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 落語から思うこと
投稿:長野 央希
私は小学生時分から、落語が好きで、落語の本を読んだり、その後は落語のCDを聞いたりしてきました。今でも車を運転している際に落語を流していることがしばしばあります。実家に、昭和の大看板達の落語のCDがあったことから、それらを聞いている内に落語に魅了されたと言えます。
とりわけ好きなのが、5代目古今亭志ん生と、3代目桂三木助です。当然、二人とも私が生まれる前には鬼籍に入っておりますが、CDを聞いていると、何だか今でも生きているような錯覚を覚えるものです。その二人は、若い内は放蕩を尽くし、いわゆる「のむ、うつ、かう」の悪癖で、一時は身を持ち崩しているような共通点がありました。志ん生は、関東大震災の時に、東京中の酒がなくなると思って、酒屋の樽の酒をへべれけになるまで飲んでいるというような逸話がありますし、酒が飲めるという理由もあって、三遊亭円生と満州の前線に慰問として赴いています。どちらも、生きるか死ぬかというような危機的な状況であるにもかかわらず、何か面白みのある逸話となってしまっているところが、彼の生き様自体、落語的なのだと思われます。この二人は、そういった人生の修羅場をくぐってきたことで、ある意味芸にも凄みが出ているのかもしれません。そういったことが、私がこの二人の噺家に惚れ込む理由なのかもしれません。
志ん生の場合、天才たる所以か、寄席での出来不出来がかなりはっきりしていたそうです。私の場合はCDでしか聞いていないため、出来の良い内容のみを耳にしているとは言えます。あるときには、高座に上がってから、座って眠ってしまっていたという伝説のような話もあり、更には、弟子が起こしに行ったら、客席から「寝かせておいてやれ」と声が上がって、笑いが巻き起こったという話で、この逸話もまた落語の様な話です。ここで考えさせられるのが、今であったら、舞台で役者が寝ているような状況なら、客席から恐ろしいブーイングが起きるだろうということです。そういう意味でも、ある意味、客の側もおおらかな余裕のある時代であったのかもしれません。
また、若き日の志ん生や三木助の如く、放蕩三昧な生活をしているような芸人がいたら、今のマスコミやSNSでは、大変なバッシングで、その芸人は潰されてしまうことになるでしょう。昭和の名優といわれる人も、今の一般的な尺度でいったら、ほとんどテレビで放映できないような話になりかねないように思います。昭和のある時期までは、芸能人というものが、雲の上の人と言うイメージであったため、桁違いな金遣いや遊び事も、大目に見られていたのかもしれません。それが、いつしか、一般人からすれば、等身大の、近い存在であることを、芸能人に求めるようになった為、自分たちと同じような生活様式や価値観でなければ、バッシングしてしまうような風潮となっていっているように見受けられます。その結果、芸能界も以前に比べれば画一的な感じになってしまっているのかもしれません。これは、スポーツでも言えます。確かに昔よりは野球選手などは高級取りになっていますが、かつてのように酒を飲んでマウンドに上がる人などはいなくて、そういった意味で、キャラクターが小市民的な優等生タイプで統一されがちになっているように思われてしまいます。
個性を尊重する世の中といわれますが、結局、それぞれの個性よりも多数派の価値観に人をはめ込もうとする風潮が強いように思えてしまうのです。

2022年5月20日(金)

 ハチとの攻防
投稿:長野 央希
初夏のような気候となり、雑草の成長する速度が増してきております。それに伴ってというか、様々な昆虫が飛び交うようになっております。種類のよくわからないような甲虫が、発熱外来の外の壁に留まっていたりすることもしばしばです。きれいな青光りした甲虫や、黒ベースに黄色っぽい縞模様の入った甲虫などもいて、面白いものです。また、家の庭に限らず、五十嵐1ノ町界隈では、くまんばちが沢山飛んでいたりします。羽音は大きいですが、それほどの実害もないので、様子を見ていますが、さすがに発熱外来周囲で巣を作ろうとするアシナガバチは、撃退せざるを得ない状況です。発熱外来は物置を利用していますが、その軒下というのは、ハチにとっては巣を作る格好の場所なのかもしれません。昨年も、アシナガバチが巣を作っていたところを発見したので、何とか巣を軒下から引きはがした経験があります。作っている途中の巣を除去すると、案外と、ハチもあきらめよく、再度巣を作ろうとはしないようでした。
今年も、同じ個体かはわかりませんが、大きなアシナガバチが、巣作りのために襲来しておりました。一度は、発熱外来の室内まで侵入して、しばらくそこに滞在しておりましたので、一時、私が発熱外来に入れないというような状態になっていました。身近にあった次亜塩素酸のスプレーをハチに噴霧しましたが、当初はびくともしませんでした。何とか噴霧し続けていると、いよいよ不快に思ったのか、外に飛び出していきました。
今回も、巣の根本が出来上がったところで発見し、巣を除去してからは、ハチの訪問がピタッと止んでいます。ハチとしても、無駄な労力を惜しむ気持ちがあるのでしょうか?あるいは、次亜塩素酸(いわゆるハイター)のように妙なものを吹き付けられること自体が不快なのかどうか?
ハチでハイターを浴びせられるという経験はそうそうないでしょうから。
幸いに、発熱外来に患者さんがおいでの際に、ハチの襲来を受けたことはないのが幸いです。
冬場は、とにかく寒くて、凍えそうになりながら、突風や吹雪との格闘でしたが、これからは厳しい直射日光や、アスファルトの焼けるような暑さとの闘い、あるいは様々な昆虫との攻防の時期になってきます。
熱中症も増えてくる時期ですので、私自身も、皆様もくれぐれもご注意いただきたいと思います。

2022年5月17日(火)

 ロシア・ウクライナ戦争
投稿:長野 央希
ロシアとウクライナとの戦争が依然として続いており、終わりが見いだせない状況となっております。この両国内では新型コロナ感染はどのような状態になっているのだろうかという素朴な疑問があります。古来から、戦争によって、天然痘やペストや梅毒の感染が拡大した例は多々ありますが、今回はどうなのでしょうか?それはともかくとして、両国の国力差を考えた場合、ウクライナ側の耐久力には感嘆せざるを得ません。同時に、ロシアの戦争の進め方に大きな問題があることも間違いないと思われます。
日露戦争の際にも、日本とロシアとの国力差は相当な物であり、世界中からして日本が勝てるとは考えていなかったはずです。ロシアという国は、恐らくその資源や経済力などを背景に、自分たちが軍を派兵すれば、日本は即座に降参するだろうと高をくくっていたに違いありません。結果的に緻密な戦争計画を立てたり、それを正確に実行していこうと言う謙虚な姿勢がかけていたのでしょう。要は、慢心です。一方の、日本は、爪に火をともすような状況で、国家的な破産の危機感を持っていた分、どうやって戦争を進めていくか、心血を注いでいたと思われます。戦争を進めて行くには、まずはどのように戦争を終結させるかのゴールを描く必要があります。漠然としていても、そのゴールに向けて、戦争計画を練っていく必要があると言えます。これは、実は医療にも言えます。医療は患者さんの体内で起きている病気との戦いになりますから、ある意味患者さんの体内での戦争と言えなくもないのです。従って治療を行う場合には、治療のゴールをある程度見定めて、それに向けて治療の計画を練っていく必要があるのです。
もちろん、医療であれ、戦争であれ、様々な不可抗力や不測の事態が起きますので、予定のゴールを修正する必要が出てきたり、計画を練り直す作業の連続となりますが。
話がそれましたが、日露戦争では、満州軍総司令部の大山、児玉元帥は世界の世論をも巻き込んで、ロシアとの戦いを進め、薄氷の勝利を得たと言えます。
一方で、太平洋戦争当時では、大本営としては、戦争のゴールも含めたビジョンというものが、どれほどあったでしょうか?結果的に、無計画に戦線が拡大し、そもそも日本の経済力や資源で戦争が維持できないような状況を作っていき、最終的に信じがたいような大敗を喫します。
戦争自体やってはならないことですが、これほど破れかぶれな戦争は最も下策といわざるを得ないでしょう。
今現在のロシアは、日露戦争の時のような、国力に物を言わせて、押し切ってしまおうという傲慢な姿勢が垣間見えます。
そして、あの当時は帝政ロシアという、皇帝独裁国家で有り、政府や軍の交換は多くが貴族階級で有り、皇帝の機嫌を損ねないようにという保身の意識が強く、国家のためという様な意識は希薄であったかもしれません。
今のロシアでも、政府や軍の上層部はプーチンという独裁者の機嫌を伺い、自身の身の安全を第一にした行動原則で動いている可能性があります。
そういった意味でも、日露戦争当時と今のロシアとが、かぶって見えてしまうのです。
ただ、今もウクライナの国土は戦禍で荒廃していっています。一刻も早く戦争を終結させる必要があります。
ロシアとしても、出口が見えない状況となってきている現状、西側諸国トの妥協点を探りたいという時期に入ってきているかもしれません。
国際社会の外交的センスが問われていると思います。

2022年5月10日(火)

 連休中の診療体制に関して
投稿:長野 央希
ゴールデンウイーク中の診療に関して
4/28 9:00〜12:30通常通り
  15:30〜18:00 発熱外来のみ
4/29 休診
4/30 9:00〜12:30 通常通り診療
5/1 休診
5/2 9:00〜12:30,15:00〜18:00 通常通り診療
5/3 休診
5/4 9:00〜12:00 発熱外来のみ
5/5 休診
5/6 9:00〜12:30,15:00〜18:00 通常通り診療
5/7  9:00〜12:30 通常通り診療
5/8 休診     となります。宜しくお願い致します

2022年4月21日(木)

 業務連絡
投稿:長野 央希
若干ずつではありますが、ファイザー社製のワクチンが手に入るようになってきておりますので、モデルナ社、ファイザー社でもワクチン接種可能となっております。
よろしくお願いいたします。

2022年4月18日(月)

 戦争の本質
投稿:長野 央希
ロシア-ウクライナ戦争が続いております。一部報道では、キーウ(キエフ)攻略を諦め、ウクライナ東部と南部に戦力を集中することになるような話です。戦力、国力の差からすれば、ロシアは早急にキーウを占領し、ウクライナの政権を転覆させ、自分たちの傀儡政権を置く構えであったと思いますが、その目論見は達成できていないという状況です。
そもそも、戦争においては、重要局面に戦力を集中させるのが鉄則でありますが、今回のロシアはそうしていません。これは完全にウクライナをなめきっていたことの表れなのではないかと思えてしまいます。戦力を分散させたことで、補給もままならなくなり、戦闘が長期化していくという悪循環に陥っているように見えます。こういった過ちは、歴史上しばしば見られます。ナポレオンもそうして最終的に敗北しました。第二次大戦の日本、ドイツともそうでした。日本は、陸海軍とも満州、中国〜東南アジア、オセアニアとあまりにも戦力を分散させ、戦線を拡大させ、信じがたいような敗北を喫しました。日本の国力、兵力を考えれば、そんな広大な戦線を維持できないことは冷静に考えれば、自明であったはずなのに、ここにも驕りのような面があったのかもしれません。
これからロシアが兵力を東部、南部戦線に集中させることとなれば、同地域での戦闘はさらに悲惨さを増していくことが予想されます。
現在、ロシア軍によるウクライナの民間人の大量虐殺が世界的に連日のように報じられ、問題視されています。とんでもないことではありますが、恐らく、これが戦争の本質なのだと思います。
@志願兵の中には戦争行為や残虐行為を好む、あるいはそういったことを躊躇なく行えるようなタイプの人が少数であっても存在しているだろこと
Aロシア兵のなかで、自分が殺されるという恐怖の環境に置かれていることで、殺されるなら、殺してしまおうという自衛の気持ちになり、恐怖のあまり誰彼かまわず殺傷してしまう事態になりえる
Bロシア兵において、仲間が殺された場合、その戦友への復讐心から、ウクライナ兵であろうが、民兵であろうが、民間人であろうが、ウクライナ憎しの念で殺傷行為に及んでしまう場合もありえる
C同様にウクライナ側でもロシア憎しで、攻撃を仕掛け、お互いが恐怖と憎しみの連鎖で殺傷沙汰に歯止めがきかなくなってくる可能性
Dロシアの上級軍人がどういった戦争哲学を有しているのかという問題があり、彼らが戦時下での民間人を保護しようという意思がないのであれば、それはその部下達にも浸透していってしまう。
E逆に上級軍人は騎士道精神のような物を有していても、軍の統率がとれていなければ、部下達は思い思いの行動をとり、収集がつかなくなってしまう
F軍の士気がが低下すれば、脱走兵が増え、脱走兵は自分たちが生き抜くために夜盗の群れのように成り下がってしまう危険がある
G死地に置かれる兵士達は、明日をも知れぬ不安や、常に緊張を強いられる状況で、刹那的な快楽や悦楽を求めがちと也、暴行などの犯罪行為に手を染めてしまう
こういったことが積み重なれば、民間人には手を出さないという、モラルなど吹き飛んでしまうでしょう。結局、モラルを守ろうと思えば、戦争など出来ないはずなのです。戦争を始める側は、戦時下モラルなど守ろうと思えなくなる可能性が高く、これこそ戦争の本質なのではないかと思えてしまいます。だからこそ、戦争は行ってはいけない、憎むべき行為なのです。そして、どんなに大義名分が立派であったとしても、戦争は所詮殺し合いでしかないということです。
とにもかくにも、一刻も早く戦争が終結し、ウクライナの人々が心の底から笑い合えるようになってほしいと切に願います。

2022年4月8日(金)

 愛国心(3)
投稿:長野 央希
では、愛国心というものは何なのだろうと疑問がわいてきます。
あれこれ考えると、愛国心の最も原始的な意識は、犬猫などの縄張り意識なのではないかと思うのです。自分のテリトリーを侵害されたくないという思いとともに、自分のテリトリー内で自分の仲間や自分に従順な者たちを守りたいという思いが、愛国意識の、より初期の存念なのではないかと考えられます。
それが、徐々に隣のテリトリーの方が快適な環境であると考えた場合に、そちらを支配下に置こうと紛争が生じていくのだろうと思われます。ここまでは、人間以外の動物にでも見受けられるような事象かもしれません。
人間の「愛国心」「民族主義」というものは、自分の住む土地を守りたい、自分たちがより快適に過ごしたいため周囲の土地を手に入れたいという原始的な欲望に、自分の住む「場所」を神聖なものとした宗教意識が付加されたところに、人間の特異性があるような気がします。その宗教観のようなものが、時に狂信的な愛国心、民族意識につながり、結果的に差別意識や他の国や民族に対する優越意識を生じさせてしまっているのではないでしょうか?そうして、「自分たちが世界で最も優れており、世界を征服しなければならない」というような誇大妄想を抱いた場合、周囲や世界に甚大な被害をもたらすのではないでしょうか?
そして、民族というものは何なのだろうという疑問も抱いてしまいます。
例えば、日本人は大和民族と言っていましたが、大和民族とは何なのでしょうか?縄文人が渡来系の人たちや弥生人との混血を進めていく中で、どの段階が純粋な大和民族と言えるのでしょうか?
英国はアングロ・サクソン系と言いますが、そもそもが英国王室は、プランタジネット朝のころは、ほぼ完全なフランス人であったわけで、その後もドイツなどの諸侯との政略結婚を経ていますので、王室自体が、まるでアングロサクソンではないとも言えます。国民も然りです。元来、ケルト系やアングロサクソン系、フランス系、北欧系などが複雑に入り混じっています。
ドイツでゲルマン魂とよく言いますが、純粋なゲルマン人などどれほど存在しているのでしょうか?
自分が「○○民族」であるという発想自体が、実は幻想なのではないでしょうか?
民族意識というのは、この幻想に酔ってしまっている、ある意味ナルシスティックな意識なのかもしれません。

もっとも、私は、日本が存亡の危機に立たされた場合、自分としては日本を守るために命を捨てられるだけの勇気を持ちたいと思ってはいます。これも十分自己愛的な愛国意識ではあると思いつつも、やはり日本を汚されたくないという思いは強いです。
愛国心を、自衛の為のみに限定させるにはどうしたらいいのでしょうか?
他国を侵略して、自国を富ませたいという利己的な愛国心はどうしたら、抑制できるのでしょうか?
人間が有するようになって日の浅い、民族意識、愛国意識を、もっと深く理解していく必要がある時代なのではないかと思っています。

2022年3月25日(金)

 愛国心(2)
投稿:長野 央希
ドイツの愛国意識というのも、ロシアと時間的には大差はないかもしれません。ドイツやイタリアでは、根本的に統一国家ができたこと自体が19世紀末のことになります。それまでは、神聖ローマ帝国は存在しておりましたが、まともな統一国家の態をなしていた試はありません。カール5世のときに、ハプスブルク家による神聖ローマ帝国は最大の版図となりました。ドイツ、オーストリア、ハンガリーなどの東欧、イタリア、スペイン、ポルトガルから中南米に至るような広大な領土ではありましたが、そこに住む住民が、神聖ローマ帝国の臣民であるという認識を抱いていたとは思われません。そもそも、ローマ帝国内の王侯貴族自体が、帝国の一員という意識すらなかった可能性があります。
大体が、ドイツ国内の数多く存在している諸侯の王侯はドイツ語を野蛮な言葉として、あまり使用していなかったりしています。カール五世の時代には、宗教革命が起こり、ドイツ農民戦争や、諸侯同士の内紛が勃発しました。これらの歴史を見ても、現在のドイツという土地で、ドイツ人がドイツ人であるという意識を持ち出したのは、ナポレオン戦争に敗北してからであったといえましょう。フランスに敗れたことで、ドイツという民族意識を強く認識し、民族としての危機感を強めたといえるかもしれません。すなわち、ドイツ民族の民族意識は19世紀初頭に芽生えていったといえます。そういった民族意識の醸成に、グリムなどが大きく影響を与えたといえます。しかも、ドイツが初めてドイツ帝国としての統一国家を形成したのは19世紀末ですから、ほとんど明治日本と歴史的には変わりません。そんな短期間の愛国意識が、第一次、第二次世界大戦において、最終的にはヒトラーによる影響もあり、狂信的な民族意識となって、世界中に多大な被害を及ぼしたのです。
翻って、日本はどうかというと、日本も明治になるまでは、基本的には、それぞれの藩こそが国であり、日本人としての意識というのはかなり希薄であったと思われます。それが、明治になり、天皇陛下のもとでの統一国家を形成していきました。日本人としての民族意識やアイデンティティというものは、それこそ明治の中盤以降になって、初めて国民に浸透していったのではないかと思います。
では、より古くから愛国意識を芽生えさせた国々では、それがいつ頃からかを考えますと、英国では清教徒革命、名誉革命を経て、王の権力をそぐ形で、市民が力を持つようになってからと言えます。すなわち、17世紀末です。フランスでは、フランス革命以降、国王が処刑、貴族が追放され、市民が力を持ってからと言えましょうから、18世紀末になります。
米国は、まさに愛国意識の発露が独立戦争につながっていると考えられますので、やはり18世紀末です。こう見ていくと、より古くから愛国意識、民族意識を抱き始めたといっても、たかだか数百年なんだとわかります。
我々人類は、この愛国意識や民族意識というものを有するようになり、歴史が浅いのだと理解する必要があり、そのため、実は、未だにこの意識を飼いならせていないのかもしれないと思いいたるのです。

2022年3月25日(金)

 愛国心(1)
投稿:長野 央希
昨日、ウクライナのゼレンスキー大統領が、国会でオンラインでの演説を行いました。欧米各国の議会で演説を継続していくものと思われます。ゼレンスキー大統領からすれば、日露戦争の日本海海戦ではありませんが、まさに「皇国の興廃、この一戦にあり」という状況が連日続いている状況で、わらにもすがる思いで、救援を呼び掛けていると思います。自国を愛するという意味では当然の行為であるといえます。一方で、各国の国会、議会が何故ウクライナのゼレンスキー大統領に演説する場を設けているのでしょうか?ロシアの戦争犯罪を憎む心の表れなのだろうと思います。しかし、地球上で戦闘、紛争地域は数多くあり、非常に悲惨な状況に置かれている人たちはいくらでもいるのです。そういった当事者は、決して先進国の議会で発言するような場は設定してもらえません。フセイン大統領時代のイラクに対して、米国は大量破壊兵器の存在を理由に、イラクへの攻撃を実行し、最終的に政権の転覆に成功しました。結局、イラクには大量破壊兵器は存在していなかったのに、ほぼ米国の言いがかりと言えるいちゃもんは正当化され、イラクの言い分に、誰が耳を傾けたでしょうか?今回の、ウクライナが核兵器を製造しているというロシアの言いがかりとどっこいどっこいのことを米国は行ったにもかかわらず、ウクライナには世界の同情が集まり、イラクは無視される形になりました。イラクやシリアなどの言い分を聞く場は設けられないのでしょうか?これは、そういった国の体制の問題なのでしょうか?あるいは、非白人国家だからでしょうか?
ウクライナの今の国難は当然悲劇であり、早急に事態の解決を図る必要があるのは間違いないのですが、同様にその他の事態の打開を図るべき悲劇的な紛争、係争地域にも、目を向けられるように、彼らの言い分を拾い上げてあげられるようにしていく必要があると思います。

一方で、今回のロシア・ウクライナ戦争について、あれこれ考えています。今回の戦争の発端はそもそも何なのか。ロシアの言い分では、ウクライナはロシアとともにあることが当然だという基本認識が根底にあるのでしょうか?この発想は、プーチンやその取り巻きに特有の考えなのでしょうか?それとも、ロシアの民衆の多くが悲願とするような共通認識なのでしょうか?だとすれば、スラブ民族としての民族的な希望になるのでしょうか?そうであるのなら、そういった愛国的、民族主義的な発想はいつからあるのでしょうか?
そもそも、ロシアという国は、かなり長いこと、モンゴル帝国の支配下に置かれておりました。16世紀になり、ようやく、その支配から解き放たれはするものの、その後も統一的な国家が誕生するには、ピョートル一世を待つ必要がありますし、トルコとの黒海沿岸を得るための戦いに勝利するエカテリーナ二世時代にようやく広大な統一的ロシア帝国が出来上がったといえるように思います。18世紀から19世紀初頭のことと言えます。その後、ナポレオンとの戦争に、うやむやながら勝利しますが、その後から、愛国的な貴族が主体となる、皇帝独裁への反発が起きる様になり、度々、ロシア皇帝が暗殺されるようになっていきます。しかし、ほぼ一貫して、ロシアの多くの民衆は、置き去りにされていたように見受けられます。かなり遅くまで農奴制が存在していたため、民衆の民族意識などはあまり育ちにくかったのではないかと思います。
ロシア人が愛国意識や民族意識を高めていくのは、ロマノフ王朝末期からソビエト連邦になってからといってもいいのかもしれません。つまるところ、20世紀初頭のことです。たかが100年ちょっとの愛国意識と言えます。


2022年3月24日(木)

 3月11日
投稿:長野 央希
東日本大震災発生から、ちょうど11年が経ちました。
復興も進んでいる一方で、依然として避難生活を余儀なくされている方々も少なからずおられる状況です。震災の残した傷跡の大きさはとてつもない物です。2011年の3/13〜15と震災直後の石巻に災害救護班として訪問した際の記憶は今でも鮮明に残っております。海で漂流していて自衛隊に救助され、病院に搬送された方の、磯の匂いにヘドロの入り交じったような臭気は強烈に思い出されます。震度4クラスの余震がひっきりなしに起きている中で、避難所のグランドにてサッカーに興じる子供達の笑顔に、こちらが救われたりもしました。3/15は雪のちらつく寒い日でしたが、病院前でトリアージをしている時の凍えるような寒さも忘れられません。何よりも、宮城県庁の玄関に避難しているおびただしい被災者の方々の姿、石巻日赤病院のエントランスで避難して疲れ切って寝ている被災者の方々の姿を思い出すにつけ、涙が出そうになります。家や財産や、それどころか肉親までをも一瞬にして失うという、尋常ではない状況を思うと、もはや言葉になりません。
日本はどこに住んでいようと、何らかの天災に見舞われる可能性の高い国ですので、我々が経験してきた様々な天災の記憶は、決して風化させてはならないと強く思います。そして、そういった経験から得る教訓を、今後の災害に備える糧にする必要があるともいます。
震災の被害も大変悲惨な物でありますが、現在のウクライナ情勢も極めて悲惨な状況にあるといわざるを得ません。こちらは完全に人災ですが。
ウクライナ国内の複数の都市や町が、一週間の間、破壊され続けているのです。原発が破壊されるような事態になれば、福島原発をも超えるような未曾有の被害をもたらしかねません。そうなった場合、向こう十年以上、人の住めないような場所がいくつも出来てしまうかもしれません。非軍人への無差別的攻撃を継続しているロシアの行っていることは、完全に戦争犯罪であるといわざるを得ません。ここに来て、津軽海峡にロシアの軍艦が航行するようになっており、日本への挑発といってもいいような行動を取り始めました。
ロシアという国、プーチン大統領が、何か自暴自棄になっているのではないかというくらいに、理解できないような破滅的行動をとっているように思えてなりません。
日露戦争において、日本はロシアの経済力や軍事力に遠く及ばないような状況の中で、薄氷を踏む思いで戦争を行い、勝利いたしました。とりわけ日本海海戦でのバルチック艦隊の壊滅は戦史においても類を見ないような完勝であったと言って良いでしょう。すなわち、小国でも作戦において工夫し、努力を積み重ねれば、大国を撃破できるということです。また、日露戦争では、日本軍はロシア国内でのコミュニストたちを支援することで、ロシア国内の革命運動二手を貸し、そういったことも日露戦争を終わらせる遠因ともなったと思われます。ウクライナもロシアと比べると、極めて弱小でありますが、戦争の作戦遂行によって、あるいは戦闘以外の工夫によって、ロシアを少しずつ不利な情勢に追い込んでいくことも可能なのではないかと思います。
また、今回の件で国連もNATOもまるでイニシアチブをとれていないことから、彼らの信用を落とす結果になっているように思えてなりません。ロシアの今回の暴挙を許せば、遠からず、必ずや自分たちにも毒牙が迫ってくる可能性が高いことを肝に銘じる必要があります。日本も同様です。
現段階で、ロシアを止めなければ、災厄は世界中に拡大すると思います。
今止めなくてはならないのです。
そして、天災は人間の力ではいかんともしがたいのに対して、人災は、人の努力で拡大を予防することも可能と言えます。
ロシア政府以外のロシア国民の良心を信じると共に、戦争を終結させる様々な布石を打っていかねばならないでしょう。



2022年3月11日(金)

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 訪問診療
投稿:長野央希
魚沼地域で、月一回ながら、訪問診療に携わらせていただくことになりました。患者さんの疾患や状況もさることながら、それぞれの家庭の状況なども千差万別であり、そのため、それぞれのケースで求められる医療も異なり、提供する医療サービスも、それに応じて変化するという意味で、非常にオーダーメイド的といえると思います。
勿論、在宅で行える治療は限られており、いわゆる最先端医療を行うような意味でのオーダーメイド治療とは異なります。
それでも患者さんや御家族の状況によって、そのニーズに丁寧に対応する必要があり、究極のオーダーメイドともいえるかもしれません。
患者さんが、住み慣れた場所で、少しでも長く過ごしていただけるように、医療者は努力する必要があることを、改めて認識させていただきました。
当院でも、徐々に訪問診療などを行っていきたいと考えておりますので、宜しくお願い致します。


2020年7月3日(金)


 日本の医療
投稿:長野央希
自粛解除後、都内では昨日も60人の感染者が判明している。
また、米国では、さらに膨大な感染者数に上ってきている。
米国での陽性者の中での重症者の占める割合がどうなっているのか、どうなっていくのかが注意すべき点ではあるが、少なくとも、3〜4月の頃の状況のような医療崩壊の危機のような状況にはなりにくいのではないかと考えている。今回の新型コロナによる重症化に至る機転が、より分かってきているためである。キーワードはサイトカインストームとDICということになろう。
重症になりやすいタイプの人の傾向もわかるようになっており、そういった方々で重症化しそうな兆候を早めにとらえられることで、DIC治療を早期に行ったり、適切な免疫抑制療法を行い、重症化の芽を摘むことがしやすくなってきていると思われる。
一方で、WHOやCDCは、当初新型コロナに対してのステロイド治療は推奨されないという論調であったが、ここにきてデキサメタゾンは死亡率を低下させるというような報告も出てきており、どちらが正しい見解なのかという問題もある。自分も、短期間ながら、新型コロナ治療にあたってきたため、確実に新型コロナの肺炎でステロイドが一定以上の効果を有していると実感しており、相当数の臨床医は、経験的にステロイドの有効性を把握しているはずである。(勿論、安易にステロイドなどの免疫抑制治療を行うべきではないし、コロナに細菌性肺炎が合併しているような場合では、当然ステロイドは控えるべき状況にもなるが)
そして、実際のところ、WHOが推奨していなかろうが、必要に応じ、ステロイドを使ってきていたと考えられる。
しばしば、日本のマスコミは欧米の医療をほめ、日本の医療に問題があるような報道をされているが、2009年の新型インフルエンザの時も然りであったように、毎年、米国ではインフルエンザで1万人を超えるような死者が出るのである。要するに、ごく一部の、高額な保険を支払っている富裕層が、超一流で最先端の医療を受けられるものの、多くの国民は、さして褒められた医療すら受けられていないという現実があるのである。
国民皆保険の日本では、おしなべて、平均的でそれなりに良質の医療を受けられていることを無視して、日本を貶める報道というのは、明治以来の日本人の西洋文明に対するコンプレックスを如実に表していると言えよう。
安倍首相の言うジャパンモデルが、なにを指しているのかは判然としないが、少なくとも日本の医療を自信をもって世界に発信していくことも重要なのではないかと思う今日この頃である。

2020年6月29日(月)


 
投稿:
現在、魚沼と新潟市を週一回行き来しておりますが、この時期の魚沼での楽しみの一つはホタルです。
小出の市街地からジョギングで行ける距離、あるいは車で五分圏内のところに、隠れたホタルのスポットがあります。
勿論、観光地のようなわけではないので、ホタルが乱舞するような状況とは違いますが、それでも、淡くほのかなホタルの光が、はかなげな美しさを放っています。
昨日も、二か所見てまいりましたが、涼しげにホタルが飛んでいました。そうかと思うと、急に猛スピードで飛んだり、点滅がせわしなくなったりと、見ていて飽きませんでした。
ホタルの光は、色々なものを削ぎ落した、シンプルな美であると思います。
翻って、人間界では、常に宗教や人種、主義主張で、小競り合いが繰り前されています。いたずらに情報があふれているために、その情報におぼれて、結果的に本来の人間のあるべき姿から逸脱したり、人間不信に陥ったりしているように思えてしまいます。
もっと、人間もシンプルに生きれば、より平和共存できるのではないかと思いながら、ホタルの光を目で追っていました。
今年は様々なことがあって、人々も疲弊し、心も荒みがちになっていることもあり、ホタルから、そんなことを考えてしまいました。


2020年6月25日(木)


 世界情勢とコロナ
投稿:長野央希
日本ではコロナの発生件数が減少、落ち着いてきたかのように見えておりますが、世界的には依然として、猛威を振るっております。
WHOの報告では、一日での発症者数が過去最多を更新したとのことです。
ひとたび、規制が緩和されると、なし崩し的に、緩和すべきでないことまで、緩んでしまうというのが人間社会の常ではありますが、気のゆるみも含めて、感染を拡大させている可能性があります。
高温で多湿の環境では、ウイルスの脅威が減ることも期待されておりましたが、パンデミックとなっている現状では、それも期待できないというのが専門家の大方の見方となっている模様です。
殊に米国の連日のデモ、集会は、一層感染を困難なレベルにしているといえましょう。米国政府はコロナ感染対応においても、人種の分断という問題においても、既にイニシアチブが取れていないように見える状況で、はたして、コロナ感染を終息に向かわせるような方策がとれるのか、甚だ疑問です。米国での感染は、少なくとも第二波ではなく、第一波が持続している状態といえます。この状況が遷延している間は、世界中に感染を波及させる恐れが高いと思われます。
新潟県でも一か月ぶりに感染者がおられたようですが、報道によるとやはり海外渡航歴がある方のようです。
米国をはじめとした世界情勢を鑑みると、当面海外との往来は今もなお控えるべき段階であろうと考えられます。
日本では、コロナに感染したとしても、大半は軽症とはいえ、一部では重症化するケースがあることも間違いなく、君子危うきに近寄らないスタンスが重要と言えると思います。


2020年6月22日(月)


 北別府さん 頑張ってください
投稿:長野央希
私は広島東洋カープのファンですが、6/19にようやく2020年度のプロ野球が開幕する予定で、わくわくしてきているところです。
ただし、今年は広島の話題としては、もっと大切なことがあります。
北別府さんが成人T細胞白血病で現在、末梢血幹細胞移植を受けて、闘病中であることです。
私は血液内科診療に携わってきただけに、マスコミで報道されるような血液疾患に対して、注意を払ってはいましたが、元広島の往年のエースの件となれば、より敏感になりました。
ブログを見ていると、息子さんからの末梢血幹細胞を移植して、副作用などで難儀をされているようです。
北別府さんといえば、投手王国と呼ばれた広島の絶対的なエースともいえる方でした。大野、川口、金石など、ストッパーで津田、野手でも高橋慶彦、山崎、長内、重鎮として山本、衣笠などなど今でもわくわくするようなメンツがそろっていたころのエースでした。
それだけ鍛え上げた肉体でも、血液疾患に対する抗がん剤治療や骨髄移植治療はつらいものであることは間違いないと思われます。
自分も、血液疾患での化学療法など行うたびに、治療の副作用や合併症で苦しむ患者さんの姿を診て、時には心苦しい思いもしてきました。そんな中で、病気が寛解、あるいは治癒に至るような患者さんの姿を見て、心から喜び合えたものです。
北別府さんも、長い闘病生活とはなろうと思いますが、一刻も早くお元気になられることを切に願います。
山本浩二さんも闘病生活をされておられるようですが、頑張って克服していただきたいと思います。
二人のためにも、今年はカープが優勝してもらいたいと期待しております。


2020年6月17日(水)


 新型コロナ
投稿:長野央希
昨日、一昨日と都内での新型コロナ陽性者数が50人近くと増加しております。これは、いわゆる「夜の街」で働く人の集団検査の影響もあろうと思われます。
一方で、米国では人種差別への反対デモが全国に広がっており、これによってコロナの感染が再度燃え上がりはしないかと懸念せざるを得ない状況です。また、北京でも再度感染者が増加に転じております。
短期間ながら、コロナ診療に携わったものとして、新型コロナは大半が軽症であるか、無症状であるため、(少なくとも日本では)不必要にパニックになるべきではないと考えます。ただ、高齢者、癌のある方、若くても男性、肥満、糖尿、喫煙(肺気腫)などの条件がそろうと、一定の割合で重症化する印象を受けましたので、決して油断していいものでもないと言えます。
無症状のコロナ陽性者から、このような重症化の危険をはらむ人たちに感染が拡大する可能性を常に考えておく必要があると考えられます。
新潟は幸い大きな流行に見舞われずにここまで来ておりますが、これだけのグローバル社会では、第二波の流行も対岸の火事と受け流すわけにもいきません。我々、医療者は行政とも連携をとって、第二波への対策を練っていく必要があると改めて感じております。

2020年6月16日(火)


 サルコペニア予防
投稿:
当院の近くにあるスポーツセンターも、コロナの影響で、一時休業されておりましたが、ようやくジムも含めて再開されております。拝見しますと、多くの中高年の方々が様々な運動にいそしんでおられます。非常に良いことだと思います。
昨今は、筋肉量の減少からくる身体機能の低下(サルコペニア)が話題になっており、その予防のために適度な運動、適切な食事が極めて重要と言えます。
これまでは医療といえば、病気を治すことに主眼が置かれておりましたが、これからはいかに病気にならないようにするか、あるいは大病になるのを未然に防ぐかという予防の医療がより大切になってくると考えます。
そういうことも、患者さんとともに考えていきたいと思っております。
尚、これからの季節、運動中の脱水、熱中症にはくれぐれもお気を付けください。

2020年6月13日(土)

 ブログを始めました。
投稿:長野央希
急激に真夏のような天候になってきている今日この頃。
全国的にも、ようやく新型コロナ感染が収束に向かいつつあるのかと期待する日々です。幸いに、新潟県は大きな流行のうねりにもまれることなく、本日に至っております。
私は、4月末から5月いっぱい、北埼玉の病院で新型コロナ診療のお手伝いをしてまいりました。関東もひとくくりにはできず、埼玉も大宮や川口など南部と、熊谷などの北部では、大分感染者数も異なっておりました。マスコミ報道で、コロナの恐ろしさ、悲惨さが盛んに取り上げられておりましたが、確かに重症化した場合は厳しい経過をたどりえますが、多くの場合は、軽症であったり、無症候性であったりします。
この疾患に関しては分からないことが多い点や、治療法が確立されていない点で、人々の恐怖が増幅していってしまいました。このこと自体は、ある程度やむを得ないことではありますが、過剰にマスコミが恐怖をあおった感が否めません。
手洗いをする、外出時にはマスクを着用する(自分の感染予防というよりは、自分が感染していた場合に周囲に感染を広げない意味でも)など基本的な注意をしつつ、正確な情報のもとに、適切に怖がりながらも、節度を守って生活を楽しむことが重要と感じました。
我々医療者も、マスコミも、いかに正確な情報を、皆さんにお伝えできるかが大切であり、それこそが本来のインフォームドコンセントのあるべき姿なのかもしれないと、改めて考えさせられております。

毎日とはいかないと思いますが、思うことがあれば、ブログを更新させていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願い致します。

2020年6月10日(水)



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