていると思われる。
一方で、WHOやCDCは、当初新型コロナに対してのステロイド治療は推奨されないという論調であったが、ここにきてデキサメタゾンは死亡率を低下させるというような報告も出てきており、どちらが正しい見解なのかという問題もある。自分も、短期間ながら、新型コロナ治療にあたってきたため、確実に新型コロナの肺炎でステロイドが一定以上の効果を有していると実感しており、相当数の臨床医は、経験的にステロイドの有効性を把握しているはずである。(勿論、安易にステロイドなどの免疫抑制治療を行うべきではないし、コロナに細菌性肺炎が合併しているような場合では、当然ステロイドは控えるべき状況にもなるが)
そして、実際のところ、WHOが推奨していなかろうが、必要に応じ、ステロイドを使ってきていたと考えられる。
しばしば、日本のマスコミは欧米の医療をほめ、日本の医療に問題があるような報道をされているが、2009年の新型インフルエンザの時も然りであったように、毎年、米国ではインフルエンザで1万人を超えるような死者が出るのである。要するに、ごく一部の、高額な保険を支払っている富裕層が、超一流で最先端の医療を受けられるものの、多くの国民は、さして褒められた医療すら受けられていないという現実があるのである。
国民皆保険の日本では、おしなべて、平均的でそれなりに良質の医療を受けられていることを無視して、日本を貶める報道というのは、明治以来の日本人の西洋文明に対するコンプレックスを如実に表していると言えよう。
安倍首相の言うジャパンモデルが、なにを指しているのかは判然としないが、少なくとも日本の医療を自信をもって世界に発信していくことも重要なのではないかと思う今日この頃である。

2020年6月29日(月)


 
投稿:
現在、魚沼と新潟市を週一回行き来しておりますが、この時期の魚沼での楽しみの一つはホタルです。
小出の市街地からジョギングで行ける距離、あるいは車で五分圏内のところに、隠れたホタルのスポットがあります。
勿論、観光地のようなわけではないので、ホタルが乱舞するような状況とは違いますが、それでも、淡くほのかなホタルの光が、はかなげな美しさを放っています。
昨日も、二か所見てまいりましたが、涼しげにホタルが飛んでいました。そうかと思うと、急に猛スピードで飛んだり、点滅がせわしなくなったりと、見ていて飽きませんでした。
ホタルの光は、色々なものを削ぎ落した、シンプルな美であると思います。
翻って、人間界では、常に宗教や人種、主義主張で、小競り合いが繰り前されています。いたずらに情報があふれているために、その情報におぼれて、結果的に本来の人間のあるべき姿から逸脱したり、人間不信に陥ったりしているように思えてしまいます。
もっと、人間もシンプルに生きれば、より平和共存できるのではないかと思いながら、ホタルの光を目で追っていました。
今年は様々なことがあって、人々も疲弊し、心も荒みがちになっていることもあり、ホタルから、そんなことを考えてしまいました。


2020年6月25日(木)


 世界情勢とコロナ
投稿:長野央希
日本ではコロナの発生件数が減少、落ち着いてきたかのように見えておりますが、世界的には依然として、猛威を振るっております。
WHOの報告では、一日での発症者数が過去最多を更新したとのことです。
ひとたび、規制が緩和されると、なし崩し的に、緩和すべきでないことまで、緩んでしまうというのが人間社会の常ではありますが、気のゆるみも含めて、感染を拡大させている可能性があります。
高温で多湿の環境では、ウイルスの脅威が減ることも期待されておりましたが、パンデミックとなっている現状では、それも期待できないというのが専門家の大方の見方となっている模様です。
殊に米国の連日のデモ、集会は、一層感染を困難なレベルにしているといえましょう。米国政府はコロナ感染対応においても、人種の分断という問題においても、既にイニシアチブが取れていないように見える状況で、はたして、コロナ感染を終息に向かわせるような方策がとれるのか、甚だ疑問です。米国での感染は、少なくとも第二波ではなく、第一波が持続している状態といえます。この状況が遷延している間は、世界中に感染を波及させる恐れが高いと思われます。
新潟県でも一か月ぶりに感染者がおられたようですが、報道によるとやはり海外渡航歴がある方のようです。
米国をはじめとした世界情勢を鑑みると、当面海外との往来は今もなお控えるべき段階であろうと考えられます。
日本では、コロナに感染したとしても、大半は軽症とはいえ、一部では重症化するケースがあることも間違いなく、君子危うきに近寄らないスタンスが重要と言えると思います。


2020年6月22日(月)


 北別府さん 頑張ってください
投稿:長野央希
私は広島東洋カープのファンですが、6/19にようやく2020年度のプロ野球が開幕する予定で、わくわくしてきているところです。
ただし、今年は広島の話題としては、もっと大切なことがあります。
北別府さんが成人T細胞白血病で現在、末梢血幹細胞移植を受けて、闘病中であることです。
私は血液内科診療に携わってきただけに、マスコミで報道されるような血液疾患に対して、注意を払ってはいましたが、元広島の往年のエースの件となれば、より敏感になりました。
ブログを見ていると、息子さんからの末梢血幹細胞を移植して、副作用などで難儀をされているようです。
北別府さんといえば、投手王国と呼ばれた広島の絶対的なエースともいえる方でした。大野、川口、金石など、ストッパーで津田、野手でも高橋慶彦、山崎、長内、重鎮として山本、衣笠などなど今でもわくわくするようなメンツがそろっていたころのエースでした。
それだけ鍛え上げた肉体でも、血液疾患に対する抗がん剤治療や骨髄移植治療はつらいものであることは間違いないと思われます。
自分も、血液疾患での化学療法など行うたびに、治療の副作用や合併症で苦しむ患者さんの姿を診て、時には心苦しい思いもしてきました。そんな中で、病気が寛解、あるいは治癒に至るような患者さんの姿を見て、心から喜び合えたものです。
北別府さんも、長い闘病生活とはなろうと思いますが、一刻も早くお元気になられることを切に願います。
山本浩二さんも闘病生活をされておられるようですが、頑張って克服していただきたいと思います。
二人のためにも、今年はカープが優勝してもらいたいと期待しております。


2020年6月17日(水)


 新型コロナ
投稿:長野央希
昨日、一昨日と都内での新型コロナ陽性者数が50人近くと増加しております。これは、いわゆる「夜の街」で働く人の集団検査の影響もあろうと思われます。
一方で、米国では人種差別への反対デモが全国に広がっており、これによってコロナの感染が再度燃え上がりはしないかと懸念せざるを得ない状況です。また、北京でも再度感染者が増加に転じております。
短期間ながら、コロナ診療に携わったものとして、新型コロナは大半が軽症であるか、無症状であるため、(少なくとも日本では)不必要にパニックになるべきではないと考えます。ただ、高齢者、癌のある方、若くても男性、肥満、糖尿、喫煙(肺気腫)などの条件がそろうと、一定の割合で重症化する印象を受けましたので、決して油断していいものでもないと言えます。
無症状のコロナ陽性者から、このような重症化の危険をはらむ人たちに感染が拡大する可能性を常に考えておく必要があると考えられます。
新潟は幸い大きな流行に見舞われずにここまで来ておりますが、これだけのグローバル社会では、第二波の流行も対岸の火事と受け流すわけにもいきません。我々、医療者は行政とも連携をとって、第二波への対策を練っていく必要があると改めて感じております。

2020年6月16日(火)


 サルコペニア予防
投稿:
当院の近くにあるスポーツセンターも、コロナの影響で、一時休業されておりましたが、ようやくジムも含めて再開されております。拝見しますと、多くの中高年の方々が様々な運動にいそしんでおられます。非常に良いことだと思います。
昨今は、筋肉量の減少からくる身体機能の低下(サルコペニア)が話題になっており、その予防のために適度な運動、適切な食事が極めて重要と言えます。
これまでは医療といえば、病気を治すことに主眼が置かれておりましたが、これからはいかに病気にならないようにするか、あるいは大病になるのを未然に防ぐかという予防の医療がより大切になってくると考えます。
そういうことも、患者さんとともに考えていきたいと思っております。
尚、これからの季節、運動中の脱水、熱中症にはくれぐれもお気を付けください。

2020年6月13日(土)

 ブログを始めました。
投稿:長野央希
急激に真夏のような天候になってきている今日この頃。
全国的にも、ようやく新型コロナ感染が収束に向かいつつあるのかと期待する日々です。幸いに、新潟県は大きな流行のうねりにもまれることなく、本日に至っております。
私は、4月末から5月いっぱい、北埼玉の病院で新型コロナ診療のお手伝いをしてまいりました。関東もひとくくりにはできず、埼玉も大宮や川口など南部と、熊谷などの北部では、大分感染者数も異なっておりました。マスコミ報道で、コロナの恐ろしさ、悲惨さが盛んに取り上げられておりましたが、確かに重症化した場合は厳しい経過をたどりえますが、多くの場合は、軽症であったり、無症候性であったりします。
この疾患に関しては分からないことが多い点や、治療法が確立されていない点で、人々の恐怖が増幅していってしまいました。このこと自体は、ある程度やむを得ないことではありますが、過剰にマスコミが恐怖をあおった感が否めません。
手洗いをする、外出時にはマスクを着用する(自分の感染予防というよりは、自分が感染していた場合に周囲に感染を広げない意味でも)など基本的な注意をしつつ、正確な情報のもとに、適切に怖がりながらも、節度を守って生活を楽しむことが重要と感じました。
我々医療者も、マスコミも、いかに正確な情報を、皆さんにお伝えできるかが大切であり、それこそが本来のインフォームドコンセントのあるべき姿なのかもしれないと、改めて考えさせられております。

毎日とはいかないと思いますが、思うことがあれば、ブログを更新させていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願い致します。

2020年6月10日(水)



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