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 愛国心(3)
投稿:長野 央希
では、愛国心というものは何なのだろうと疑問がわいてきます。
あれこれ考えると、愛国心の最も原始的な意識は、犬猫などの縄張り意識なのではないかと思うのです。自分のテリトリーを侵害されたくないという思いとともに、自分のテリトリー内で自分の仲間や自分に従順な者たちを守りたいという思いが、愛国意識の、より初期の存念なのではないかと考えられます。
それが、徐々に隣のテリトリーの方が快適な環境であると考えた場合に、そちらを支配下に置こうと紛争が生じていくのだろうと思われます。ここまでは、人間以外の動物にでも見受けられるような事象かもしれません。
人間の「愛国心」「民族主義」というものは、自分の住む土地を守りたい、自分たちがより快適に過ごしたいため周囲の土地を手に入れたいという原始的な欲望に、自分の住む「場所」を神聖なものとした宗教意識が付加されたところに、人間の特異性があるような気がします。その宗教観のようなものが、時に狂信的な愛国心、民族意識につながり、結果的に差別意識や他の国や民族に対する優越意識を生じさせてしまっているのではないでしょうか?そうして、「自分たちが世界で最も優れており、世界を征服しなければならない」というような誇大妄想を抱いた場合、周囲や世界に甚大な被害をもたらすのではないでしょうか?
そして、民族というものは何なのだろうという疑問も抱いてしまいます。
例えば、日本人は大和民族と言っていましたが、大和民族とは何なのでしょうか?縄文人が渡来系の人たちや弥生人との混血を進めていく中で、どの段階が純粋な大和民族と言えるのでしょうか?
英国はアングロ・サクソン系と言いますが、そもそもが英国王室は、プランタジネット朝のころは、ほぼ完全なフランス人であったわけで、その後もドイツなどの諸侯との政略結婚を経ていますので、王室自体が、まるでアングロサクソンではないとも言えます。国民も然りです。元来、ケルト系やアングロサクソン系、フランス系、北欧系などが複雑に入り混じっています。
ドイツでゲルマン魂とよく言いますが、純粋なゲルマン人などどれほど存在しているのでしょうか?
自分が「○○民族」であるという発想自体が、実は幻想なのではないでしょうか?
民族意識というのは、この幻想に酔ってしまっている、ある意味ナルシスティックな意識なのかもしれません。

もっとも、私は、日本が存亡の危機に立たされた場合、自分としては日本を守るために命を捨てられるだけの勇気を持ちたいと思ってはいます。これも十分自己愛的な愛国意識ではあると思いつつも、やはり日本を汚されたくないという思いは強いです。
愛国心を、自衛の為のみに限定させるにはどうしたらいいのでしょうか?
他国を侵略して、自国を富ませたいという利己的な愛国心はどうしたら、抑制できるのでしょうか?
人間が有するようになって日の浅い、民族意識、愛国意識を、もっと深く理解していく必要がある時代なのではないかと思っています。

2022年3月25日(金)

 愛国心(2)
投稿:長野 央希
ドイツの愛国意識というのも、ロシアと時間的には大差はないかもしれません。ドイツやイタリアでは、根本的に統一国家ができたこと自体が19世紀末のことになります。それまでは、神聖ローマ帝国は存在しておりましたが、まともな統一国家の態をなしていた試はありません。カール5世のときに、ハプスブルク家による神聖ローマ帝国は最大の版図となりました。ドイツ、オーストリア、ハンガリーなどの東欧、イタリア、スペイン、ポルトガルから中南米に至るような広大な領土ではありましたが、そこに住む住民が、神聖ローマ帝国の臣民であるという認識を抱いていたとは思われません。そもそも、ローマ帝国内の王侯貴族自体が、帝国の一員という意識すらなかった可能性があります。
大体が、ドイツ国内の数多く存在している諸侯の王侯はドイツ語を野蛮な言葉として、あまり使用していなかったりしています。カール五世の時代には、宗教革命が起こり、ドイツ農民戦争や、諸侯同士の内紛が勃発しました。これらの歴史を見ても、現在のドイツという土地で、ドイツ人がドイツ人であるという意識を持ち出したのは、ナポレオン戦争に敗北してからであったといえましょう。フランスに敗れたことで、ドイツという民族意識を強く認識し、民族としての危機感を強めたといえるかもしれません。すなわち、ドイツ民族の民族意識は19世紀初頭に芽生えていったといえます。そういった民族意識の醸成に、グリムなどが大きく影響を与えたといえます。しかも、ドイツが初めてドイツ帝国としての統一国家を形成したのは19世紀末ですから、ほとんど明治日本と歴史的には変わりません。そんな短期間の愛国意識が、第一次、第二次世界大戦において、最終的にはヒトラーによる影響もあり、狂信的な民族意識となって、世界中に多大な被害を及ぼしたのです。
翻って、日本はどうかというと、日本も明治になるまでは、基本的には、それぞれの藩こそが国であり、日本人としての意識というのはかなり希薄であったと思われます。それが、明治になり、天皇陛下のもとでの統一国家を形成していきました。日本人としての民族意識やアイデンティティというものは、それこそ明治の中盤以降になって、初めて国民に浸透していったのではないかと思います。
では、より古くから愛国意識を芽生えさせた国々では、それがいつ頃からかを考えますと、英国では清教徒革命、名誉革命を経て、王の権力をそぐ形で、市民が力を持つようになってからと言えます。すなわち、17世紀末です。フランスでは、フランス革命以降、国王が処刑、貴族が追放され、市民が力を持ってからと言えましょうから、18世紀末になります。
米国は、まさに愛国意識の発露が独立戦争につながっていると考えられますので、やはり18世紀末です。こう見ていくと、より古くから愛国意識、民族意識を抱き始めたといっても、たかだか数百年なんだとわかります。
我々人類は、この愛国意識や民族意識というものを有するようになり、歴史が浅いのだと理解する必要があり、そのため、実は、未だにこの意識を飼いならせていないのかもしれないと思いいたるのです。

2022年3月25日(金)

 愛国心(1)
投稿:長野 央希
昨日、ウクライナのゼレンスキー大統領が、国会でオンラインでの演説を行いました。欧米各国の議会で演説を継続していくものと思われます。ゼレンスキー大統領からすれば、日露戦争の日本海海戦ではありませんが、まさに「皇国の興廃、この一戦にあり」という状況が連日続いている状況で、わらにもすがる思いで、救援を呼び掛けていると思います。自国を愛するという意味では当然の行為であるといえます。一方で、各国の国会、議会が何故ウクライナのゼレンスキー大統領に演説する場を設けているのでしょうか?ロシアの戦争犯罪を憎む心の表れなのだろうと思います。しかし、地球上で戦闘、紛争地域は数多くあり、非常に悲惨な状況に置かれている人たちはいくらでもいるのです。そういった当事者は、決して先進国の議会で発言するような場は設定してもらえません。フセイン大統領時代のイラクに対して、米国は大量破壊兵器の存在を理由に、イラクへの攻撃を実行し、最終的に政権の転覆に成功しました。結局、イラクには大量破壊兵器は存在していなかったのに、ほぼ米国の言いがかりと言えるいちゃもんは正当化され、イラクの言い分に、誰が耳を傾けたでしょうか?今回の、ウクライナが核兵器を製造しているというロシアの言いがかりとどっこいどっこいのことを米国は行ったにもかかわらず、ウクライナには世界の同情が集まり、イラクは無視される形になりました。イラクやシリアなどの言い分を聞く場は設けられないのでしょうか?これは、そういった国の体制の問題なのでしょうか?あるいは、非白人国家だからでしょうか?
ウクライナの今の国難は当然悲劇であり、早急に事態の解決を図る必要があるのは間違いないのですが、同様にその他の事態の打開を図るべき悲劇的な紛争、係争地域にも、目を向けられるように、彼らの言い分を拾い上げてあげられるようにしていく必要があると思います。

一方で、今回のロシア・ウクライナ戦争について、あれこれ考えています。今回の戦争の発端はそもそも何なのか。ロシアの言い分では、ウクライナはロシアとともにあることが当然だという基本認識が根底にあるのでしょうか?この発想は、プーチンやその取り巻きに特有の考えなのでしょうか?それとも、ロシアの民衆の多くが悲願とするような共通認識なのでしょうか?だとすれば、スラブ民族としての民族的な希望になるのでしょうか?そうであるのなら、そういった愛国的、民族主義的な発想はいつからあるのでしょうか?
そもそも、ロシアという国は、かなり長いこと、モンゴル帝国の支配下に置かれておりました。16世紀になり、ようやく、その支配から解き放たれはするものの、その後も統一的な国家が誕生するには、ピョートル一世を待つ必要がありますし、トルコとの黒海沿岸を得るための戦いに勝利するエカテリーナ二世時代にようやく広大な統一的ロシア帝国が出来上がったといえるように思います。18世紀から19世紀初頭のことと言えます。その後、ナポレオンとの戦争に、うやむやながら勝利しますが、その後から、愛国的な貴族が主体となる、皇帝独裁への反発が起きる様になり、度々、ロシア皇帝が暗殺されるようになっていきます。しかし、ほぼ一貫して、ロシアの多くの民衆は、置き去りにされていたように見受けられます。かなり遅くまで農奴制が存在していたため、民衆の民族意識などはあまり育ちにくかったのではないかと思います。
ロシア人が愛国意識や民族意識を高めていくのは、ロマノフ王朝末期からソビエト連邦になってからといってもいいのかもしれません。つまるところ、20世紀初頭のことです。たかが100年ちょっとの愛国意識と言えます。


2022年3月24日(木)

 3月11日
投稿:長野 央希
東日本大震災発生から、ちょうど11年が経ちました。
復興も進んでいる一方で、依然として避難生活を余儀なくされている方々も少なからずおられる状況です。震災の残した傷跡の大きさはとてつもない物です。2011年の3/13〜15と震災直後の石巻に災害救護班として訪問した際の記憶は今でも鮮明に残っております。海で漂流していて自衛隊に救助され、病院に搬送された方の、磯の匂いにヘドロの入り交じったような臭気は強烈に思い出されます。震度4クラスの余震がひっきりなしに起きている中で、避難所のグランドにてサッカーに興じる子供達の笑顔に、こちらが救われたりもしました。3/15は雪のちらつく寒い日でしたが、病院前でトリアージをしている時の凍えるような寒さも忘れられません。何よりも、宮城県庁の玄関に避難しているおびただしい被災者の方々の姿、石巻日赤病院のエントランスで避難して疲れ切って寝ている被災者の方々の姿を思い出すにつけ、涙が出そうになります。家や財産や、それどころか肉親までをも一瞬にして失うという、尋常ではない状況を思うと、もはや言葉になりません。
日本はどこに住んでいようと、何らかの天災に見舞われる可能性の高い国ですので、我々が経験してきた様々な天災の記憶は、決して風化させてはならないと強く思います。そして、そういった経験から得る教訓を、今後の災害に備える糧にする必要があるともいます。
震災の被害も大変悲惨な物でありますが、現在のウクライナ情勢も極めて悲惨な状況にあるといわざるを得ません。こちらは完全に人災ですが。
ウクライナ国内の複数の都市や町が、一週間の間、破壊され続けているのです。原発が破壊されるような事態になれば、福島原発をも超えるような未曾有の被害をもたらしかねません。そうなった場合、向こう十年以上、人の住めないような場所がいくつも出来てしまうかもしれません。非軍人への無差別的攻撃を継続しているロシアの行っていることは、完全に戦争犯罪であるといわざるを得ません。ここに来て、津軽海峡にロシアの軍艦が航行するようになっており、日本への挑発といってもいいような行動を取り始めました。
ロシアという国、プーチン大統領が、何か自暴自棄になっているのではないかというくらいに、理解できないような破滅的行動をとっているように思えてなりません。
日露戦争において、日本はロシアの経済力や軍事力に遠く及ばないような状況の中で、薄氷を踏む思いで戦争を行い、勝利いたしました。とりわけ日本海海戦でのバルチック艦隊の壊滅は戦史においても類を見ないような完勝であったと言って良いでしょう。すなわち、小国でも作戦において工夫し、努力を積み重ねれば、大国を撃破できるということです。また、日露戦争では、日本軍はロシア国内でのコミュニストたちを支援することで、ロシア国内の革命運動二手を貸し、そういったことも日露戦争を終わらせる遠因ともなったと思われます。ウクライナもロシアと比べると、極めて弱小でありますが、戦争の作戦遂行によって、あるいは戦闘以外の工夫によって、ロシアを少しずつ不利な情勢に追い込んでいくことも可能なのではないかと思います。
また、今回の件で国連もNATOもまるでイニシアチブをとれていないことから、彼らの信用を落とす結果になっているように思えてなりません。ロシアの今回の暴挙を許せば、遠からず、必ずや自分たちにも毒牙が迫ってくる可能性が高いことを肝に銘じる必要があります。日本も同様です。
現段階で、ロシアを止めなければ、災厄は世界中に拡大すると思います。
今止めなくてはならないのです。
そして、天災は人間の力ではいかんともしがたいのに対して、人災は、人の努力で拡大を予防することも可能と言えます。
ロシア政府以外のロシア国民の良心を信じると共に、戦争を終結させる様々な布石を打っていかねばならないでしょう。



2022年3月11日(金)

 業務連絡
投稿:長野 央希
現在、新型コロナウイルスワクチンの三回目接種を継続的に行っておりますが、ファイザー社製のワクチンの供給が止まりましたので、3/7の週の間にはモデルナ社製のワクチンに移行していくこととなります。
その旨、よろしくご理解のほど何卒よろしくお願いいたします。

2022年3月6日(日)

 人間の尊厳を守る戦い
投稿:長野 央希
ロシア・ウクライナ戦争が激しさを増していおります。ウクライナ第二の都市であるハリコフの市庁舎が爆撃されるなど、ロシア軍による無差別攻撃が顕著となっております。当然、ロシア政府はその点を認めはしませんが。
また、ロシア兵が演習といって、連れてこられたのが実際の戦場で、だまし討ちのような形で戦死しているというような報道もされております。勿論、戦時下なので、ウクライナの報告を全面的にはうのみにはできないとは言え、さもありなんと感じてしまうような状況です。戦地で、辛い思いをしているのは、ロシアの若者です。ロシアの戦争指導をしている政府、軍の要人は、みなモスクワなどの安全な場所にいて、若者を次々と死地に赴かせています。もし、プーチンやその他の政府首脳も、ウクライナの戦場の第一線で、銃弾に身をさらしているようなら、まだ説得力はありますが、そんな危険に身をさらすことはないでしょう。
このまま、ウクライナへの激しい攻撃が続けば、キエフなどの主要都市の陥落は時間の問題です。しかし、必ず、ウクライナ国民は地下組織として、ゲリラ戦を展開し、ロシアの占領に対して、激しい抵抗を続けていくでしょう。その場合、ロシアの被害は甚大になります。その結果は、多くの若者が傷つき、死んでいくことになります。
それでも、ウクライナを占領した場合には、プーチンはその功績を喧伝し、より一層発言力を強めてしまうでしょう。そうなったときに、プーチンのやり方に反対するものや、彼の思惑に反するようなもの、機嫌を損ねるような者たちに、攻撃の矛先を向けることは想像に難くありません。今、ウクライナの民間人をも無差別に殺戮している状況が、今後ロシア国内で展開されることになります。要するに、全ロシア国民は、プーチンの将棋の駒となることを要求されるのです。かつて、帝政ロシア時代に存在していた農奴のように、支配者に生殺与奪の権を握られ、一切の自由を奪われた、新たな農奴制ができてしまうかもしれないのです。
今朝のニュースで、ウクライナ大使館に花を手向けようとしたロシア人家族が、小学生の子供も含めて逮捕されたそうです。そして、両親は親権をはく奪されるかもしれないということでしたが、狂気の沙汰です。恥ずべき出来事です。
どうかロシアの国民皆さんが真剣にこれからの自分たちのありようをよく考えていただきたいと思います。現状のロシア政府のやり方を続ければ、近いうちに、自分たちが奴隷のような立場に貶められてしまうかもしれないのです。自由を、そして人としての尊厳守るために立ち上がることが、今こそ必要なのだと思います。

2022年3月3日(木)

 ロシア
投稿:長野 央希
ロシアのウクライナへの侵攻が開始されてから、5日目に入っております。激しい、戦闘が続いておりますが、キエフを含めて主要な都市は陥落せずに、よく持ちこたえております。昨日には、両国での和平交渉が行われ、予想通りながら、それほどの進展もなく、ただし、二回目以降の和平交渉につながるという意味では、ある程度の意義はあったと前向きにとらえたいとは思います。

私は、昔からロシアの文化に親しみを感じてきた者です。アレクサンドル・プーシキンの詩、作品を好んで読んでおりましたし、チャイコフスキーの音楽も好きです。また、ロシア民謡も、深い哀愁を帯びた素晴らしい曲がたくさんあり、好んで聞いている時期がありました。
また、当院にも、ロシア人の患者さんが時に来院されますが、多くの場合、気のいい人が多い印象です。
個人個人でいえば、ロシアの方々は、決して信頼に値しないような人たちではないのです。そういう意味で、ロシア国外で暮らすロシア人の人に対して、偏見を抱いたり、迫害を加えるようなことは厳に慎まねばなりません。それは決してやってはならないことです。
しかしながら、政治が絡んだ途端に、ロシアという国はまるで信用できない国になってしまうという傾向があります。この特徴は、帝政ロシアの時代から、ソビエト連邦の時代、そして今に至るまで一貫しているといわねばなりません。
今回の件も、侵攻に踏み切ったロシアが大義がないだの、道義上の問題がどうのこうのなどと世界が非難しますが、そもそもロシアが道義上の問題を気にしてきていたのなら、今頃、おとなしい小国であったに違いありません。
第二次世界大戦末期には、日ソ不可侵条約を、当然の如く、一方的に破棄して、満州に攻め込んできました。彼らの野望を果たすためには、約束を守るということが、彼らの行動を規制しないようなのです。

一方で、今回の侵攻が、ロシアにとってどれほどのメリットがあるのかもよくわかりません。現段階で、ロシア軍内でかなりの死傷者も出ており、莫大な軍事費が湯水のように消費されております。加えて、世界各国からの経済制裁で、日に日にロシア国内は、生活状況が悪化していくことが予想されます。そうなっていったときにロシア国内の世論や国民感情が現政権に対して攻撃的になる可能性も否定できません。今回の戦争の成り行きいかんによっては、ロシア国内で反政府運動や革命闘争が起きてしまうこともあながちあり得ない話ではなくなるように思えます。
日露戦争、第一次世界大戦を経て、軍事費がかさみ、最終的にロシア革命につながり、帝政は終わりを迎えました。
状況により、プーチン政権が終焉をむかえることもあり得ます。
また、NATOのやりようによっては、第三次世界大戦の勃発の引き金を引くことも考えられます。しかも、それは間違いなく核戦争につながっていくでしょう。そういうことも見越して、ロシアは真っ先にチェルノブイリを押さえたのかもしれません。世界大戦とならずとも、ロシアへの経済制裁で、ロシアの天然ガスや石油の欧州への供給が止まりますので、欧州内での生活水準も低下することが想定されます。両陣営とも、国内での痛みを感じつつの戦いが続いていくことになるでしょう。我慢比べの様相を呈してくるでしょう。どちらが、貧しいことを耐え忍べるかという戦いにもなります。
日本は、太平洋戦争の際は「欲しがりません、勝つまでは」を実践していましたが、今の日本人がそういったことを忍従できるとは到底思えません。
万が一、世界大戦に発展するようであれば、日本国内でも、国民全員が生活水準を落としていく必要が出るかもしれません。我々にはその覚悟があるでしょうか?
どんな理由があるにしろ、人同士で殺しあうという戦争行為が、どれほど無益で、どれほど悲劇的なことなのかを再確認し、戦争以外の外交手段に切り替えていってほしいと切望します。

2022年3月1日(火)

 ロシア・ウクライナ戦争
投稿:長野 央希
ロシアが電光石火のごとく、ウクライナに侵攻し、地上軍がキエフに入城しているという報道を見ました。だとすれば、キエフ陥落は時間の問題であると言わざるを得ません。
ロシアとしては、本気でウクライナを植民地化するという意図があるというよりは、NATOへの加盟を熱望したウクライナへの懲らしめであったり、報復の意味が強いのではないかと考えます。NATO加盟を企図する現ウクライナ政権を転覆させて、ロシアの傀儡政権にすげ替えるというのが、現段階でのロシアの目的なのかとも思います。
ここまで、ロシアがウクライナのNATO入りを拒むからには、NATOが隣接地帯まで勢力を拡大することへの強い恐怖の裏返しなのではないでしょうか?非常に強い危機感を抱いているからこそ、予想を超えるような軍事動員を行っているのではないかと思われます。
ただし、ウクライナを完全に征服するということは、極めて難しいことになるでしょう。恐らく、長きにわたって、各地でのゲリラ戦が続く内に、ロシア国内での厭戦気分が盛り上がっていく可能性も高いように思います。
そもそも、ロシア国内において、反戦デモが起きているように、どれほどのロシア国民が今回の戦争を支持しているのかも、よく分かりません。
確実に一定数、過剰な愛国主義をひけらかして、領土拡大を主張する人たちがいるのは間違いありませんが、世論調査をしてみてほしいところではあります。
また、現段階で欧米や国連はロシアを非難することはあっても、直接的な働きかけは行っていません。何か、軍事的作戦を画策しているのかどうかというところに注目しています。少なくとも、米国を主体にして、経済制裁を加えることは間違いないようですが、ロシアがそれを踏まえても、今回の軍事行動に移るからには、経済制裁をはねのけるようなバックボーンがあるに違いありません。そうなると、間違いないのは中国の支援です。
恐らく、中国は今回のロシアの挙動を見て、先例にならうという形で、近隣諸国に対しての侵攻、軍事行動を起こす口実とする可能性が高いと考えざるを得なくなります。
つまり、今回のロシアの暴挙を世界が容認すれば、確実に中国も同様の行動を取り出すであろうと言えます。
我々は、ウクライナを対岸の火事と考えてはならないのです。
今回のロシアの行動を黙認すれば、大国が自国の欲望に対して素直に行動するような、19世紀の帝国主義の時代に逆戻りすることになリ兼ねないのです。
日本も、中国やロシアの攻勢をまともに受ける危険も高くなります。それを日本国民が理解している必要があります。我々は自国を守るための方策を練る必要があります。その為には、スカッドミサイルやパトリオットの配備などの小手先の議論ではなく、自衛隊を軍隊とするのかといった、憲法第9条の改正を含めた根本的議論を早急に行う必要があります。場合によっては、国民皆兵のように徴兵制を敷かねばならないような状況になり得ます。我々日本国民は、長く平和ぼけしてしまっていますが、本気で「自分も兵隊に行かねばならない」可能性を皆で真剣に考えねばならないのだと思います。
江戸幕府を倒して、明治維新を打ち立てたのは、当時欧州列強が帝国主義のもと、世界中で傍若無人な振る舞いをしていたことに対スル強い危機感によるところ大でした。いま、傍若無人な振る舞いをする国が変遷してはいますが(ロシアは当時も列強の一つでしたが)、日本は再度自衛のために、国民が強い自覚を持つべき時代なのだと思います。

2022年2月25日(金)

 ドーピング問題を踏まえて
投稿:長野 央希
昨日、北京冬季五輪が閉幕しました。
元々、ウインタースポーツ自体が得意でもないため、冬季五輪自体にあまり関心がないということもあって、ほとんど中継を見ておりませんでしたが、カーリング女子の銀メダルを始めとして、多くの日本人選手が活躍した大会であったと言えましょう。
一方で、スキージャンプのスーツ問題やフィギアスケートのドーピング問題など、負の記憶も生々しく残ったのも事実です。
殊に、ロシアのワリエワ選手のドーピング問題に関しては、色々な意見が出ておりましたが、世界的にも大きな衝撃を与えた出来事であったと思います。
そもそも、15歳でドーピングに引っかかるのかというのが率直な感想でした。
まず、言えることは、ワリエワ選手が自己判断でドーピングの禁止薬剤を使用したかどうかは関係なく、ドーピングで禁止薬物を使用したと判断された場合は、年齢如何に関わらず、出場をさせるべきではなかったであろうと思います。
出場を許したために、世界中からのバッシングも尋常ではなくなってしまいました。あのような世界から敵視されているかのような状況で、まともな精神状態で演技ができるはずがないのです。ましてや15歳という若年で、五輪の大舞台であることに加えて、多くの冷たい視線を浴びるという恐るべき環境で、4位に終わったとはいえ、最後まで演技したことだけでも褒めてあげるべきでしょう。
自分が15歳の時に、こんな地獄のような状態に置かれたら、まずもって、重圧から、逃げ出してしまうだろうと思います。
そして、15歳が自分の判断で禁止薬物を使用したとは考えにくいといわざるを得ません。コーチや周囲の大人たちが、本人の望むと望まざるとに関わりなく、薬物を使用させたのだろうと考えます。
成長期で、今後も長い人生が待っているような若年者に、短くない期間、そういった薬剤を与えることが、将来において、どのような影響を及ぼしてしまうかをよく考える必要があると思います。
もしかすると、大人たちは「本人にとってよかれと思って」、薬物を使用させていたかもしれません。五輪でメダルを取れば、確かにとんでもない栄誉にはなるでしょう。大金を稼ぐということにもなるのかもしれません。
しかし、結局は大人が子供にとってよかれと考えていることは、往々にして、大人の自己満足であることが極めて多いというのを目の当たりにしてきました。私は、高校時代に、「子供のために」という大義名分を掲げている大人をみて、大変偽善的で、恩着せがましく、自分の虚栄心を満たすために子供をだしにしている様な、とてつもない不快感を抱いていたことを思い出しました。今回の、ワリエワ選手の問題から、あの当時の「大人への虫唾が走る」思いを、ふっと思い出してしまいました。
子供は大人の道具や玩具ではないのです。
そして、子供は、「小さな大人」ではないのです。
ワリエワ選手にしても、そのほかの多くの大人たちのご都合を押しつけられている若者たちにしても、是非とも健全に育っていってほしいと切に願います。

2022年2月21日(月)

 ウクライナ情勢
投稿:長野央希
ウクライナ情勢が緊迫の度を増しております。
北京で冬季五輪開催に対応する可能ように、NATOがウクライナに派兵をする可能性に言及したりということで、ウイグル等の人権問題をないがしろにする中国への当てつけなのかとも勘ぐっておりました。しかし、少なくとも、ロシアにしてみれば、中国に嫌がらせを働く理はないと思われるので、色々と不可思議な面もあるように思えます。
日本政府がウクライナの在留邦人に退避勧告を出したということからも、武力衝突の危機が差し迫っていることが想像されます。ロシアの言い分では、NATOの勢力拡大を停めるようにということになる一方で、欧米ではその要求には応じられず、意見の相違に関しては歩み寄りは現状難しいのであろうと思われます。
これまで、ベトナムなどでは大国同士が直接武力衝突することは避けてきておりましたが、今回米露がウクライナで直接衝突するとなると、第一次世界大戦以降、初の直接の戦闘となってしまいます。
大国同士の戦争となると、戦闘は世界各地に飛び火して、再び世界大戦の様相を呈してしまってもおかしくはありません。
外交的な解決を目指して、両者が歩み寄ってほしいと思います。
とは言え、今回衝突が回避できても、今後も戦争の火種は残り続けることは間違いなく、これからしばらくは世界の人々は戦争の危機の上で、きわどい平和を享受せざるを得なくなってしまうでしょう。

そもそも、米露とも長らく自国民が多大な痛みを伴うような戦争を経験せずに、過ごしてきました。米国にすれば、ベトナム戦争であり、ソ連にしてみればアフガン戦争になりますが、非常な痛みを受けつつ、敗北したという、苦い戦争経験をしていたからこそ、ある程度の戦争抑止につながっていたのではないかと思われます。そういった辛い戦争体験を直接経験した人たちが少なくなれば、また、そういった人達が政府の中枢から減れば、タカ派の台頭を招いてしまうことになるでしょう。
日本においても太平洋戦争から80年が経ち、戦争を知らない世代が大半を占めてくるようになり、戦争への嫌悪感というものが軽くなってしまう恐れがあります。勿論、戦争の痛み体験のみで戦争の抑止力になるほど甘くはありませんが、怖さを知らなければ、安易にその方向に流れていきかねないのも事実です。
米国の衰えもあり、新たな世界のパワーバランスが形成されている今日において、どのように国際情勢が推移するのか注意していく必要があります。残念ながら、軍事も外交の一環ではあります。外交問題を解決するために、安易に軍事を活用する時代になっていってもおかしくないのが現在の状況です。米国、欧州、ロシア、中国を軸に彼ら大国が自分たちの利を追求するようになれば、戦争の悲劇が再び巻き起こされるでしょう。
一方で、軍事には莫大な費用が掛かりますので、戦争をすることが経済的にも国際関係的にもデメリットが大きいという部分を強調して戦争抑止とするほか平和を維持できない時代が近くなっているのではないかと危惧しております。

2022年2月14日(月)

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