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 業務連絡D₊α
投稿:長野央希
本日、新潟市から正式に通達があり、7〜9月にかけてワクチンの供給量が減少することが確実となり、当面は64歳以下の方のワクチン予約を見合わせるようにとのことです。既に、ご予約いただいております方の接種は予定通り行いますが、これから予約を取ろうという方は、現時点で予約を取ることが出来ません。大変申し訳ありませんが、市から改めてワクチン受付可能の通達が来次第、予約再開といたしますので、何卒宜しくお願い致します。

都内では、4回目の緊急事態が発令されました。8/22までは宣言下に置かれるとのことです。更にはワクチンの供給不足の問題も生じてきました。政府としてのワクチン事業への本気度がいかほどであったのか問題視されるような失態であろうと言わざるを得ません。そもそも、新型コロナの収拾を図ろうとしているにしては、政策がことごとく後手に回り、不十分な対応に終始しているようにしか見えません。
新型コロナを単なる風邪ととらえるか、健康への多大な脅威ととらえるかで、対応策も大きく変わってくるであろうと言えます。オリンピックもついには一都三県は無観客にするという決定がなされましたが、そもそも、五輪開催する都市で、緊急事態宣言が再発令されるということを世界はどう見るのでしょうか?経済活動、とりわけ飲食業界に多大な犠牲を強いてまでして、感染拡大を抑えようとしている一方で、同時にオリンピックを開催しようとすることが、感染拡大につながりかねず、やっていることが支離滅裂にすら思われてしまいます。オリンピックはどうしても決行したいという思惑があるのでしょうが、であれば、政府としても「日本の経済や国益のために、コロナの犠牲者はある程度やむを得ない」と公言してしまった方が、ずっと潔いと感じます。現政権は、内閣総辞職をしてでも五輪を行うという覚悟があるのでしょうか?
そもそも、緊急事態宣言発令が4度目という時点で、都民も「またか」としか感じなくなっている可能性もあります。もはやオオカミ少年状態と言えるかもしれません。三回目の緊急事態宣言で、感染が抑え込めなかったからこそ、一か月程度で再発令しなければならない事態に陥っているわけで、緊急事態宣言の効力そのものに疑問を呈する必要があります。緊急事態宣言はあくまで時間稼ぎです。その間に国民のワクチン接種を速やかに進めている必要がありましたが、宋はなりませんでした。以前にも申し上げましたが、中途半端な対策を小出しにしていくことは、ほとんど無駄でしょう。やるのであれば、短期集中で、完全に人の往来などを止めてしまうくらいの徹底した方策を取らねばならないのだと思います。もしくは、ブラジルの様に新型コロナよりも経済活動などを優先するような政策にかじを切るかです。
専門家会議にしろ、メンバーが自分の責任を問われたくないという気持ちもあり、抜本的で斬新な案は出てくるはずがなく、結果的に無難であまり有効でないような政策が繰り返される結果になってしまっています。
緊急事態宣言を繰り返し、ワクチン事業も頓挫している現状で、五輪を楽しむ余裕が出てくるのでしょうか???

2021年7月9日(金)

 業務連絡C
投稿:長野央希
ワクチン接種に関してですが、規則として前の週の火曜の午前中までにはワクチン発注をかける必要があります。従って、ワクチン接種日の直前のキャンセルによって、発注したワクチンが無駄になる恐れがありますので、ワクチン接種日の2週間以内でのキャンセルは御容赦願います。
勿論、体調不良などの理由であれば、延期やキャンセルは仕方がないことではありますので、御相談ください。

また、8月いっぱいまで国からのワクチン供給量が減る見通しとなっておりますので、動向を注視する必要がありますが、64歳以下の方のワクチンは9月以降にずれ込む可能性があります。ワクチンの供給の状況を見つつ、御連絡してまいりますので、宜しくお願い致します。

2021年7月6日(火)

 欧州選手権
投稿:長野 央希
現在、サッカーの欧州選手権(EURO2020)が盛況です。
今回の大会で、選手たちの奮闘もさることながら、話題になっているのが、スタジアムに来た観客の間で新型コロナ感染が拡大したということやスーパースプレッダーの件です。多数の観客が集まるということは、当然大勢の人間の移動を伴うということで、感染が拡大することは予想されていた事態であろうと思います。このEURO2020の状態を検証し、問題点への対策を練ることこそが、東京五輪における感染拡大予防につながると考えられますので、早急にEURO2020での人々の流れや、感染拡大の経緯などを分析する必要があるでしょう。
一方で、競技そのものとしては、4強としてスペイン、イタリア、イングランド、デンマークというある程度順当な国々が勝ち上がった感はあります。(フランスが早々に敗退したのが予想外ではありましたが)イングランドは従来だと、大一番で勝つと、安心してなのか、次の試合を取りこぼすようなことがくりかえされてきましたが、今朝のウクライナ戦では堂々たる勝ち方をしておりました。欧州選手権はW杯とは違う面白さがあります。欧州自体は狭い土地に多くの国がひしめき合い、隣国同氏が、仲良くなったり、戦ったりという歴史を経てきました。そんなわけで、それぞれの国が国家の威信をかけて戦う様はさながら平和的な代理戦争の様相を呈する場合が有り、歴史や地理を知っていると、より一層試合における意地のぶつかり合いなどが感動を呼ぶ気がします。イングランド対スコットランドやイングランド対フランス、フランス対ドイツなど、単なるスポーツではすまないドラマがあります。
イングランドとフランスなどは、歴史的にも長く戦い続けてきた経緯もあり、日本に置き換えると、日韓戦にも通じる面があろうかと思われます。
スポーツで熱戦を繰り返すことは結構なコトですが、外交的なことや、民衆レベルでのいがみ合いは、はっきり言えば、労力の無駄です。先の大戦も有り、隣国はしばしば我が国に敵意をむき出しにすることがありますが、それにいちいち応対しているのは時間と労力の無駄です。そもそも、古代の日本と朝鮮半島の情勢を考えると、朝鮮南部と日本は同じ文化圏ともイエル関係で、多くの渡来人が現在の日本人の先祖となっております。任那という国も、日本の支配地域というよりは日本の王族と縁戚関係にあるような対等な同盟関係にあったのではと個人的には考えています。そういった歴史的背景から、もっと相互理解を深める必要があろうと思います。また、日本が日本としての誇りを持っていれば、他国にいちゃもんをつけられても意に介す必要はないと思います。
むしろ、バブル崩壊以降の不況で、日本の多くの企業が外資系の傘下となり、過疎化しているような地域の里山などの土地が外国企業に買いたたかれている現状で、これは平和的に日本が侵略されている状況につながるのではないかと危惧しています。こういったことへの対応に労力を割く方が、ずっと建設的で国益につながると考えます。

2021年7月4日(日)

 毒ヘビ
投稿:長野央希
山歩きが好きで、魚沼にいる頃は八海山や守門岳、権現堂山にはよく登っていました。山登りをしていると、水辺のような場所にヤマカガシがいたりしました。岩場で手をかけると、そのあたりにヤマカガシがいたこともありましたが、彼らは案外臆病なようで、人の存在を確認すると、逃げて行ってくれました。一方で、奈良の葛城山のあたりを散歩していると、マムシが頭をもたげて、こちらを見ていることがありました。その時には、全く逃げるそぶりを見せないため、こちらがその場を去りました。そんなわけで、山歩きをしていると、色々なヘビに遭遇します。有毒なものも、無毒なものもおりますが、こちらが危害を加えなければ、多くの場合は大事にはならないような気がします。そんなこともあり、私は毒ヘビに関して興味を抱くようになり、グラフィック社の『毒ヘビ全書』という本を読みました。世界中の多種多様な毒ヘビの中には、とても色美しいものもあり、性格も大人しいものから、攻撃的な物まであり、実に興味深く感じます。また、長い年月かかってヘビに備わった毒に関しても、驚嘆すべきものがあります。大変勉強になりましたので、その一部を書きます。
毒の作用には
(1)出血毒:蛇にかまれることで、血管や細胞の破壊によって出血が生じ、また毒の成分には溶血や赤血球凝集作用を有する場合もある。ヘビ毒金属プロテアーゼは特に破壊的と言われている。
(2)神経毒:神経筋接合部に作用し、神経から菌へ送られる電気刺激の働きを狂わせる。デンドロトキシンはアセチルコリンの放出を持続させることで、筋の収縮が継続し、痙攣などを誘発する。その後アセチルコリンが枯渇すると、筋の麻痺が進行していく。β-ブンガロトキシンは逆にアセチルコリンの放出を阻害し、筋の収縮を抑制してしまう。
随意筋である骨格筋のみならず、不随意筋である心筋や平滑筋も麻痺させることで、自発呼吸が困難になったり、嚥下障害が惹起される。
(3)血液凝固障害を引き起こす毒(Hematotoxins)
血液凝固促進作用のある毒の場合、プロトロンビン活性化酵素やトロンビン様酵素が作用することで、多量の血栓(異常な)が生じ、結果的にまともに作用する血栓を作るためのフィブリノーゲンが大量に消費されてしまうことで、自らまともな血栓が作れなくなり、出血が助長されてしまう。また、大量の血栓が毛細血管を閉塞させることで、多臓器不全(MOF)や腎不全を引き起こす。
血液凝固阻害作用のある毒の場合、フィブリノーゲンやフィブリンを分解し、血中で血栓を作ることが妨げられる。また、ディスティングリンは血小板凝集を妨げることで、止血が出来なくなってします。
この系統の毒は、いわゆるDICを惹起していると言え、現在新型コロナによる凝固機能異常にもつながる話題と言えましょう。
(4)その他
細胞膜を構成するリン脂質と結合し、細胞死を誘発する細胞毒。
心筋に特異的に作用し、その動きを停止させる心臓毒(コブラ亜科が代表)
冠動脈を収縮させることで、心筋梗塞のような症状を惹起するサラフォトキン
                      等々
毒そのものに関しては、ヘビの種類や固体の大きさによって、致死性にも差があるとはいえ、非常に恐ろしいものであると同時に、自然界の深遠さにある意味感動すらしてしまいます。(ただ、私個人としては毒ヘビを飼育したいとは思えませんが・・・)
毒ヘビによる被害としては、年間で12万人が命を落とし、40万人が重篤な後遺症を残しています。恐らく、インドやアフリカなどのあまり医療機関が近くにないような地域では、ヘビ咬症の報告すら行われていない可能性があり、上記の数字自体は氷山の一角で、もっと膨大なものとなるものと思われます。
毒ヘビにかまれた場合には、最も有効な治療としては血清療法があげられます。勿論、かまれた部位などの切断もある程度は有効ですが。
そんな血清治療に関して、2015年にアフリカの毒ヘビに対する抗毒血清を生産している会社が、収益を見込めないという理由で、血清の生産を中止してしまっており、血清が枯渇すれば、死者はさらに増えていく恐れが強いと言わねばなりません。WHOはヘビ咬症を「顧みられない健康危機」として危機感を鮮明にしております。そもそも、毒ヘビ被害は金のあるような欧米の都市部ではそれほど深刻には受け取られないものと思われます。やはり、発展途上国の農村部や、都市から離れたところで、その被害が増大しているものと考えられます。ただでさえ、現代医療の恩恵をあまり受けることのできない人たちが、こういったヘビの問題でも見放されてしまうということについては、やはり現代社会のシステム自体を見直していかねばならないと思わせられます。



2021年6月25日(金)

 茶番
投稿:長野央希
東京五輪において、会場での酒類販売が認められるようです。
五輪の会場の入場者数をどうするかなどの議論がかまびすしくなってきておりますが、どれほどの外国人が来日するのか、どのような試算を行い、どう対策を講じているのか注視していく必要があります。
外国人観光客が、ウイルスを持ち込むという考え自体はナンセンスではありますが、少なくとも、これまで半鎖国のような状態で、接触者はある程度限られていたものが、五輪を契機に来日客が多ければ多いほど、より不特定多数の接触が生じてくることは間違いないでしょう。そのような状況でも、酒類を提供することを許可していることを考えると、これまで緊急事態宣言で酒類提供をしないようにさせていたこと自体が、何だったのだろうかという気持ちにならずにはいられません。
政府としては、五輪による経済効果を十二分に得たいと考え、そのために打てる手は打っているという状況なのでしょう。恐らく、そのためには安全性に関しては優先度を下げているというのが本音ではないかと勘繰りたくなります。これまで、多くの飲食店に苦痛を強いてきて、五輪では、酒の解禁をここまであっさり認めるのを見るにつけ、茶番劇の様に思えてしまいます。
茶番という意味では、フィリピンのドゥテルテ大統領の「ワクチンを打たない者は投獄」という記事も、笑いを禁じ得ません。
ブラジルでは、現在作家の南米選手権が行われておりますが、大会関係者のコロナ感染者数が増加してきております。そもそも、フラジルのボルソナロ大統領は、新型コロナを抑え込む気もない政策をとっていますから、こうなることは想像できたでしょう。現在行われている南米選手権も欧州選手権も、多くの人の移動を伴う行事であり、五輪に先駆け、ある意味試金石の様になるのかもしれません。
世界中に茶番があふれております。
馬鹿馬鹿しくて、コメントする気力もうせてしまいます。

2021年6月22日(火)

 蛍の季節
投稿:長野央希
6月中旬となり、日中は大分暑くなってきました。この時期になると、楽しみなのはホタルです。魚沼で、私がよく蛍を見に行いくのが二か所ありますが、そのうちの一つである市街地からほど近い川辺では、今週の水曜の夜にホタルが少しづつ飛ぶようになっていました。もう一か所の、山の登山道の登り口の川っぺりでは、未だホタルの飛翔は認めませんでしたので、車で5〜10分程度の距離でも、ホタルの飛翔時期には差があるのだなと実感いたしました。この日は日が沈むと、何となく肌寒い陽気でしたので、そういった温度にもよるのかもしれません。ホタルの飛び方を涼し気と表現することがありますが、この日の夜の気候的には、それほど「涼し気」が納涼にはつながりませんでした。これから、ホタルの盛りとなっていくであろうと思うと、楽しみではあります。
このように、魚沼の魅力は、季節を五感で感じられることだと思っています。春夏秋冬に、とてもメリハリがあります。
私は、これまで、横浜に4年、都内で4年、北海道で1年、埼玉で5年、魚沼で6年暮らしてきました。住めば都の様に、どこに住んでも案外快適に生活してきました。どの地域でも、それぞれの良さもあり、逆にあまり好きになれない部分もあります。例えば、北海道で暮らしていた時は、そこでの生活は、自然も豊富で、食べ物も美味しくて、楽しく暮らしておりましたが、夏の夜が肌寒かったことで夏の間中、体調の不調感が持続し、冷房不要というメリットはある中で、本州の夏が恋しくなっていました。ないものねだりなのでしょうが。
四季を体感でき、自然に囲まれた魚沼は、私がこれまで住んだ地域で、恐らくもっとも好きな所であります。諸事情で、新潟市に戻ってきましたが、そういった事情がなければ、魚沼に永住してもいいと思っていました。そんな魚沼地域ですが、他の地方の御多聞に漏れず、高齢化がすすみ過疎化しつつあります。農家も後継ぎがない中で、田んぼが放置されるようなところも出てきており、もったいないような寂しいような感情を抱いております。
魚沼の活性化の手段はないかと考えております。
現在、新型コロナの流行で、閉店せざるを得なくなっている飲食業界の方で、農業に関心があるようなら、魚沼で一旗上げていただけないものか?
農業をなめるなと言われてしまうかもしれませんが、最初の5年なりは、しっかり地元の農家の人の指導を受けてもらったり、農業の専門家のアドバイスを受けてもらえるようなバックアップを整えつつ、かつ農業生産が軌道に乗るようになるまでの補助金などの行政的な補助の整備も不可欠ではあろうと思いますが、これらの投資を行うことで、将来的な魚沼の繁栄につながるのであれば、決して高くはないのではと思います。(私は、魚沼の財政状況など、詳しく把握していませんので、無責任な発言と言われるかもしれませんが)また、先日、魚沼での診療の際に、患者さんの一人が、「田植えが終わって、これから機織りだ」とおっしゃておりましたが、そういった機織りなどの伝統も、後継者が潰えてしまう危険がありますが、若い人で、興味がある人が後継者となってくれれば、各地に残るような伝統工芸も存続できるのではないかと期待をしています。
自分で作った農作物を、自分の飲食店で出すことが出来るというのも、とても魅力的なことでしょうし、伝統工芸を引き継ぐ中で、織物などが、新たな
ファッションを打ち出すことにもなるかもしれません。伝統とは、必ずしも古臭いものではなく、多くの可能性をはらんでいるものだと思っています。

地方創生と言いますが、そのモデルになるような、地方の復興の方策を魚沼から発信することが出来れば、日本全国の地方の市町村にとっても、極めて有意義なことではないかと思います。

2021年6月18日(金)

 欧州選手権開幕
投稿:長野央希
サッカーの欧州選手権(EURO2020)が一年遅れで開幕しております。今大会では、フランスが優勝の最有力候補となっておりますが、確かにメンバーや監督のデシャンの手腕などを考えると、フランスでよく起きるようなチーム内分裂がなければ、相当強いとは思われます。私は、以前からイングランドのプレミアリーグが好きであったこともあり、イングランドを応援しておりますが、サウスゲート監督の人心掌握と、各ポジションに才能ある選手がいることから、かなり下馬評は高いと言えます。ただ、イングランドは、常にすごい選手がいても、勝負弱さを露呈するケースが多かったので、今回はどうなるかというところではあります。昨日行われた強豪のクロアチアとの試合を1対0で下しており、初戦のプレッシャーをはねのけられたのは大きかったのではないかと思います。
イングランドと並んで、私が以前から好きなチームはデンマークとチェコです。デンマークは、P.シュマイケルやラウドルップ兄弟が主力だったころから応援していました。(好きなハードロックバンドのプリティ メイズがデンマークのバンドであったことも関与していますが)
今回、デンマークは初戦にフィンランドと対戦しました。この試合中に、主力のエリクセン選手が心停止状態となり、迅速な心肺蘇生術のおかげで、一命を取りとめました。現状、原因はまだわかっていない模様ですが、自発の呼吸もあり、会話も可能ということで、一安心ではあります。心肺停止やそれに準じた状態の際には、時間が極めて重要です。初動の対応が迅速であればあるほど、救命にも、その後の後遺症の予防にもつながります。そういった意味で、今回の件は、ピッチ上にいた選手たちや、そのほかのスタッフ、チームドクター達のファインプレーであると思います。
EUROやW杯が始まるたびに、一人の患者さんのことを思い出します。埼玉で働いている時に担当した30代の急性骨髄性白血病(AML)の患者さんです。彼は、小さい子供を持つ父親でしたが、いわゆる好青年といった人でした。色々と抗がん剤による化学療法を行っても、寛解に至ることはなく、某大学病院の先生と相談し、厳しい中で移植治療を行っていただきました。結局、移植治療によっても、AMLは増悪し、最終的には私が御看取りをしました。彼は、自分もバドミントンをやるスポーツマンでしたが、サッカーも好きでした。当時は、確かW杯の時期であったかと思いますが、よく優勝予想や、前日の試合の寸評などを話し合ったことが、鮮明に思い出されます。
また、高校野球関連でも同様の様に思い出す患者さんがおります。魚沼で働いている時に担当した患者さんですが、高校球児のAMLの方でした。彼は、半年近い入院での化学療法で寛解に至り、退院し、無事に高校も卒業していきました。私が、魚沼を去ってから再発して、都内の大学病院で治療を行っていましたが、病状は悪化し、お亡くなりになられました。彼は、シャイながらも、礼儀正しい人で、あまり日本のプロ野球には関心がないと言っていましたが、MLBの大谷選手は好きだったようで、大谷選手の話や高校野球の話で盛り上がったことが思い出されます。
長く、医者を続けていると、あまり成功体験を思い出すことはなく、上記のような悲しいことやつらいこと、悔しいことばかりを思い出します。だからこそ、反省し、次につなげるような糧となるのだとは思いますが、夜寝ようとしている時に、ふと、そういったことを思い出すと、しばらくの時間、やりきれないような思いと、自分が人の命を預かっていることへの恐怖のような感情がこみあげてくることがあります。医者を引退したら、こういったことから解放されるのだろうか、であれば早く退役したいなどと考えることもしばしばあります。そんなときに、何とか踏みとどまっているのは、治療して回復した患者さんの笑顔や、感謝の言葉があるからだと思います。
EURO2020が開幕し、何だかあれこれ考えてしまう今日この頃です。

2021年6月14日(月)

 戦争の変遷(3)
投稿:長野央希
メディアの使用のうまさということで言うと、ビンラディンのアルカイーダやイスラム国(IS)は極めて巧みであると言えます。
そもそも、テロというのは、民衆を恐怖に陥れることが一つの目的であり、そのような意味では、9.11の同時多発テロの旅客機がビルに飛び込んでいく映像は、ハリウッド映画の比にならないような恐怖と驚愕を世界中に与えただけでも、彼らの目的は十二分に果たせたと言えましょう。それに応じた米国政府は、武力でのアルカイーダ征伐を行いましたが、目的は遂行されているとはいいがたい状況であります。(ビンラディンは殺せても、その思想は脈々と息づいています)
また、ISもメディアを活用することで、信者を今も増やしております。
もともと、イスラーム教は牧師や司教、僧侶というものが存在しません。法学者はいますが、民衆に教えを垂れるということはあまりないようですので、そういう意味で、イスラームの教えに興味がある人が、インターネットでの活字や動画を通して、コーラン(クルアーン)、ムハンマドの言行録を学び、帰依していきやすい宗教であると言えます。そういった意味で、イスラームはネットとの親和性が高いのですが、それを更に巧妙に使っているのがISです。時に残虐な映像も流しつつ、民衆の心をとらえていると言えるのかもしれません。現在は、シリア国内でもイラク国内でも、ISは劣勢に立たされております。今回のISはこのまま討滅されるのかもしれませんが、明らかに彼らの思想を受け継いだ第二、第三のISが遠からず、生まれ続けていくことは想像に難くありません。
私は個人的にはイスラーム文化やその歴史に関心を持っておりますので、何とか、もう少し欧米各国や日本も含めて、イスラーム独自の思想に理解を持ってもらえればいいのにと感じたりしています。

テロリストは今や拠点を持たずして、SNSなどのメディアを通して、世界各地で、ばらばらに存在しつつも、目的を一にして行動していくという流れは、今後更に拍車をかけていくことでしょう。テロとの戦い一つを考えても、見えざる敵が、遠くにも、場合によっては、極めて身近にも存在し得る時代と言えます。社会不安や不満の強い時代になればなるほど、そのはけ口として、テロ活動に身を投じていくような人間が増えていくでしょう。
もはや、戦争は相手の国あっての戦争ではなくなっていくのかもしれません。不満分子がテロに走るようになれば、いつでも自分がテロとの戦争に巻き込まれかねないという危機感を持つ必要があるのかもしれません。
テロは無くならないかもしれませんが、テロ活動を行う人を減らすことは可能だと思います。社会への不満分子を減らすことが重要なのだと思います。
倉廩実ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知ると言いますが、生活の安定なくしては、治安の維持は難しいと言えます。コロナの影響で、社会不安が広がることは、間接的に治安の悪化やテロの温床となりえることを考えておく必要があります。
政府は金銭的な補償を小出しに行っていますが、むしろ、安定した職の供給がなされなければ、焼け石に水になりかねないのではという危惧を抱いております。

2021年6月9日(水)

 戦争の変遷(2)
投稿:長野央希
メディアとの付き合い方で戦争の勝敗に影響が出るのは、以前からありました。
司馬遼太郎が『坂の上の雲』でも書いているように、日露戦争当時の戦争の行司役は、ロイター通信とタイムズでありました。マスコミを邪険に扱ったりすることで、自分たちが局地戦に勝っていても、相手有利と報道されてしまうと、公債が売れなくなったりしました。莫大な金のかかる戦争で、戦費調達がうまくいかなければ、当然戦争継続も困難になり、最終的には敗戦につながります。
以前より、メディアとの関係性が戦争遂行において、大きな重要性を持っていましたが、湾岸戦争以降は、戦争に関連するメディアの姿勢にも大きな変化が出てきている模様です。例えば、太平洋戦争当時は、日米両国とも、「鬼畜米英」などの標語を使って、敵を憎むように洗脳し、挙国一致で、戦争を行っていたのに対し、湾岸戦争以降は、国内でも、敵国よりの意見を述べるようなメディアもあり、必ずしも国内が一枚岩になり切れなくなっているきらいがあります。更には、以前はメディアと言えば、新聞社やテレビ局を指していましたが、現代では、SNSなどを含め、有名無名の個人個人がメディアになりえるという変化も生じております。従来のマスメディアも偏りのある情報を流したりということもありましたが、個人個人となると、更に偏った情報を流したり、偏った情報を狂信的に信じ込み、更に妙な持論を述べたりするようになりえるのです。
加えて、いわゆる敵国や中立でも、敵に与した意見を述べるような個人によって、その人がいわゆるインフルエンサーであったり、その発言がたとえ間違っていても、説得力を持っていたりすれば、それによって感化される多くの人が出てきてしまう懸念が生じます。中には、敵国のスパイがメディアを利用して、敵国に有利になるように、情報を操作してしまう危険もあり得ると思われます。また、スパイをする気などなくても、敵国を利するような情報を考えなしに、SNSで発信してしまうことも起こりえるのです。潜在的なスパイが国内に多数出現してしまうという危険を現代社会ははらんでいると言えましょう。以前であれば、敵は相手国のみ、あるいは少数の自国内のスパイのみであったものが、湾岸戦争を契機に、かつ、9.11の同時多発テロ以降拍車をかけて、自国内に多数の敵が存在するという恐ろしい時代になってきていると考える必要があると思われます。
日本は、武士道の影響か、多くを語らず、黙々と任務を遂行することに美徳を感じる国民性がありました。結果的にメディアとの接し方に、未熟な部分があるような気がしますが、これからは、細心の注意を払わないと、亡国の危機を迎えてしまうのではないかという危惧を抱かざるを得ないです。国として注意を払うと同時に、個人単位でも、その気はなく、敵に加担してしまうようなことになりかねない時代であることを認識して、行動しなくてはならないのではないかと思います。戦争において、メディア戦術が極めて大きな要素であることを肝に銘じるべき時代になっているのであろうと考えます

2021年6月8日(火)

 戦争の変遷(1)
投稿:長野央希
私は孫子の兵法を読んで、大変な感銘を受けたことを覚えております。
「彼を知り、己を知れば、百戦すれども危うからず」などの有名な文句が多数ありますが、これを孫武の教えとすれば、2500年以上前のものですし、孫びんの時代の著作としても2300年以上前のものであることに驚きを禁じ得ません。紀元前500年頃の段階で戦争の本質をとらえていることも驚嘆すべきことですが、戦争にとどまらないような心理学的、科学的考察を微に入り細に入るように行っていることも見事としか言いようがありません。そういったわけで、軍人のみならず、ビジネス書のようなものにも孫子の兵法の教えが取り入れられるのも納得がいきます。
戦争を行うのが人間である以上は、その本質的な部分は大きく変わることはないでしょう。
ただし、戦争のやり方や、為政者の戦争への取り組みなどは変化してきています。フランス革命を経てナポレオンの登場までは、基本的には多くの場合軍人、兵士同士の衝突と戦場周辺の一般人が巻き込まれるような、どちらかというと局地的、限定的なもので、しかも戦争指導者(王侯貴族など)のゲームに近いようなものであったのが、ナポレオン登場後、徴兵制を敷いたことで、多くの一般市民が戦争に身を投じていくこととなりました。その結果、戦争の範囲が拡大していき、国家規模となり、国家の総力戦に発展していったように思われます。更には、産業革命を経て、長距離大砲などの武器の発展で、戦争の被害は局地的な物から、更に広範囲に及び、住民の被害も甚大になっていったと言えます。戦力の動員という形で、国民の多くが戦争と関与せざるを得なくなったことも、19世紀以降の特徴と言えるかもしれません。それでも、冷戦のころまでは、戦争は当事者である国々どうしの争いでありました。しかし、そ戦争は当事者の争いであったものが、湾岸戦争以降、変化しているという意見を読み、興味を持ちました。これは、ウンベルト・エーコの『歴史が後ずさりするとき』(岩波書店刊)の戦争と平和をめぐるいくつかの考察を読んでの感想です。
彼は、従来の戦争を旧来型戦争と呼び、湾岸戦争以降をネオ戦争と記しています。まず、旧来型戦争では、戦争を行う当事者が明確に分かれていると言えます。例えば、太平洋戦争の際には、米国は日系移民を収容所に押し込めました。戦争を遂行する上では、日本憎しの姿勢を貫くことで、5年近い戦争を完遂したと言えます。しかし、湾岸戦争の際には、イラクのバグダードにも米国人は多数残っておりましたし、逆に米国内にもイラク人やイラクを支持するような中東の人たちが多数存在しておりました。また、武器を売るような企業は、敵対するような国にも武器を売り、利益を上げておりましたし、その他、多国籍の企業からすれば、米国が徹底的にイラクを叩くことは歓迎できない事態であり、結果的には湾岸戦争の成果はクエートからイラク軍を追い出したことにとどまりました。また、この湾岸戦争では、多くの米国系のメディアすら、イラク市民に同情的な論調を唱えたりしていたそうで、これは太平洋戦争の時とは大きな違いと言えましょう。世論によって、為政者は当初の戦争目的を遂行出来ない時代になってきているのも特徴と言えるようです。戦争は武力で勝っても、メディアの操作に失敗すれば、結局勝利に終われない可能性が出てきていると言えるのかもしれません。


2021年6月7日(月)

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