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 茶番
投稿:長野央希
東京五輪において、会場での酒類販売が認められるようです。
五輪の会場の入場者数をどうするかなどの議論がかまびすしくなってきておりますが、どれほどの外国人が来日するのか、どのような試算を行い、どう対策を講じているのか注視していく必要があります。
外国人観光客が、ウイルスを持ち込むという考え自体はナンセンスではありますが、少なくとも、これまで半鎖国のような状態で、接触者はある程度限られていたものが、五輪を契機に来日客が多ければ多いほど、より不特定多数の接触が生じてくることは間違いないでしょう。そのような状況でも、酒類を提供することを許可していることを考えると、これまで緊急事態宣言で酒類提供をしないようにさせていたこと自体が、何だったのだろうかという気持ちにならずにはいられません。
政府としては、五輪による経済効果を十二分に得たいと考え、そのために打てる手は打っているという状況なのでしょう。恐らく、そのためには安全性に関しては優先度を下げているというのが本音ではないかと勘繰りたくなります。これまで、多くの飲食店に苦痛を強いてきて、五輪では、酒の解禁をここまであっさり認めるのを見るにつけ、茶番劇の様に思えてしまいます。
茶番という意味では、フィリピンのドゥテルテ大統領の「ワクチンを打たない者は投獄」という記事も、笑いを禁じ得ません。
ブラジルでは、現在作家の南米選手権が行われておりますが、大会関係者のコロナ感染者数が増加してきております。そもそも、フラジルのボルソナロ大統領は、新型コロナを抑え込む気もない政策をとっていますから、こうなることは想像できたでしょう。現在行われている南米選手権も欧州選手権も、多くの人の移動を伴う行事であり、五輪に先駆け、ある意味試金石の様になるのかもしれません。
世界中に茶番があふれております。
馬鹿馬鹿しくて、コメントする気力もうせてしまいます。

2021年6月22日(火)

 蛍の季節
投稿:長野央希
6月中旬となり、日中は大分暑くなってきました。この時期になると、楽しみなのはホタルです。魚沼で、私がよく蛍を見に行いくのが二か所ありますが、そのうちの一つである市街地からほど近い川辺では、今週の水曜の夜にホタルが少しづつ飛ぶようになっていました。もう一か所の、山の登山道の登り口の川っぺりでは、未だホタルの飛翔は認めませんでしたので、車で5〜10分程度の距離でも、ホタルの飛翔時期には差があるのだなと実感いたしました。この日は日が沈むと、何となく肌寒い陽気でしたので、そういった温度にもよるのかもしれません。ホタルの飛び方を涼し気と表現することがありますが、この日の夜の気候的には、それほど「涼し気」が納涼にはつながりませんでした。これから、ホタルの盛りとなっていくであろうと思うと、楽しみではあります。
このように、魚沼の魅力は、季節を五感で感じられることだと思っています。春夏秋冬に、とてもメリハリがあります。
私は、これまで、横浜に4年、都内で4年、北海道で1年、埼玉で5年、魚沼で6年暮らしてきました。住めば都の様に、どこに住んでも案外快適に生活してきました。どの地域でも、それぞれの良さもあり、逆にあまり好きになれない部分もあります。例えば、北海道で暮らしていた時は、そこでの生活は、自然も豊富で、食べ物も美味しくて、楽しく暮らしておりましたが、夏の夜が肌寒かったことで夏の間中、体調の不調感が持続し、冷房不要というメリットはある中で、本州の夏が恋しくなっていました。ないものねだりなのでしょうが。
四季を体感でき、自然に囲まれた魚沼は、私がこれまで住んだ地域で、恐らくもっとも好きな所であります。諸事情で、新潟市に戻ってきましたが、そういった事情がなければ、魚沼に永住してもいいと思っていました。そんな魚沼地域ですが、他の地方の御多聞に漏れず、高齢化がすすみ過疎化しつつあります。農家も後継ぎがない中で、田んぼが放置されるようなところも出てきており、もったいないような寂しいような感情を抱いております。
魚沼の活性化の手段はないかと考えております。
現在、新型コロナの流行で、閉店せざるを得なくなっている飲食業界の方で、農業に関心があるようなら、魚沼で一旗上げていただけないものか?
農業をなめるなと言われてしまうかもしれませんが、最初の5年なりは、しっかり地元の農家の人の指導を受けてもらったり、農業の専門家のアドバイスを受けてもらえるようなバックアップを整えつつ、かつ農業生産が軌道に乗るようになるまでの補助金などの行政的な補助の整備も不可欠ではあろうと思いますが、これらの投資を行うことで、将来的な魚沼の繁栄につながるのであれば、決して高くはないのではと思います。(私は、魚沼の財政状況など、詳しく把握していませんので、無責任な発言と言われるかもしれませんが)また、先日、魚沼での診療の際に、患者さんの一人が、「田植えが終わって、これから機織りだ」とおっしゃておりましたが、そういった機織りなどの伝統も、後継者が潰えてしまう危険がありますが、若い人で、興味がある人が後継者となってくれれば、各地に残るような伝統工芸も存続できるのではないかと期待をしています。
自分で作った農作物を、自分の飲食店で出すことが出来るというのも、とても魅力的なことでしょうし、伝統工芸を引き継ぐ中で、織物などが、新たな
ファッションを打ち出すことにもなるかもしれません。伝統とは、必ずしも古臭いものではなく、多くの可能性をはらんでいるものだと思っています。

地方創生と言いますが、そのモデルになるような、地方の復興の方策を魚沼から発信することが出来れば、日本全国の地方の市町村にとっても、極めて有意義なことではないかと思います。

2021年6月18日(金)

 欧州選手権開幕
投稿:長野央希
サッカーの欧州選手権(EURO2020)が一年遅れで開幕しております。今大会では、フランスが優勝の最有力候補となっておりますが、確かにメンバーや監督のデシャンの手腕などを考えると、フランスでよく起きるようなチーム内分裂がなければ、相当強いとは思われます。私は、以前からイングランドのプレミアリーグが好きであったこともあり、イングランドを応援しておりますが、サウスゲート監督の人心掌握と、各ポジションに才能ある選手がいることから、かなり下馬評は高いと言えます。ただ、イングランドは、常にすごい選手がいても、勝負弱さを露呈するケースが多かったので、今回はどうなるかというところではあります。昨日行われた強豪のクロアチアとの試合を1対0で下しており、初戦のプレッシャーをはねのけられたのは大きかったのではないかと思います。
イングランドと並んで、私が以前から好きなチームはデンマークとチェコです。デンマークは、P.シュマイケルやラウドルップ兄弟が主力だったころから応援していました。(好きなハードロックバンドのプリティ メイズがデンマークのバンドであったことも関与していますが)
今回、デンマークは初戦にフィンランドと対戦しました。この試合中に、主力のエリクセン選手が心停止状態となり、迅速な心肺蘇生術のおかげで、一命を取りとめました。現状、原因はまだわかっていない模様ですが、自発の呼吸もあり、会話も可能ということで、一安心ではあります。心肺停止やそれに準じた状態の際には、時間が極めて重要です。初動の対応が迅速であればあるほど、救命にも、その後の後遺症の予防にもつながります。そういった意味で、今回の件は、ピッチ上にいた選手たちや、そのほかのスタッフ、チームドクター達のファインプレーであると思います。
EUROやW杯が始まるたびに、一人の患者さんのことを思い出します。埼玉で働いている時に担当した30代の急性骨髄性白血病(AML)の患者さんです。彼は、小さい子供を持つ父親でしたが、いわゆる好青年といった人でした。色々と抗がん剤による化学療法を行っても、寛解に至ることはなく、某大学病院の先生と相談し、厳しい中で移植治療を行っていただきました。結局、移植治療によっても、AMLは増悪し、最終的には私が御看取りをしました。彼は、自分もバドミントンをやるスポーツマンでしたが、サッカーも好きでした。当時は、確かW杯の時期であったかと思いますが、よく優勝予想や、前日の試合の寸評などを話し合ったことが、鮮明に思い出されます。
また、高校野球関連でも同様の様に思い出す患者さんがおります。魚沼で働いている時に担当した患者さんですが、高校球児のAMLの方でした。彼は、半年近い入院での化学療法で寛解に至り、退院し、無事に高校も卒業していきました。私が、魚沼を去ってから再発して、都内の大学病院で治療を行っていましたが、病状は悪化し、お亡くなりになられました。彼は、シャイながらも、礼儀正しい人で、あまり日本のプロ野球には関心がないと言っていましたが、MLBの大谷選手は好きだったようで、大谷選手の話や高校野球の話で盛り上がったことが思い出されます。
長く、医者を続けていると、あまり成功体験を思い出すことはなく、上記のような悲しいことやつらいこと、悔しいことばかりを思い出します。だからこそ、反省し、次につなげるような糧となるのだとは思いますが、夜寝ようとしている時に、ふと、そういったことを思い出すと、しばらくの時間、やりきれないような思いと、自分が人の命を預かっていることへの恐怖のような感情がこみあげてくることがあります。医者を引退したら、こういったことから解放されるのだろうか、であれば早く退役したいなどと考えることもしばしばあります。そんなときに、何とか踏みとどまっているのは、治療して回復した患者さんの笑顔や、感謝の言葉があるからだと思います。
EURO2020が開幕し、何だかあれこれ考えてしまう今日この頃です。

2021年6月14日(月)

 戦争の変遷(3)
投稿:長野央希
メディアの使用のうまさということで言うと、ビンラディンのアルカイーダやイスラム国(IS)は極めて巧みであると言えます。
そもそも、テロというのは、民衆を恐怖に陥れることが一つの目的であり、そのような意味では、9.11の同時多発テロの旅客機がビルに飛び込んでいく映像は、ハリウッド映画の比にならないような恐怖と驚愕を世界中に与えただけでも、彼らの目的は十二分に果たせたと言えましょう。それに応じた米国政府は、武力でのアルカイーダ征伐を行いましたが、目的は遂行されているとはいいがたい状況であります。(ビンラディンは殺せても、その思想は脈々と息づいています)
また、ISもメディアを活用することで、信者を今も増やしております。
もともと、イスラーム教は牧師や司教、僧侶というものが存在しません。法学者はいますが、民衆に教えを垂れるということはあまりないようですので、そういう意味で、イスラームの教えに興味がある人が、インターネットでの活字や動画を通して、コーラン(クルアーン)、ムハンマドの言行録を学び、帰依していきやすい宗教であると言えます。そういった意味で、イスラームはネットとの親和性が高いのですが、それを更に巧妙に使っているのがISです。時に残虐な映像も流しつつ、民衆の心をとらえていると言えるのかもしれません。現在は、シリア国内でもイラク国内でも、ISは劣勢に立たされております。今回のISはこのまま討滅されるのかもしれませんが、明らかに彼らの思想を受け継いだ第二、第三のISが遠からず、生まれ続けていくことは想像に難くありません。
私は個人的にはイスラーム文化やその歴史に関心を持っておりますので、何とか、もう少し欧米各国や日本も含めて、イスラーム独自の思想に理解を持ってもらえればいいのにと感じたりしています。

テロリストは今や拠点を持たずして、SNSなどのメディアを通して、世界各地で、ばらばらに存在しつつも、目的を一にして行動していくという流れは、今後更に拍車をかけていくことでしょう。テロとの戦い一つを考えても、見えざる敵が、遠くにも、場合によっては、極めて身近にも存在し得る時代と言えます。社会不安や不満の強い時代になればなるほど、そのはけ口として、テロ活動に身を投じていくような人間が増えていくでしょう。
もはや、戦争は相手の国あっての戦争ではなくなっていくのかもしれません。不満分子がテロに走るようになれば、いつでも自分がテロとの戦争に巻き込まれかねないという危機感を持つ必要があるのかもしれません。
テロは無くならないかもしれませんが、テロ活動を行う人を減らすことは可能だと思います。社会への不満分子を減らすことが重要なのだと思います。
倉廩実ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知ると言いますが、生活の安定なくしては、治安の維持は難しいと言えます。コロナの影響で、社会不安が広がることは、間接的に治安の悪化やテロの温床となりえることを考えておく必要があります。
政府は金銭的な補償を小出しに行っていますが、むしろ、安定した職の供給がなされなければ、焼け石に水になりかねないのではという危惧を抱いております。

2021年6月9日(水)

 戦争の変遷(2)
投稿:長野央希
メディアとの付き合い方で戦争の勝敗に影響が出るのは、以前からありました。
司馬遼太郎が『坂の上の雲』でも書いているように、日露戦争当時の戦争の行司役は、ロイター通信とタイムズでありました。マスコミを邪険に扱ったりすることで、自分たちが局地戦に勝っていても、相手有利と報道されてしまうと、公債が売れなくなったりしました。莫大な金のかかる戦争で、戦費調達がうまくいかなければ、当然戦争継続も困難になり、最終的には敗戦につながります。
以前より、メディアとの関係性が戦争遂行において、大きな重要性を持っていましたが、湾岸戦争以降は、戦争に関連するメディアの姿勢にも大きな変化が出てきている模様です。例えば、太平洋戦争当時は、日米両国とも、「鬼畜米英」などの標語を使って、敵を憎むように洗脳し、挙国一致で、戦争を行っていたのに対し、湾岸戦争以降は、国内でも、敵国よりの意見を述べるようなメディアもあり、必ずしも国内が一枚岩になり切れなくなっているきらいがあります。更には、以前はメディアと言えば、新聞社やテレビ局を指していましたが、現代では、SNSなどを含め、有名無名の個人個人がメディアになりえるという変化も生じております。従来のマスメディアも偏りのある情報を流したりということもありましたが、個人個人となると、更に偏った情報を流したり、偏った情報を狂信的に信じ込み、更に妙な持論を述べたりするようになりえるのです。
加えて、いわゆる敵国や中立でも、敵に与した意見を述べるような個人によって、その人がいわゆるインフルエンサーであったり、その発言がたとえ間違っていても、説得力を持っていたりすれば、それによって感化される多くの人が出てきてしまう懸念が生じます。中には、敵国のスパイがメディアを利用して、敵国に有利になるように、情報を操作してしまう危険もあり得ると思われます。また、スパイをする気などなくても、敵国を利するような情報を考えなしに、SNSで発信してしまうことも起こりえるのです。潜在的なスパイが国内に多数出現してしまうという危険を現代社会ははらんでいると言えましょう。以前であれば、敵は相手国のみ、あるいは少数の自国内のスパイのみであったものが、湾岸戦争を契機に、かつ、9.11の同時多発テロ以降拍車をかけて、自国内に多数の敵が存在するという恐ろしい時代になってきていると考える必要があると思われます。
日本は、武士道の影響か、多くを語らず、黙々と任務を遂行することに美徳を感じる国民性がありました。結果的にメディアとの接し方に、未熟な部分があるような気がしますが、これからは、細心の注意を払わないと、亡国の危機を迎えてしまうのではないかという危惧を抱かざるを得ないです。国として注意を払うと同時に、個人単位でも、その気はなく、敵に加担してしまうようなことになりかねない時代であることを認識して、行動しなくてはならないのではないかと思います。戦争において、メディア戦術が極めて大きな要素であることを肝に銘じるべき時代になっているのであろうと考えます

2021年6月8日(火)

 戦争の変遷(1)
投稿:長野央希
私は孫子の兵法を読んで、大変な感銘を受けたことを覚えております。
「彼を知り、己を知れば、百戦すれども危うからず」などの有名な文句が多数ありますが、これを孫武の教えとすれば、2500年以上前のものですし、孫びんの時代の著作としても2300年以上前のものであることに驚きを禁じ得ません。紀元前500年頃の段階で戦争の本質をとらえていることも驚嘆すべきことですが、戦争にとどまらないような心理学的、科学的考察を微に入り細に入るように行っていることも見事としか言いようがありません。そういったわけで、軍人のみならず、ビジネス書のようなものにも孫子の兵法の教えが取り入れられるのも納得がいきます。
戦争を行うのが人間である以上は、その本質的な部分は大きく変わることはないでしょう。
ただし、戦争のやり方や、為政者の戦争への取り組みなどは変化してきています。フランス革命を経てナポレオンの登場までは、基本的には多くの場合軍人、兵士同士の衝突と戦場周辺の一般人が巻き込まれるような、どちらかというと局地的、限定的なもので、しかも戦争指導者(王侯貴族など)のゲームに近いようなものであったのが、ナポレオン登場後、徴兵制を敷いたことで、多くの一般市民が戦争に身を投じていくこととなりました。その結果、戦争の範囲が拡大していき、国家規模となり、国家の総力戦に発展していったように思われます。更には、産業革命を経て、長距離大砲などの武器の発展で、戦争の被害は局地的な物から、更に広範囲に及び、住民の被害も甚大になっていったと言えます。戦力の動員という形で、国民の多くが戦争と関与せざるを得なくなったことも、19世紀以降の特徴と言えるかもしれません。それでも、冷戦のころまでは、戦争は当事者である国々どうしの争いでありました。しかし、そ戦争は当事者の争いであったものが、湾岸戦争以降、変化しているという意見を読み、興味を持ちました。これは、ウンベルト・エーコの『歴史が後ずさりするとき』(岩波書店刊)の戦争と平和をめぐるいくつかの考察を読んでの感想です。
彼は、従来の戦争を旧来型戦争と呼び、湾岸戦争以降をネオ戦争と記しています。まず、旧来型戦争では、戦争を行う当事者が明確に分かれていると言えます。例えば、太平洋戦争の際には、米国は日系移民を収容所に押し込めました。戦争を遂行する上では、日本憎しの姿勢を貫くことで、5年近い戦争を完遂したと言えます。しかし、湾岸戦争の際には、イラクのバグダードにも米国人は多数残っておりましたし、逆に米国内にもイラク人やイラクを支持するような中東の人たちが多数存在しておりました。また、武器を売るような企業は、敵対するような国にも武器を売り、利益を上げておりましたし、その他、多国籍の企業からすれば、米国が徹底的にイラクを叩くことは歓迎できない事態であり、結果的には湾岸戦争の成果はクエートからイラク軍を追い出したことにとどまりました。また、この湾岸戦争では、多くの米国系のメディアすら、イラク市民に同情的な論調を唱えたりしていたそうで、これは太平洋戦争の時とは大きな違いと言えましょう。世論によって、為政者は当初の戦争目的を遂行出来ない時代になってきているのも特徴と言えるようです。戦争は武力で勝っても、メディアの操作に失敗すれば、結局勝利に終われない可能性が出てきていると言えるのかもしれません。


2021年6月7日(月)

 最近の話題 〜コロナなど〜
投稿:長野央希
武漢の研究所で、研究者が、マスクをしている以外では、ろくに手袋もせず、防護具を身に着けずに作業している映像が見つかったということで、世界が武漢に疑惑の目を向けています。
米国のトランプ前大統領が、新型コロナの件で、しきりに中国側の責任を問う発言を繰り返しておりましたが、正直、当時どれほどの証拠があって、そういった発言をしていたのかは分かりません。少なくとも、彼のその他の言動から、感情的な意見であったような気がしてなりませんが、武漢研究所のずさんな管理体制をうかがわせるような映像が出てきたことで、新型コロナの起源が武漢にあった可能性が高くなったといえるかもしれません。とはいえ、ウイルスの起源を特定、断定するというのは、非常に難しいことでもあります。
勿論、武漢が起源となっているとなれば、その管理体制の問題など、中国の国家的な責任は甚大であると言えます。しかしながら、中国が、自分たちの非を認めるような証拠を残しているでしょうか?彼らは、流石に4000年の歴史を有し、多民族と渡り合ってきただけあり、世界中のどの国の人間以上に、狡猾で老獪な面を持っています。恐らく、米国やWHOなども軽くあしらってしまいかねないような外交的、政治的なうまさがあると言えましょう。自分たちが罪を問われるような不利な証拠は、既にこの世にないのではないかと思えてなりません。日本的な発想で行けば、実に悪辣なことも、彼らからすれば、自己を守るためにはいとわない部分がある気がします。結果的に、今回の件も、限りなく黒なのに、グレーで終始してしまうような恐れを抱いています。科学の力で、どこまで核心に迫れるか注視していきたいと思います。
一方で、国内では東京オリンピックは行うことが既定路線の様になっているようです。私個人的には、昔からそれほどオリンピックに興味がなかったので、今の状況で中止になろうが、あまり関心がないというのが本音です。オリンピックで見ている競技としては、柔道とボクシングくらいで、むしろ、同時期に行われているプロ野球のペナントレースや高校野球の方が私にとっては圧倒的に重要であります。その考えは、オリンピックが米国主体で商業主義的な要素が強いということを知ってから、ますます強くなりました。更には、今回のオリンピックでマラソンは札幌開催という決定となった時点で、日本をなめたようなIOCのやり口を見て、いっそうオリンピック開催を喜ぶ気にはならなくなっていました。ただ、オリンピックに向けて人生をかけてきたような選手たちからしたら、オリンピックの中止というのはとんでもなく重大な事柄であることも十分理解できます。彼らのことを思うと、何とか開催したいという気にもなりはします。
とは言え、新型コロナが終息してきている様子の見得ない現状で、オリンピックを開催して良いのかどうかということも議論している必要があると思います。しかし、開催は既定路線で、中止などは論外という政府の姿勢が透けて見え、その点では強い不信感を抱かずにはおられないのです。しっかりとした議論を重ねて、その結果でオリンピックを行うのであれば、開催するにあたっての安全性の担保などに関して、国民と、オリンピックに興味を持つ世界中の人に説明を果たす義務があると思います。平和の祭典であればこそ、開催するのであれば、多くの人の幸福につながるべき大会にしなくてはならないと強く願います。

2021年6月4日(金)

 大坂なおみ問題
投稿:長野央希
テニスの大坂なおみ選手が、全仏オープンでの記者会見を拒否した問題が、大きな波紋を呼んでいます。当初は一方的な会見拒否をしていることを叩くような風潮が強かったのに対して、その後、本人のうつ病告白で、大坂選手の味方をするような、更に大会主催者側を叩くような風潮に変わってきているように思われます。
マスコミ報道なので、大坂選手の真意や大会主催者側の考えなども、しばしば偏りのあるような報道となっていますから、詳細が分かりかねる部分が多々ありますので、あまり無責任な発言は控えますが、いくつか違和感のようなものを感じています。
一つは大坂選手の告白している「うつ病」に関してです。この「うつ病」が双極性障害と呼ばれるような本当のうつ病なのか、いわゆるうつ状態なのかというい疑問があります。多くの著名人や、時にマスコミも、うつ病という言葉の使用を誤っているのを見かけます。本当のうつ病というのは、そもそも生易しいものではありません。勿論、程度の軽重はありますが、多くの場合、カウンセリングだけで良くなるようなものではなく、抗うつ剤などの投薬治療や、時には電気けいれん療法のような治療を要する場合もあります。一方で、うつ状態は誰でもなります。仕事でへまをした、上司から叱られた、試合で負けた等々のことで、誰でもうつを経験します。これは、大概の場合、他に憂さを晴らすようなことをすることで、改善はします。うつ病とうつ状態は混同すべきような言葉ではないのです。大坂選手クラスのプレーヤーともなると、その重圧たるや、我々一般人からは想像もできないものではありましょう。まだ20代の女性が一人では対処しきれないようなプレッシャーを日々感じているのも理解できます。そういう意味では、うつ病であるか否かは別としても、日々、精神的な不調を感じていてもおかしくはないのでしょう。
ただ、大坂選手のうつ病がどの程度のレベルの物か分かりませんが、会見をするのは無理だけど、テニスのプレーはできるというのは、違和感は残ります。(ごたごたがあって、結果的に大会を棄権しているのが、鬱の病状悪化のせいなのかどうかも分かりませんが)見る人によっては、わがままと映ってしまう恐れがあります。そういう意味では、記者会見を欠席するからには、鬱の診断書を提出するなどの対応を取っていれば、大会開催者側との無駄な軋轢も防げたのではないかと残念に思います。
また、大坂選手がうつ病を告白した時から、それまで彼女を批判していたような人たちまでが、大坂選手びいきな発言に変わったのも、強く違和感を感じてしまいます。「うつ病に苦しんでいる人を支援しています」「弱者の味方です」ということをこれ見よがしにアピールしているように思われてなりません。これは私がゆがんだ考えの持ち主だからなのかもしれませんが・・
更に、一部報道では、大坂選手が黒人とアジア系との混血で、それに対して、記者会見では白人記者が主体だからと、差別問題まで持ち出してきているものも見られましたが、これも「社会的弱者に寄り添っています」という姿勢を示しているようで、非常に偽善的な違和感を覚えてなりません。
現代社会では、色々な意味での弱者が存在します。当然、自分自身も、いつ何時、その弱者の中に入るか分かりませんから、弱者の味方でいることは大事ではありますが、同時に「弱者の味方」を演じているだけの人間も少なからずおり、注意が必要に思われます。加えて、いわゆる弱者の方が、常に寄り添ってほしいと考えているわけでもないことを想起する必要があると思います。場合によっては非弱者が独善的な思いやりを弱者に押し付けてしまっている可能性もあることを考える必要があるのではないかと思います。

2021年6月2日(水)

 業務連絡B+α
投稿:長野央希
5/24から当院の院内でもワクチンを開始してまいります。
何分にも、当院の駐車場が狭うございまして、ワクチンと同時に通常診療や発熱外来などの診療も並行して行いますので、駐車できる車に限りが出てきます。
当院から、近隣にお住まいの方は、徒歩や公共交通機関の利用をしていただけますと幸いに存じます。また、新潟市として一回のワクチン接種につき、一枚500円分のタクシーチケットを配布いたしますので、タクシーの利用も御検討ください。何卒世路側お願いいたします。

ワクチン接種を進めていくなかで、様々な混乱が生じており、御迷惑をおかけしておりますが、初めてともいえるような大事業で、全体的に戸惑いながらの事業進行ということもあり、御容赦くださいますようお願い申し上げます。

一方で、東京や大阪は緊急事態宣言がさらに延長となる模様です。新潟などの地方都市も、現状感染者数が増加しており、感染を抑え込んでいる状況とは言えず、今後の状況で緊急事態宣言の発令なども起きてくる可能性をはらんでいます。
これまで、感染者数が増加すると、緊急事態宣言を発令するということが繰り返されていますが、それ以上の策がとられているようには見受けられませんでした。ようやく大規模なワクチン事業が開始されていくという段階になりましたが、政策の実行に至るのにあまりに時間がかかりすぎている感は否めません。ほぼ無策で緊急事態宣言をだらだらと続けていること自体に、どれほどの意義があるのかも、よく考える必要があります。
こういった緊急事態宣言というような非常事態は、長期化すればするほど、確実に民衆心理としては中だるみして、ついには緊張感を維持できなくなることは自明であるため、いかに短期間に宣言終了できるかが鍵となります。その意味でも、飲食業界のみに痛みを強いているような中途半端な施策では不十分と言えましょう。スポーツを含めた娯楽は大きな人の移動を伴いますので、むしろ、こういったものも、緊急事態宣言下では休業すべきなのだと思います。そのほか、不要不急という意味では、飲食業界以外でも例えば美容業界など営業を自粛すべきものも少なくはないのではと思われます。
もし、新型コロナを危険な感染症ととらえるのであれば、短期集中で飲食業界以外も痛みを分かち合う必要があると思います。一方で、新型コロナを通常の風邪と同等と考えるのであれば、もはや緊急事態宣言など解除してしまうべきでしょう。
政府や各都道府県、市町村ともこのコロナ感染を危険視しているからこそ、今の緊急事態宣言につながっているのでしょうから、であれば、宣言を短期集中にするために、より徹底したことをする必要があると考えます。
このような状況下で、東京オリンピックを開催するのか否かというような議論もあまりなされておりません。普通に考えて、緊急事態宣言が延長され続けているような国で、オリンピックのような大規模なイベントを行っていいのかどうか、もっと議論を重ねるべき時期に来ていると思いますが、あまりそのような気配を感じません。政府としても議論を尽くして、行うにしろ、中止するにしろ、その理由を国民、世界に説明するのが開催国としての責務でありましょう。
また、ワクチンの接種の順番も、日本のスタンスとしては、高齢者が重症化しやすいということで、高齢者を優先してワクチン接種を進めている状態ですが、最も色々な地域を移動しなければならなかったり、労働を担っているのは、より若年層で、そちらを優先した方がよいのではないかという意見もある中で、ワクチンの優先順位に関しても、あまり透明性のある議論はなされておりませんでした。さしたる議論もなく、かといって、迅速にワクチンを開始しているわけでもなく、非常事態においては迅速さこそが最も大切であるにもかかわらず、そういった弱さを完全に露呈してしまっています。戦後の日本は、迅速さに欠け、問題の重要度の判別をすることが極めて拙いと言わざるを得ず、(戦前もそうかもしれませんが)、是正すべき問題であると思います。

2021年5月21日(金)

 AI社会
投稿:長野央希
ここ最近のAI(人工知能)の進歩は目覚ましいものがあります。人間が作り出したものとはいえ、間もなく人間の想像を超えていくような代物になっていくのではないかと思われます。うまく使えば、極めて便利でありつつ、場合によってはSF漫画や映画の様に、人間にとっての脅威になるのかもしれません。
多くの職種で、AIによって、雇用としての人間が駆逐されていく可能性もあり得るのではないかと危惧しています。
これは我々医療職でも、御多分に漏れません。明らかに人間よりもAIの方が仕事上のミスは少なくなるでしょう。医師という職業も、高い人件費を払うのであれば、AIに任せた方がコストも安上がりに済むと、経営者が考えていく時代が近く来るのではないかと思われます。
私にとっても、他人ごとではなく、いつAIに仕事を奪われてしまうのだろうという、ある意味恐怖感を抱きつつ過ごしております。
AIよりも人間が勝る点は何かということを考えています。それは、患者さんが医療に何を求めるかということにもつながります。
正確無比で、適切な医療を行うという点では、将来的に人間はAIには比肩できなくなるでしょう。しかし、人間である患者さんからすると、医師との会話や、人間的な心的つながりを求めている場合もあり、その点では、人間はAIに勝ると思われます。もし、そういった面がなければ、残念ながら、人間の医師は駆逐されていく恐れがあります。
患者さんの診察において、患者さんに真に向き合うのではなく、患者さんの各種検査データなどのみを見て、医療を行うのであれば、その診断能力に関しては、人間よりはコンピューターが勝るでしょう。
結局は、人間の医師が生き残れるとすれば、診断能力や治療の能力を磨くことは当然ですが、人とのコミュニケーション能力も、自己の人間性も研鑽していく必要があると思います。今の医療界は、いわゆる学校秀才と言われる人種が多く、人間性や疎通性が未熟な者も少なくありません。そういった人達は、最も最初に不要とされていくことが予想されます。
患者さんに人間として向き合い、人としての温もりを提供できるような医師になり、何とかAI社会を潜り抜けることが出来ればと考えている今日この頃です。


2021年5月18日(火)

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