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 固定観念
投稿:長野央希
4〜5月にかけて、埼玉県内のコロナ診療のために、医療支援に行っておりましたが、この際に右折禁止の標識を見落として、違反切符を切られてしまいました。この際に警察官の方が、自分の免許証の住所が新潟なのを見て、色々質問され、自分が医療支援で埼玉にきていることを知り、自分に対して、大層申し訳なさそうにしておられたのが印象に残っています。(流石に違反は見逃してはもらえませんでしたが)
これまで、救急に携わっている際にも、交通事故や事件などで警察の方々とも関わりましたし、個人的に交通違反などで絡むことがありましたが、いずれの場合にも、警察官に高圧的にふるまわれたこともなく、むしろ親切にしてもらって、気の良い人達だなという印象の方が強い気がしていました。

この春に米国では警官によるアフリカ系米国人に対する殺人で大騒ぎになり、警察の組織改革の動きや人種差別に対する抗議運動などの社会の大きなうねりにつながりました。
個人的には米国の保安官や警官の事情を知らないので、銃社会によって凶悪な犯罪者が多いために警官の方も攻撃的になっているのかは分かりません。ただ、今回の騒動の発端になった事件も、報道の断片をつなぎ合わせた知識では、殺されたアフリカ系米国人男性は贋金使用の疑いがあったりということで、少なくともか弱き善良な市民が警官の横暴で殺害されたという構図ではないということが言えそうです(勿論、殺されてしまっていい理由には決してなりませんが)更に、単純な人種差別の問題なのかもよく分かりません。抗議運動も途中からはコロナによる社会不安や不満のガス抜きのような側面を持っていたような気がしました。

少なくとも、警察官の大半は善良で誠実な人達であると思います。ごく一部に問題のある人がいるとは思いますが、そのごく一部によって「警官は横暴である」とか「高圧的である」という固定観念につなげるのはいかがなものかと思います。必ず、どの業界にも問題のある人が一定数いるのにも関わらず、「警官は…」とか「医者は…」とか「官僚は…」とかの負のレッテルを張って、そういった色眼鏡で見るのは慎むべきなのではないかと思います。
ネットの情報を妄信的に信じるのではなく、自分でしっかり判断していきたいものです。

2020年8月24日(月)

 新型コロナ 個人的な印象
投稿:長野央希
昨日に続いて、新型コロナに関して個人的な印象、思いを書きますが、本日も確たるエビデンスもない事柄につき、適当に読み流していただければと存じます。
これまで、新型コロナ感染に携わり(といっても、患者さんの数は10数名という程度ですが)、また色々な報告を見て思うことは、新型コロナ感染患者さんは、同時にアデノウイルスや溶連菌感染等を併発している例が、しばしばあるのではないかということです。
元々、コロナウイルス自体が風邪を引き起こす代表的なウイルスの一つではあります。そのほか、ライノウイルスやアデノウイルス、ヒトメタニューモウイルスなどが代表的な風邪の原因ウイルスではありますが、実際のところ、感冒症状で医療機関を受診しても、実際には何のウイルスが原因かまで検査していることはほとんどないと思います。大概は風邪は自然に改善、治癒していくことがほとんどですので、そこまで検査を行う必要性もない上に、特効薬があるわけでもないので、いっそうウイルスの道程を行うだけ労力の無駄と感じてしまうからでしょう。結果的に風邪を惹起するウイルスに関する研究はさして行われずに来ていると言えます。
2012年以降で中東にて感染が拡大していったMERSコロナウイルスの時は、2015年に韓国でクラスターが出たりと大騒ぎになっておりましたが、日本では感染が見られず、ほとんど対岸の火事の様な様相を呈しておりました。
これまでもコロナウイルス絡みの感染流行はしばしばあった可能性がありますが、やはりそこから研究の目覚ましい進歩は見られていないのが現状です。
そういった事情もあり、我々が風邪を引いた際に、単独のウイルス感染なのか、複数のウイルスや細菌の複合感染なのかなど分からないことだらけなのです。高齢者の死因において、依然として肺炎は上位にきます。風邪をこじらせて肺炎で亡くなった高齢者が、実際のところ、細菌性肺炎であったのか、ベースにコロナウイルス(新型ではなくても)感染などがあったのかも分からないのです。
感冒(風邪)ほど万人が罹患するものはなく、また「風邪は万病のもと」という諺があるにもかかわらず、まだまだ未開な分野であります。未開な分、風邪ウイルスの研究で、免疫系や発癌等の問題に関しても何らかの発見が期待できるのではと個人的には考えております。

尚、秋以降はインフルエンザと新型コロナの合併というのも問題になってくると考えられます。重症化をきたしやすいのか、どんな経過を取りやすいのかなど、医療者としても、注意深く観察していかねばならないと気を引き締めております。

2020年8月22日(土)

 新型コロナ
投稿:長野央希
現在都内で感染症学会が行われております。
昨年、一昨年と勤務医としての仕事の都合もあり、参加できておらず、今回は是非参加したいと考えておりましたが、現在の社会的状況を鑑み、残念ながら参加を見合わせております。
その学会で、現在が第二波の只中であること、感染者数はピークに達したであろうとの見解が示されました。

新型コロナに関連したことで、自分の関心事などを記載します。
ただし、あくまで個人的な見解で、確たるエビデンスもないことだったりしますので、話半分で読んでいただければと存じます。
(1)重症化予防に関しての、BCG説やワルファリン感受性説は、とても興味深い説であろうと考えております。欧米と日本などのアジアでの重症者及び死亡者の率の差には、やはりBCGによる免疫への影響があるのではないか。現状はこれを裏付けるほどのエビデンスは得られていないようですが、疫学的には非常に面白いように思われます。また、重症化の要因でDICや廃血栓塞栓症という凝固異常がある中で、ワルファリン感受性説にも、強く関心を抱いております。
(2)日本の各都道府県別の感染者数、死亡者数を診ていると、必ずしも感染者と志望者が比例関係にはないことに気付きます。
新潟県では、感染者数は漸増してはいますが、幸いに志望者は0です。一方で、隣県の富山や石川では志望者数が20〜30人という状況で、この二県と、そう大差のない感染者数の静岡や広島では死者が数名です。
この差は何を意味しているのか?
ウイルス側の問題なのか?宿主の問題なのか?(県民での糖尿病患者や肺気腫患者、悪性疾患患者の割合が高いなど。肺気腫にまではなっていないが喫煙率が高いなど)もしくは、医療体制が整備されていないために、中等症から重症ひいては死亡に至ることを防げていないのか?
あるいは、コロナ感染であることによって、周囲の人たちから白眼視されることを恐れて、コロナの検査を行うことを渋っているうちに、重症化していくというような地域性に根差す問題があったりするのか?

現在は第二波ですが、20世紀初頭のスペイン風邪の事例からすれば、二年間は新型コロナの流行が持続し、第3,4・・波が来ることを想定しないといけないでしょう。今後の流行に際して、治療法やワクチンの開発も重要ですが、疫学的な検証により、地域別の対策を講じていくことも重要であると考えます。




2020年8月21日(金)

 黒死病から考える
投稿:長野央希
私は子供の頃から歴史が好きで、その兼ね合いもあり、医学史にも関心を持っております。アラビア医学などにも興味がありましたので、よくそういった類の本を読んでいたものです。歴史は古いものではなく、そこからエアられる教訓も多大なものがあります。
今回、ジョン・ケリー著『黒死病 ペストの中世史』を読みました。
黒死病は致死率が50%にもなるような恐ろしい感染症でした。この感染がユーラシア・アフリカ大陸を席捲し、恐怖に陥れたといっても過言ではありません。ヨーロッパ各国でも尋常ではない死者数を出して、その後も長きにわたり甚大な傷跡を残しました。黒死病はペストではなかったという学説を唱える学者もいますが、恐らくはペストだったのだろうと思われます。
いずれにしろ、現在のエボラ出血熱を超えるようなインパクトのある感染症であったことは間違いないでしょう。
歴史的なうねりが黒死病の流行する下地になったようです。
@モンゴル帝国による軍事的、商業的なグローバリゼーションがあった
A黒死病流行の前四半世紀で長雨や火山活動の活発化による天候不順、慢性的な飢餓状態があった。
B殊に中世欧州では宗教的な面も含めて、著しく不衛生な環境にあった。

@によって、それまで中央アジアの風土病のようなペストがグローバル化の波の乗って、アジア、ヨーロッパを経てアフリカにまで波及しました。
Aによって、慢性的な飢餓状態にある子供たちが成長し、成長期の栄養失調による免疫低下が感染の重症化につながった可能性も考えられるようです。
B関しては、キリスト教の教えもあり、入浴自体を望ましくないと考える風潮があり、また、自分の家の汚物やごみを、家の前の道に投げ捨て、それを放し飼いの豚が食べているというような極めて不衛生な環境にあった模様です。19世紀に至るまで、セーヌ河やテームズ河といった河川は汚物ためのような状況に近かったようです。
この不衛生な環境が、ペストを媒介するノミやげっ歯類にとって、極めて住みやすかったことは想像に難くありません。

黒死病は、その感染力や致死率の高さから、社会不安を招きました。肉親が感染しても、病気の怖さから、看護もされず放置され、結果的に黒死病で死ぬのみならず、栄養不良などの要素で死んでいくケースもあったのだろうと思われます。そして、デマが拡散され、ユダヤ人やハンセン病患者が井戸に毒を流したという馬鹿馬鹿しいうわさによって、ヨーロッパの広い範囲で
多くのユダヤ人やハンセン病患者などの弱者が虐殺されてしまうという事件も多発しました。

流石に、現代はこのような狂気じみた問題は起きないだろうと思っていますが、科学が進歩しても、人間の心性や本質は、そうそう変化しません。
今回の新型コロナは黒死病ほどの致死性もないとはいえ、根拠のあるなしに関わらず、風評被害が後を絶ちません。もっと、社会不安が強まれば、狂信的な行動に走る人が増えてもおかしくないでしょう。
くれぐれも冷静な態度が必要です。
中世の黒死病から得られる教訓も多々あります。
やはり、衛生環境をいかに良いもので保てるかが極めて重要です。
殊に感染症においてはです。また、一部のウイルスにはがん発生に関わるものもありますので、将来的には感染だけで無く発癌にも影響を及ぼしていることが判明してくるかもしれません。
衛生的であること自体は、特に難しいことではなく、誰でも実践出来ることです。清掃をする、手洗いや適度に入浴(シャワー)をするなど日常でできる小さな努力を続けながら、日々冷静に暮らしていきたいものです。

2020年8月18日(火)

 終戦記念日
投稿:長野央希
本日は終戦記念日です。
8月になると、必ず先の大戦である亜細亜・太平洋戦争が取り上げられるようになります。75年経ち、戦争を知っている世代が少しづつ減ってきてしまっていますが、決して風化させてはいけない記憶であることは間違いありません。亜細亜・太平洋戦争における死者数は軍人・一般人をあわせると310万人にも上るという信じがたい数です。
軍人、軍属、準軍属の死者数は230万人と言われておりますが、そのうちの半数以上が餓死や病死であることも忘れてはならないと思います。近代以降の正規軍で、これほどの餓死者を出したのも例がなく、戦闘以前に大きな問題を抱えていたといわざるを得ない状況です。いくら、日本が資源や物資に乏しい国とはいえ、帝国陸海軍も政府もいかに兵站や衛生といったものを軽視していたか、その罪は大きいと言わざるを得ません。
自分も医療者として、戦時中の戦場での軍医や衛生兵の方々が味わった幾多の無力感を考えると、言葉が見つからなくなります。
戦争指導部が、いざ戦争は始めたものの、どのように戦争をすすめ、どのように終結させるかと言いうビジョンが無かったことを如実に示していると思われます。
そもそも、何故あのような戦争を行ったのか、戦争を避ける手立てはなかったのか、いざ開戦したのであれば、あれほど悲惨な経過をたどらないような方策はなかったのかといったことに対して、我々は亜細亜・太平洋戦争を正当に総括出来ているようには思えません。
「戦争は悪」です。だからと言って、臭いものに蓋をすればいいという姿勢では、戦争から教訓は得られないのではないでしょうか?
戦争は犯罪であるにも関わらず、残念ながら有史以来、戦争が行われなかった時代は未だなく、恐らく今後も戦争がなくなることはないと思います。
一部の為政者・指導者で戦争を望むものがあれば、そこから必ず戦争の火種が起きてしまうからです。
我々日本人は、世界戦史上でも類を見ないほどの甚大な敗戦を喫した国の国民として、しっかり先の大戦に向き合い、良く見直し、総括をして、
そこから得た教訓をもって、世界中に戦争を抑止する手段などを発信していく必要があるのだと思います。



2020年8月15日(土)

 熱中症
投稿:長野央希
遅い梅雨明けから、一転して連日うだるような暑さが続いております。このような高温多湿の状態で、最も懸念されるのが熱中症です。
屋外のみならず、屋内でも熱中症の危険は高く、むしろ、屋内で生じる熱中症の方が、より危険性も高いと言われています。
魚沼の方で訪問診療をして、感じることとしては、やはり御高齢の方は、若い時から耐え忍ぶという習慣もあり、かつ冷房などの冷風が嫌いというような好みもあってか、非常に室温が高い傾向があるという点です。また、日頃の習慣や、尿が近くなるなどの理由で、水分摂取量も少ない方がしばしばおられます。幸い、魚沼は、夜間になると、気温としては過ごしやすくなったり、近くの川や沢からの風で涼しくなるため、何とか事なきを得ているように思われますが、そういう環境でなければ、間違いなく熱中症患者が多発する恐れがあります。
因みに、私は北埼玉で働いておりましたが、同地は夏場は40℃近くにも気温が上昇しますので、命にかかわるような熱中症をいくつも経験しました。もっとも記憶に残っている症例としては、6月ながら、日中30℃半ばまで気温が上昇したときに、車内で脳出血を起こして、動けなくなっている中で、高温の車中にて重度の熱中症をきたしたというものでした。気管内挿管の上で人工呼吸器管理を行い、一時的には気管切開まで施行し、集中治療を行ったことで、救命は出来ましたが、それまで自分で運転までしていた方が、車椅子生活を余儀なくされ、脳出血の影響で麻痺も残り、嚥下機能も低下するということで、著しい生活水準の低下をきたしてしまいました。頻回に御家族への病状説明は行いましたが、奇跡的に一命はとりとめたことを喜ぶ半面、後遺症のためにADLが低下したことに、大きなショックを受けていることがありありと伝わってきました。
また、北海道時代には26℃でも若者が熱中症で搬送されてきたりも経験しました。やはり日頃慣れ親しんでいる温度よりも高い気温となると、脱水などの影響も相まって容易に熱中症をきたすことが伺えます。
老若男女を問わず、熱中症の危険はありえますし、現状のコロナ以上に生命の危機に直結しかねないものなので、十分注意していただきたいと思います。
高温の屋外に長時間いないようにする、室温はこまめに調節する、水分補給をしっかり行うなどの点を気を付けていただきたいと思います。
取り分けて御高齢の方は、のどの渇きを自覚しにくく、実際に口渇感を自覚する場合は、脱水が進行している可能性がありますので、口渇感がなくてもこまめにスポーツドリンクや経口補水飲料(水分1Lに対して食塩1〜2gを溶かして飲んでも可)などを摂取するように心がけてください。

2020年8月13日(木)

 山登り
投稿:長野央希
私は登山が好きで、魚沼に住んでいる頃は近場に八海山や守門岳などの山があり、よく山登りをしておりました。
家から最も近いところでは権現堂山という山があり、高い山ではありませんでしたが、登山コースとしては、抑揚があって面白かったですし、例年では5月の連休の頃までは、あまり人の分け入らない場所では結構な量の残雪があり、しばしばスリルも味わえてしまうような場所であります。また、上り口では6〜7月に変えてはホタルが飛び交い、日本の四季を五感で感じられるようなすがすがしいところです。
八海山も、頂上までいかないまでも、八海山尊神社から登り始めると、上り始めて1時間足らずのところに、霊泉があり、そこの水が美味しく、その水を汲みに登山することもありました。
先日も八海山に登ってきましたが、オニヤンマや赤とんぼが飛び始めており、ヒグラシのもの悲しい声が響いておりました。ヒグラシの声は、暑さを忘れさせてくれて、とても好きなのですが、山中で聞く、その声も良いものでした。
昨年は秋以降、魚沼地域の平地でも多数の熊が目撃され、実際に家の徒歩数分圏内で、人が熊に襲われたり、やはり数分圏内で熊が射殺されたりするという事件があったため、山に行けば、より多くの熊に遭遇する可能性が高いだろうということで、登山は自粛しておりました。
今年も、度々の熊目撃情報があり、やはり登山の際には注意が必要であろうと言えます。また、八海山でも、他の山でもマムシやヤマカガシなどの毒蛇もおりますし、マダニ感染などへの注意も必要です。

どんなに低山であろうが、山は山であり、滑落の恐れもありますので、これからのシーズン、山登りをされる方は、御注意いただきつつ、登山を楽しんでいただきたいと思います。

2020年8月11日(火)

 保護猫カフェ
投稿:長野央希
私は猫が好きで、子供の頃に猫を飼っておりました。22年で大往生しましたが、実に恐ろしい猫で、小学生の頃は、生傷の絶えない生活を送っておりました。自分が家族の中での最下位の序列ということが、猫にもわかっており、そのため、はなからなめてかかっており、遊びたいときは私にちょっかいを出してきたり、足にかみついてきたりしたものです。
また、埼玉や
魚沼で働いている頃には、都内にある保護猫カフェによく行っておりました。普通の猫カフェは行ったことがないのですが、保護猫カフェは保護した野良猫を里子として譲歩することが最終的な目的になります。
先日、新潟市内にも保護猫カフェがあると知り、行ってきました。
その日は、七歳でまだ十分人慣れしていない猫と戯れました。
猫じゃらしにじゃれついてくるものの、自分という人間を認識すると、我に返ったかのように、部屋の隅に逃げていき、またそこから様子をうかがい、再度じゃれてくるといいうことが繰り返されました。人間に飼いならされていませんという姿勢に、何だか好感を持ったものです。
新潟ではボランティアとして、野良猫の避妊手術を進めておられる獣医師さんがいらっしゃるという記事を読んだことがありますが、本当に立派なことだと思います。「望まれない命」を増やさないということで、自分も少しでも役立てればと考えております。もっとも、この「望まれない命」という表現自体が、人間にとって都合を如実に示す大変エゴイスティックなものであり、非常に嫌いな表現ではありますが。人間はあくまで自然の一員であって、自然の支配者ではないことを認識しなくてはならないと思います。
話が脱線しましたが、猫にとっては飼い猫になることが幸せなのかは、猫に聞いてみなくては分かりませんが、少しでも不幸な境遇の猫が減って、幸せな猫が増えてくれることを切に願い、このような保護猫カフェなどの活動を支援できたらと考えております。

2020年8月7日(金)

 新型コロナ差別
投稿:長野央希
先週になり、新潟市内も陽性者数が増加し、岩手では県内初の陽性者が出たということで、話題になっています。
しかし、今感染云々よりも、もっと重大な問題がある気がしてまりません。
岩手では県内初ということで、陽性者の特定しようとする人や、その患者さんの職場に苦情の電話をかけたりする人が多数いるとのことです。
そして、ネットで陽性者を叩くような内容の書き込みをしたりする人も少なからずいるようです。
陽性者が、どのような背景で感染しているのかも、良く知りもしないで、批判をするという姿勢はいかがなものでしょう?
勿論、夜の街で遊んで感染している例もあるでしょうが、全力でコロナ診療しているような医療関係者が不幸にも感染してしまう例もあります。感染に至る背景は千差万別にもかかわらず、まるで罪人や自堕落な人であるかのようにネットたたきを繰り返すのは間違っていると思います。
そもそも、新型コロナ感染者は犯罪者でも何でもなく、あくまで患者です。その人たちの人格を否定したり、差別したり、村八分にしたりすることが、どれほど恥ずべき事か再度考えていただきたい。
得体のしれない病気で、恐怖の感情が先に立つのは理解できますが、だからと言って、他人を貶めていい理由にはなりません。
特にネットでたたく人たちは、匿名で、自分は安全な場所から、正義漢面して、他人を批判していますが、コロナ感染者を攻撃している連中は根の部分では芸能人や有名人をネットで攻撃しているのと何ら変わることがありません。結局は自分たちのストレス発散でしかないことを自覚していないのでしょう。芸能人がネットで攻撃され自殺するケースが後を絶ちませんが、もし、コロナ陽性者がネットの攻撃にさらされて、死を選ぶ事態になったら、攻撃していた連中はどう思うのでしょうか?
また、今の状況を鑑みれば、ネットで批判している人たちも、無症状にもかかわらず、PCR検査で陽性と判明してしまう可能性も十分あるのです。その場合、自分自身が攻撃の対象になることが想像できないのでしょうか?
今の風潮は、有名人や社会で成功している人たちに嫉妬して、攻撃を加えるケースと、ミスや過ちを犯したと思われる人の失敗をあげつらい攻め立てるケースが見られます。
こんなことをする人間が増えれば、日本には未来がないと思います。
成功している人を引き釣りおろせば、社会の発展をも抑制してしまい、失敗を責める風潮が強くなれば、誰もが失敗を恐れて、進歩的な挑戦を控えて、消極的な行動に終始してしまうでしょう。それで、社会が進歩すると思いますか?
ネットで人を詮索したり、攻撃したりしている時間があれば、もっと建設的なことに時間を割くべきでしょう。
そんなことも分からない人たちは、自分自身が重大に病んでいることを改めて自覚すべきだと思います。

2020年8月3日(月)

 新型コロナ
投稿:長野央希
ここにきて、国内全域で、新型コロナ感染者数が増加、過去最多の更新が報道されております。東京都では独自の緊急事態宣言を検討しているなどのニュースもありました。現段階で、どれほどの割合で中等症、重症に至る患者さんがいるのか、その地域差はあるのかなど冷静に分析する必要があろうと思います。重症化に至る機序は少しづつ分かってきており、サイトカインストームとDICへの進展をどう予防するかがカギであろうと考えます。また、いかに人工呼吸器管理を予防できるかも、重要なポイントではないだろうかと思われます。
また、感染拡大する場所なども、徐々にわかってきてはいます。現段階で判明していることから、感染拡大の予防線を張る政策を考えないといけないと思います。飲食店や娯楽施設も、全面的に営業を自粛するというよりは、密になり、大声でがなりあうような場所は自粛していただくといった限定的なものの方が望ましいのではないかとも思われます。
今後、新型コロナが完全に消滅するということが望めるのかも不透明ですので、ウイルスは変異していきつつ、生き残っていくと考えて、方針を決定していく方が妥当だろうと考えます。その場合、新型コロナといかに平和的に共存するかを考えることが重要でしょう。アジアでは欧州や中南米に比して、致死率が大分低いことの要因としてBCG理論やワルファリン感受性理論など、興味深い見解も見られます。こういった様々な見解を冷静に分析しつつ、その時点での最良の対策を講じていくことが望まれます。
安全策ということであれば、勿論再度緊急事態宣言を発令し、全国的な自粛を求めるのが最も安全ということにはなりますが、それによる日本の経済的な損害、国力の低下は甚大になるでしょう。国力低下と安全性の完全な両立は難しいと言わざるを得ず、どう天秤にかけるか。恐らく、どのような政策を行っても、批判する人は批判します。民主主義は結局は多数決の理論ですから、批判よりも少しでも賛成する人が多い意見にかじを取っていくことになります。場合によってはいわゆる弱者を切り捨てざるを得ないような政策が施行されるかもしれません。本当に難しい局面に立たされていることは間違いありません。


2020年7月31日(金)

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