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 一億総評論家時代
投稿:長野央希
私はあまりテレビを見ませんが、テレビをつけると、色々なコメンテーターが様々な持論を展開したりしているのを見かけます。なるほどと思うような内容もあれば、愚にもつかないと思うような内容のものもあり、時にはよくこれでギャラをもらえるもんだと思うような人もいます。
一方で、私はパソコンが苦手なので、ネット情報にも疎いのですが、ネットで、実名・匿名関係なく、多くの人が自説を発信しているのを見かけます。
言論の自由という意味では、多数の人が自己主張できるのは良いことではあろうと思います。ただ、その内容からすると、経験に根差していないような机上の空論の如きものが多いような気がしてなりません。皆が高邁な理想論を発信しているという意味では、国民皆評論家のような時代になっている感があります。
太平洋戦争時と日清・日露戦争時の大きな差は何かを考えると、大きな違いの一つとして、戦争に参加している指揮官や上級士官の「戦」の経験の有無にあるのではないかと思えてしまうのです。日清・日露戦争の時の作戦立案する将校は生身での戦争経験はないか、非常に少なかったかもしれませんが、作戦を認可、指導する指揮官陣は皆、幕末の鳥羽伏見の戦いや会津戦争、西南戦争という戦を経験しています。戦争の規模は小さいとは言えますが、それでも命のやり取りをする、いわば修羅場をかいくぐっているのは間違いないのです。ましてや同じ日本人同士で殺しあうという、拭えないような悲しみを身をもって体験してきたと言えましょう。こういった修羅場をくぐった人は、間違いなく戦場での独特の勘などがはぐくまれるのではないかと思われるのです。日露戦争は薄氷の勝利とは言え、あれだけの国力差の中で最終的に勝てたのは、痛みを伴う経験に根差した作戦指導の賜物であったのかもしれないと思うのです。一方で、太平洋戦争での戦争指導部は、上層部のごく一部のみ日露戦争に参加しているのみで、ほとんど「戦」を経験していません。本当の戦争の怖さと言ったものは戦地に行ってこそ身につくのかもしれません。そして、戦争の怖さや痛みを知るからこそ、どうやったら自軍にとって痛みの少ない作戦指導ができるのかといったことにも思いをはせることが出来るのではないかと思います。そのためには効率性や機械化などの要素も含まれてくるでしょう。太平洋戦争では上層部は多大な痛みを感じず、下級士官以下に多大な犠牲を強いて、最終的には大敗北につながりました。机上の空論で作戦を計画立案し、それを遂行していったことが、敗北に帰結してしまった要因ではないかと思われます。
個人的な話では、私は本当に医療崩壊寸前という地域で勤務した経験があります。一週間で総睡眠時間が10時間程度というような時期があったり、毎日病院から呼び出される、もしくは呼び出されるかもしれないという張り詰めた精神状態で生活をしていたため、このままでは疲労で倒れてしまうだろうという状態でした。勿論、修羅場というにはおこがましいとは言えますが、それでも身を削るような日々を送った経験があるため、そういった苦労もせずに、知識だけは豊富なくせに、あまり現実に根差していないような意見を述べてくるような同業者を見ると、時に怒りを感じてしまうのです。
皆が自分の意見を主張することは良いことですが、実行不能なようなことばかりをいうだけ言って、実際に行動しないのは無責任のそしりを免れないのではないでしょうか?
これからの時代は、様々な面でますます大きな変化が起きていくことが想定されます。そのために、意見を述べるだけではなく、実行力が求められていく時代になっていくのだと思います。

2020年11月27日(金)

 インフルエンザ回想
投稿:長野央希
私は、これまで二回インフルエンザになっております。最初は小学生の頃だったかと思いますが、とにかく学校の教室で歩いていても、まるでふわふわしていて、歩いているのに、スキップしているような感覚だったことが思い出されます。二回目は受験生の頃で、センター試験終了直後に罹患しました。恐ろしい寒気が襲ってきて、そうこうしているうちに39℃の高熱が出て、検査の結果インフルエンザ陽性と判明しました。タミフル内服をしましたが、内服開始後2日ばかりは、とにかくだるくて、受験勉強しないといけないのにと思いつつも、床に臥せっておりました。食欲もなく、三食ともガリガリ君を食べて過ごしていたことが強く記憶に残っています。その頃、家では猫を飼っておりました。基本的に家の中では一番年少の私に対しては、猫はなめてかかっているため、遊びたく成れば、私にちょっかいを出してくるのですが、インフルエンザで具合が悪い時には、猫も遠慮してくれていました。更に、私は寝相が悪いため、猫は基本的に寝ている自分には近づかないのを原則としておりましたが、その時は、まるで私を気遣うように自分の足のところで一緒に寝てくれていました。猫は何か不思議な感覚を持っているのだと思いますが、弱り目な時に、そばにいてもらえることがどれだけ嬉しいか実感した出来事でもあります。
インフルエンザの診療で、最も印象深い症例は、埼玉で働いている時のものでした。ゴールデンウィーク明けくらいの、土曜の11時頃に発熱と頭痛で救急外来を受診された50代の女性がおられました。救急当番であったため、私が診察にあたり、インフルエンザ抗原検査をしたところ、B型インフルエンザの結果でした。通常であれば、タミフルなどの抗ウイルス薬を処方して御帰宅いただくのが常ではありますが、頭痛が強いため、頭部CTを撮ったりなどの諸検査をし、あまり大きな異常は確認できないものの、ひとまず入院をしていただきました。土曜ですので、病院としても午前で基本的な業務は終了となり、人手は減ります。ですので、午後に色々な検査は困難になるのですが、流石に、今回は頭痛も強いので、髄液検査は不可欠であろうと考え、御家族をお呼びして検査の説明をしようと待っている間に、みるみる内に患者さんの意識状態が悪化していってしまったので、家族の来院を待たずに、髄液検査を行いました。その結果、細菌性髄膜炎(その後の培養結果で肺炎球菌性髄膜炎と判明)の合併を認めたため、経鼻胃管から抗インフルエンザ薬の注入(当時はまだ、点滴の抗インフルエンザ薬はなかった)を行いつつ、抗生剤の点滴治療を開始しました。幸いにも同日の夜には意識は戻り、その後軽度の聴覚過敏が後遺症として残る以外は、重篤な後遺症が残りませんでした。
インフルエンザで頭痛が生じるのは当然ながら、細菌性髄膜炎などの別の病態も合併している可能性を常に念頭に入れる必要があることを改めて思い知らされた出来事でした。
今年は新型コロナの兼ね合いで、多くの人が感染予防のために手洗いやマスク着用を心がけておりますので、例年よりはインフルエンザの患者さんが減るのではないかという推測もありますが、どうなるかは分かりません。
いずれにしろ、インフルエンザであろうが、新型コロナであろうが、しっかりした手洗いを行い、外出時のマスク着用を心がけるなどの日常の注意を怠らないようにして、感染予防に努めていくようにお願いします。

2020年11月21日(土)

 今できること
投稿:長野央希
私の医院の近くにある高齢者介護施設で、30人という規模のクラスターが発生しております。新潟県内では最大、全国的に見ても、大規模な部類に入るであろうと思われます。
30人の感染者の方々が、重症化していかないことを切に願っております。
同時に、心配なのが、この施設や施設職員、入所者への差別や風評被害です。今後、「誰がウイルスを持ち込んだのか」といったような『戦犯』探しのような動きをしたりする人が出てくる懸念があります。陽性者の追跡調査をするのは、保健所の役割であり、我々一般市民がやるべきことではありません。ましてや、それをもとにネットに書き込んだり、非難・冒涜するような行為は厳に慎まなければならないと思います。
そもそも、そういったことに労力を費やすことは時間の無駄であり、誰にとっても何ら利益をもたらしません。
人を敵視したりすることで、感染はいっそう蔓延してしまうのではないかと恐れます。
今できることは何かをよく考えてください。恐怖や不安で、人間不信に陥り、人を陥れるようなことをするべきではないのです。
まず、わが身を守ること、そして、他人を守ることを考えてください。そうすれば、自ずとやるべきことが見えてきます。
自分を守るには、感染予防の基本中の基本である手洗いに尽きます。それも、おざなりなものではなく、しっかりとした手洗いです。そして、室内の換気をこまめに行い、乾燥予防のための加湿に配慮することです。
そして、相手を守ることは、マスクを着用することと言えます。
もはや、無症候性や軽症の陽性者が多いことを考えると、常に自分自身も新型コロナの保菌者である可能性を考えてふるまう必要があります。自分が無自覚に周囲に感染を広めてしまっているかもしれないと考えることが重要です。その結果、どうしたら、自分が相手を守れるかを考え、自分の唾液などで他人を汚染させないためにマスクを着用しようと行動することです。
米国では、政治信念の表明のような形で、マスクを拒むといった愚行が繰り返されました。結果、感染は収拾がつかず、28万人を超える死者を出しているような惨状となっています。マスクは自分を守るというよりは、相手を守るというエチケットの一環なのです。
相手を非難している時間があれば、相手を守り、結果的に自分も守るということに時間を費やしてください。それが、感染の蔓延を少しでも予防することにつながっていきます。
綺麗ごとではなく、人とうまく共存しようとする気持ちが、いま最も必要なことなのだと思います。
そして、冷静に事実を見極め、過度に恐怖を感じるのではなく、恐れるべきことを適切に恐れ、極力通常の生活を維持することが重要と考えます。
どうか、冷静に!!

2020年11月18日(水)

 大相撲11月場所
投稿:長野央希
大相撲の11月場所が始まっております。例年であれば、福岡開催のところが、コロナの影響もあり、両国で開催されております。
私は祖父母の影響もあり、幼少の頃から相撲が好きでした。子供の頃に好きだったのが、千代の富士と寺尾でした。千代の富士に関しては、八百長だのなんだのとの批判をしばしば耳にしますが、大柄でない中で戦う姿は今見ても格好いいと感じてしまいます。また、寺尾も、小兵であるのに、常に闘う姿勢を示し、私個人も体が小さいということもあって、何だか感情移入できたのかもしれません。
その後は、今となっては色々と批判にさらされがちな貴乃花ですが、当時の孤高の人というようなスタイルに惹かれたものです。
また、モンゴル人横綱も、様々な評価を受けておりますが、彼らは彼らなりに頑張っている姿は評価しなくてはならないと思います。殊に全盛期の白鵬のスピードは大したものだと思います。年齢的にスピードの衰えは隠せず、結果的にかち上げなどの美しくない取り組みが増えてきてしまっているのかもしれませんが。個人的には関脇くらいの頃の白鵬が一番取り組みが面白かったような気がしています。
今場所は、最初から両横綱の休場が決まっておりましたが、早々に大関の朝乃山と正代がケガによって休場してしまいました。最近は、あまりにも横綱や大関をはじめとした幕内上位の力士の欠場が多いような気がしてなりません。以前、整形外科の先生がおっしゃっていたのが、力士がより重量化したために下半身への負担が増大して、けがが増えているのだろうとのことでした。加えて、昔ほどしこを踏まなくなったとか、けいこ量が減っているといったことも原因にはなるのでしょう。ただ、昔よりは明らかに科学的なトレーニングを取り入れているのでしょうから、けがが減ってしかるべきと思うのですが、どうなのでしょうか?いずれにしろ、相撲ファンとしては、横綱や大関たちが必死に賜杯を求めて戦う姿を見たいのにもかかわらず、頻回に休場してしまうのでは、ファンを裏切ってしまっているとも言えます。けがをしてしまうのはやむを得ないでしょうが、ファンあっての大相撲であることも忘れないでいただきたいと思います。
個人的には、新潟出身の豊山にもっと頑張ってもらいたいと願っております。素材は申し分ないのでしょうし、同世代の隣県の富山出身の朝乃山に差をつけられてしまっておりますので、ここで奮起して、三役に定着できるようになってほしいと思います。
また、昔から、勝ったり負けたりとあまり成績が安定しない力士ではありますが、佐田の海が好きなので、何とか頑張ってほしいと思っています。
尚、琴奨菊が引退するとのこと。長い間、お疲れ様でした。寂しくなります。

2020年11月14日(土)

 コロナ第三波
投稿:長野央希
都内ではコロナ第三波との報道がありました。私の先輩で札幌で働いているかつての同僚の話では、道内だと第四波が到来しているという判断だそうです。そのような中、これまで魚沼地域では、陽性者が0であった状況から、一転して南魚沼警察署で新潟県内ではこれまでで最大のクラスターを認め、17人(11/12時点)の陽性者が出ました。魚沼市でも一人陽性者がでたとのことです。この度のケースでは若い方が主体ということで、症状としては軽微で済む可能性が高いであろうと予想されますが、より心配なのが、風評被害や差別の問題であろうと思います。
魚沼地域ではとにかく「感染者第一号にはなりたくない」という意識が高いため、魚沼初の陽性者に対して、心無い対応をくれぐれも取らないでほしいと願うばかりです。
そもそも、これまで新幹線が止まる湯沢地域や浦佐界隈で陽性者が0であったこと自体が不思議なくらいであり、検査を行おうとするハードルが高かったことも要因であろうと思われます。
今回、陽性者が出たことで、接触者に対する検査も行われるでしょうし、地域の住民感情として、自分も新型コロナが心配だから検査してほしいという人が増えてくることも予想されますので、一気に検査件数が増加し、結果的に急に陽性者が増加するという可能性も否定できないでしょう。新型コロナでは無症候性の隠れ陽性者が多いのも特徴の一つではありますので、ふたを開けたら・・ということも考えられます。
しかも、GoToによって都心部などからの行き来も活発化したことで、更に陽性者数が増えてくることも想定しておく必要があります。
ここで問題になるのが、陽性者数が増加することより、その中で重症化している割合がどうなのかを見極める必要があるということです。
東京大学から、現在欧州で流行しているウイルスは変異の結果、感染力が高いものになっているという報告がありました。
基本的には、コロナウイルスは風邪を引き起こす代表的なウイルスであり、必ず、定期的にコロナの流行はあるはずなのです。
従って、現在流行している、あるいは流行の兆しがあるウイルスは感染力が強まっている一方で、どのような毒性で、結果的に重症化率がどうなのか、致死率がどうなのかという点を注視しなければならないと言えます。
風邪程度の症状で、それほど重症化しないのであれば、全くパニックになる必要がないということになります。(どんな状況でもパニックにはならない方が良いのですが)
いずれにしろ、いたずらに不安や恐怖をあおったり、差別的な行動をとることは厳に控えなければなりません。科学的な目で見て、冷静に事実を事実としてとらえ、淡々と日々の生活を送ることが大切です。そして、新型コロナ然り、インフルエンザ然り、ノロウイルス然りで、感染の予防におけるもっとも重要なことがしっかりとした手洗いです。手洗い、定期的な換気、室内などの乾燥予防に配慮していただきたいと思います。また、マスク着用は自分の身を守るというよりは、自分が陽性者の場合に、周囲に感染を拡大させないための配慮、エチケットとして重要である認識を共有していただきたいと思います。

2020年11月13日(金)

 児童虐待の問題
投稿:長野央希
『虐待死』(川崎二三彦著 岩波新書)を読みました。
私は子供がおりませんので、子育ての苦労を知らないという意味で、虐待をする親を非難できる立場にはないかもしれません。
しかし、医療者としても、一人の人間としても虐待という問題に関心を持つ必要があると思いますし、国民一人一人が虐待を問題意識をもってとらえることが非常に重要なのだと思いました。
個々のケースレポートを読むと、正直なところ反吐が出そうなほどの嫌悪感や不快感を覚えてしまうような事例が多々ある中で、児童相談所の職員の方々のたゆまぬご苦労には頭が下がる思いです。
この本を読んで、虐待には、トイレで子供を産み落として、死亡させてしまったり、生まれたばかりの子供をロッカーに入れて死なせるといったような嬰児殺しや、親子心中も虐待の一部であるということを学びました。恥ずかしながら自分は不勉強で、虐待と言えば、いわゆる身体的な暴力やネグレクトと言ったもののみを想定しておりました。しかし、言われてみれば、心中なども子供の意思に反して殺害するという意味で、立派な虐待なのだと納得しました。
虐待と言っても、実はそのケースケースで、様々な事情があり、対応も千差万別なのだということも学びました。例えば、再婚親、ステップファミリーのケースや、親が精神疾患を有しているケースも少なからず存在しているとのことで、虐待を糾弾するというよりは両親や一家のサポート体制を整えることが虐待防止につながる場合も多々あるのです。
また、日本的な側面もあるかもしれませんが、体罰を容認する文化を見直す必要があろうかと思います。しばしば、元巨人の桑田真澄さんが体罰が必要ない旨をおっしゃっておられますが、その通りで、しつけには体罰は必要ないことを一人一人が認識する必要があるのだと思います。愛の鞭が美徳とされる風習は是正しなければ、虐待はなくならないと言えます。また、子供は親の所有物であるかのような錯覚を抱いている人が存在しており、まずは子供は自分の意思を有する別人格であることを理解する必要もあると思います。そもそも、子供が親の意見に従い続ければ、結果的に自分でものを考え、判断して行動するというスキルがまるで育たないことにもつながりかねないのではないかと思います。子供の意思をある程度は尊重し、軌道修正が必要な場合は修正してあげなくてはならないのだろうと思います。
加えて、著書内で、虐待する家族内にはDV問題をはらんでいる可能性も指摘されておられました。DVには暴力や暴言がなくても、「支配ー被支配」の関係が成立していれば、十分DV関係に成り立ちえるという点も、なるほどと思いながら読んでいました。支配される側の心理状態を考えると、精神的な恐怖や苦痛はいかばかりのものか、想像を超えてくるような気がします。こういった点をどう向き合うのか等問題は山積していると言えます。
更に、日々労苦をいとわず、ときに注視すること自体が苦痛であるような虐待の現場を目のあたりにしている児童相談所の職員の方々に対して、しばしばマスコミやSNSで正論を振りかざしたような批判がなされ、そういった社会的な逆風で、退職していくような職員の方もおられるため、職員が定着しなかったり、人員が常に不足気味であったりして、結果的に更に児童相談所の職員一人の仕事量が増大し、疲弊していくという悪循環に陥っている現場の話もありました。医療現場もそうですが、常に自分は安全なところにいて、正論をもって批判してくる人の意見に、どこまでの説得力があると言えましょうか?システムを改善させるために正論や理想論を語ることは時に必要ですが、現実を見て、すぐに実行できないような理想論などは机上の空論でしかないと思います。そして、その机上の空論でもって踊らされ、疲弊していく現場を考えると、その理想論が社会のマイナスにつながっているかもしれないことを理解する必要もあるのだと強く思います。
虐待に対する法律やシステム作りは、まだまだ始まって日が浅いと言えます。日々虐待で苦しむ子供たちが絶えない現実を考えると、一刻も早く虐待を撲滅させたい気持ちはわかりますが、早急に事を進めて頓挫するよりは、ゆっくりでも確実な進歩の方が、長い目で見ると重要なのではないかとも思います。これまで、虐待で命を落としてきた多くの命を無駄にしないためにも、社会全体が一丸となって、この問題に取り組むことが必要だと痛感しました。

2020年11月9日(月)

 日本の四季
投稿:長野央希
昨日は、八海山も冠雪しておりました。最近は急に気温も下がり、晴れていたかと思うと、不意に雨が降り出して、雨脚が強くなるようなことがしばしばでしたので、山の方では言わずもがなの状態でしょう。
ここ数年は、残暑が長く続くと思うと、一気に冬になるような気候でしたので、秋らしさを感じることもなかった気がします。その影響もあるのか、豪雪地帯である魚沼地方は、信じられない程の小雪で、異常気象を肌身に感じていました。
今年は、何だか秋らしい季節がしっかりあるような気がして、魚沼はいつも通りの豪雪になるのだろうかと考えたりしております。
私が、魚沼に赴任した最初の冬は、12月上旬にドカ雪が降り、魚沼の洗礼を浴びたと言えます。豪雪地帯は除雪車や融雪パイプなど雪対策が充実しているものの、短時間で大雪が降ると、そういったものも無力のような状況になるのだということを痛感させられました。私は、その大雪の日に新潟市に行かねばならず、小出から浦佐駅まで車を走らせていましたが、雪の影響で、恐ろしい大渋滞に巻き込まれ、通常は20分程度で着く距離が2時間近くかかり、何とか浦佐駅に着いたものの、車を停めようとした駐車場は雪の海と言えるような状態で、ひとたび車を突っ込んだら、全く身動きが取れなくなりました。仕方がないので、シャベルで、車の周囲の雪を掻きだしましたが、降りしきる雪の中で、もがいている自分に対して、自然の中で人間は何てちっぽけなんだろうと思わざるを得ませんでした。泣きたくなりながらも、結局1時間近くかかり、結構な範囲の駐車場の雪かきをしたような感じで、雪かきの謝礼でもいただきたいくらいでした。結局、その日は新潟市には行けず、まるで浦佐駅の駐車場の雪かきをしに行ったかのような展開でした。
今となっては懐かしい出来事ですが、豪雪地帯では雪によって命を落としかねないのだということを身をもって経験し、その時の恐怖感は忘れることはできません。
しかし、こういったように地域によって特徴的な気候があり、四季がはっきりしていることが日本の良さなのだと思います。
地球規模の温暖化によって、日本的な気候が失われないように祈るばかりです。

2020年11月6日(金)

 クモの巣
投稿:長野央希
私は元々は、クモが好きではありませんでした。
しかし、魚沼に住んでいる時に、家の内外で、様々な種類のクモが沢山生息しているのを見て、若干関心を持つようになって、観察をしていました。窓に大きな蜘蛛の巣を張っているものや、家の中で巣を作らずに歩き回っているものなど色々です。魚沼の冬は雪も降れば、朝は路面も凍結をします。そんな中で、主のいなくなった蜘蛛の巣に、氷が張って、そこに雪が乗って、更にそこに陽光が照り付けている様の美しさは、言葉で言い表せませんでした。自然のなせる芸術と言えると思いました。
そして、現在、新潟市に住み、依然として、家の内外にはクモが住んでいます。取り分けて、日々観察しておりましたのが、医院のところにある発熱外来脇で大きな巣を張る女郎クモでした。8月の暑い時期には大小4匹くらいのクモがおりましたが、その後、小さいものも大きくなったかなと思うと、いつの間にか、その巣からいなくなっていたり、かと思うと、新たに小さいクモが巣で生活していたりしました。親玉?は大雨の日には見かけなくなるものの、翌日にはまた同じように巣でデンと構えているものでした。何だか、日々、発熱外来をしている時に見かけるため、同志のような感覚を抱いておりましたが、ここ数日にクモの巣も含めて撤収して、クモの姿を見かけなくなっております。調べると、クモは冬前に産卵を済ませると、寿命を終えるものと、休眠といって仮死状態となり、じっと動かなくなって、冬を越すものとがいるとのことでした。そういえば、魚沼では私の家のトイレは恐ろしく寒かったですが、トイレに住み着いていたクモは冬場動かなくなっていました。刺激しても全く動かないのですが、何日たっても腐敗するような様子もなく、結局春になると、動き出すということがあるのを思い出しました。
このたび、新潟市の私の同志は役目を終えて、鬼籍に入られたのかと思うと、すごく寂しい気持ちがしました。恐らく、来春にはその子の世代が新たな巣を作るのだろうと期待しています。
生き物たちは生きれるだけ生きて、子孫を残していこうというパワーには常に感服します。
人間の心がうつろい変わるのとは裏腹に、小さい生き物たちは毎日変わらないルーチンを淡々とこなしている姿に、色々勉強させられている毎日です。

2020年11月4日(水)

 クマとの共存
投稿:長野央希
私は、週一回、仕事の都合で魚沼に行っております。
昨年は、魚沼、南魚沼地域とも頻回にクマの目撃情報に接しておりました。私が、当時住んでいたところから、徒歩数分圏内で人が襲われ重傷を負うという事故があり、やはり別の徒歩数分圏内で、クマが射殺されましたので、相当身近な場所にクマが出没していたと言えます。
そして、今年もクマの出没が頻回となっております。昨日は、私のジョギングコースの一つであった場所からすぐそばの中学校のグラウンドでクマが目撃され、町中に放送が流れていました。
一昨年は山で、クマのエサとなるドングリやブナなどが大豊作だったそうで、それによりクマの個体数が急増したものの、昨年と今年が、クマのエサになる木の実が大凶作で、エサ不足が深刻となり、結果的にクマが山を下りざるを得ない状況なのだろうと思われます。
以前聞いた話では、強いクマは山の上の方に住み、弱いものがエサがないと、下山してくるのだそうですが、弱いクマと言え、腕力では人間が到底かなうものではありません。ただし、クマは基本的に人間を恐れています。私は山歩きが好きなので、よく一人でぶらぶら登山をしていますが、しばしんばクマの糞が落ちているのは見かけるものの、実際にクマに遭遇したことはありません。北海道で山歩きしている時に、双眼鏡でクマを視認したことがありますが、幸いに至近距離でクマを見たことはないのです。というのも、クマは人間の気配を感じると、逃げていくことが多いからだろうと思います。恐れている人間に、不意に遭遇した時に、クマはパニックとなり、自衛のような感覚で、人間を襲ってしまうと考えられます。ここで、人間を襲って、勝ったということが記憶されると、その後は人を襲い続ける可能性はありますが、基本的に初めから人間を襲ってやろうとか、食べてやろうという認識の熊は極めて少ないはずです。
昔は、里山が整備され、平野部でクマと人間と接触する機会は限られていたものが、人間の住む範囲が拡大するとともに、クマと直接対峙する機会が増えて、社会問題化してしまっているのでしょう。
魚沼の山の方に住んでいる人は、クマがいることが自然なため、目撃しても通報しないようですので、実際の熊との遭遇事例は、相当数に上ることが想定されます。
クマと会話できれば、山に帰るように説得できるのになどと、夢のようなことを考えてしまいますが、実際のところ、どうすればクマやイノシシなど野生動物と共存できるのかを真剣に考えなければならない時代なのだと思います。人は全生物の支配者ではなく、自然の一員であるという謙虚な気持ちをもって、人間にとっても野生動物にとっても穏便な解決策を講じていきたいものです。

2020年10月30日(金)

 頑張れ広島東洋カープ
投稿:長野央希
昨日、パリーグではソフトバンクが優勝を決めました。
セリーグでは、まだ優勝が決まっておりませんが、ほぼ巨人で決まりでしょう。私は、広島ファンですが、今年は早々に優勝戦線から離脱してしまい、優勝を狙うという意味では、今年のシーズンは終了したと言え、残念な気持ちでいっぱいです。今年は、私も、バタバタしており、あまり野球中継を見られておらず、ネットニュースや新聞で試合結果だけ見ているような状況でしたから、広島の戦いぶりの詳細が分かっておりません。毎年、一回はマツダスタジウムに観戦に行っていたものの、今年は断念しておりましたので、尚更のこと、広島の戦い方をつぶさに見られなかったことも残念ではありました。しかし、この二年を見ていると、チームの精神的支柱であった、黒田、新井の両選手が引退してから、チームをけん引するようなリーダー、チームの苦境の際に、チームを鼓舞するようなムードメーカーが不在というのが大きいような気がしてなりません。
私は、巨人在籍時から走攻守の三拍子そろっている長野選手が好きでしたので、広島に加入した際には、年齢的にもチームのリーダー的存在になってくれるかと期待はしておりましたが、流石に生え抜きでない分、リーダーシップをとるのは厳しいのかもしれません。また、投手陣の精神的支柱になるには、野村投手や大瀬良投手だと、優しすぎるのかもしれないなどと考えてしまいます。いずれにしろ、投手陣の再建が急務であることは間違いないでしょう。
もっとも、今年は佐々岡監督が一軍監督としては初陣で、緒方監督のやり方から、自分流への移行のための選手の適正把握や、人心掌握などに時間もかかったと思われる上に、コロナ禍でスケジュールが著しく変則的であったこともあり、チームにも、ファンにも色々と我慢の一年だったのだろうと思います。ですので、残りペナントレースでは若手も含め経験を積み、秋季キャンプでチーム力の向上を図ってもらえることを期待しています。
来年こそは勝ち癖を取り戻して、Aクラス復帰、優勝を目指してほしいと切に願います。

2020年10月28日(水)

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