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 寄生虫
投稿:長野 央希
私は学生時代、自分で言うのも何ですが、優秀な医学生ではありませんでした。ただ、興味があった事もあり、精神科学と、ウイルスや寄生虫、真菌を扱う異動物学は、なかなか優秀な成績であったと自負しております。後者に関しては、子供の頃から、カビや腐ったアボカドや池等で汲んできた水を顕微鏡で観察するのが好きだったことも有り、カビやダニやミジンコなどの微生物が好きだったことが影響しているのだと思います。腐ったアボカドを鏡見したときは、カビはおろか、ダニなどの節足動物がうごめいているのを見て、気持ち悪いと思うと同時に、大変わくわくしたのを思い出します。

最近、佐々木瑞希著『寄生虫を守りたい』(dZERO版)、小林照幸著『死の貝
日本住血吸虫症との闘い』(新潮社版)、小林照幸著『死の虫 ツツガムシ病との闘い』(中公文庫版)を読みました。これらに触発され、久しぶりに東京目黒の目黒寄生虫館に行ってきました。ここは、良い意味でコンパクト、悪く言うと、学校の文化祭の発表のような趣ではありますが、標本が所狭しと並べられ、時間を忘れるような面白さがあり、何度来ても、何かしら新しい発見があるような気がします。
上記の三冊の著書は、佐々木は獣医師で寄生虫学者ということも有り、純粋な寄生虫愛を本にされおり、大変興味深いものでした。小林著の二冊は、日本における代表的な寄生虫関連疾患の解明、治療といった壮絶な闘いを描いた、実にスピーディかつ迫力ある力作であります。日本住血吸虫は山梨、広島、佐賀・福岡を舞台に、ツツガムシは新潟、山形、秋田を主な舞台として描かれるため、時間軸や地域軸が時に混乱を呼ぶ点は否めませんでしたが、それを補うような迫力が有り、一気に読み切った感があります。
ツツガムシ病については、新潟も長い間苦しめられた経緯があります。その真相解明のため、多くの医療者、科学者が、感染流行地に直接来て、あるいは在住して、病気の原因を探り続けます。その当時、リケッチャが原因などと、全く分かっていない中で、流行地で診療することは、極めて恐ろしいことであったことは想像に難くありません。致死率で言えば、現代のアフリカのエボラ出血熱に匹敵するようなレベルですが、エボラはウイルス感染ということが既に分かっている現状を考えると、その当時、全く治療法もなく、対症療法と言っても、今からすれば極めて貧弱な医療体制で、流行地に赴くことは、戦地に乗りこむ兵士と同様の悲壮感を抱いたに違いありません。更に、今以上に迷信等の支配する世界で、恐らく、今以上の風評被害の恐れもあったのだろうと思われます。実際に、千葉大で研究者が、ツツガムシ病を発症し、殉職されております。今の時代なら、研究者が亡くなるような事態が発生したら、その研究事態が頓挫しかねないように思われます。
日本住血吸虫でも、実際に研究者が田畑を歩いて、実際に感染するかどうか、実地に体験しています。また、山梨の開業医が自分の愛猫が日本住血吸虫に感染していると考え、実際にその猫を解剖に供した場面は、猫好きの自分からすれば、涙無しには読めないシーンでありました。ただ、この猫の解剖から、日本住血吸虫という新種の寄生虫発見につながったという意味で、この猫の犠牲がいかに医学の発展に大きく寄与したか。
どちらの疾患も、真相解明や治療薬の開発で、人命に限らず、犬猫を始めとした膨大な動植物の犠牲があったかを考えなくてはならないと思います。というより、医学の発展そのものが、多くの人の命と、実験動物の命と引き換えになされていることを実感し、その尊い命に感謝しなくてはならないのだと思います。
尚、日本住血吸虫に関して言えば、その中間宿主のミヤイリガイの駆除のために、殺貝剤を使用したり、河川のコンクリートでの護岸工事を行ったりしました。最近、日本でデング熱が比較的流行したときに、代々木公園などで大規模な蚊の駆除を行ったことが思い出されました。
秋田で熊が駆除されることに苦情を言う人がいますが、罪がないという意味で言うなら、これらの貝や蚊の駆除には文句はないのでしょうか?
これらの生物は誰も人間に迷惑をかけようと企んでいないのです。それでも人の命を守ろうとすると、こういった処置はやむをえない。
自分が感染の流行地にいる、あるいは熊などの野生動物の被害を受けるかもしれない危険地域にいるという中で、それでも駆除に反対するのなら、それはそれで勇気ある言動だと思いますが、自分は安全な地域にいて、自分なりの正論を振りかざす人には、やはり不信感を抱かざるを得ない気がします。

ツツガムシ病は新潟が主舞台であったことから、自分の命も省みずに研究に邁進した先達の心意気を、自分はどこまで踏襲できるかと強く考えます。医者を職業として選んだ以上、自己犠牲を払ってでも、社会の役に立つ覚悟を持ちたいと思いました。
寄生虫にしろ、ウイルスにしろ、細菌にしろ、人間よりも遙かに以前から生き残っている物達ですから、その生き残り戦略は、人間の思考をハルカに凌駕した物であり、人類が、感染症との戦いに今後も勝ちきると言うことは残念ながら、難しいでしょう。時には闘い、時には平和裏に共存するという作業が今後も続いていくと考えるべきでしょう。そして、彼らの生き残り戦略から、新たな発見をする可能性も高く、彼らから、学び続ける姿勢も重要であろうと思います。
今回、寄生虫関連作品を読み、子供の頃わくわくした微生物の世界を再度顕微鏡で見たいという当時の無邪気な情熱が戻ってきた感じがしました。

2025年2月24日(月)

 階級闘争
投稿:長野 央希
タモリ倶楽部が終了してから、まるでテレビを見なくなって久しくなります。孤独のグルメや相棒はDVDを借りてみているような状態で、ニュースすら、ほとんどテレビでは見なくなっていますので、最近の大物芸能人の引退騒動や、テレビ局の危機などには、青天の霹靂のような印象を受けていました。

テレビを見ない側からすると、テレビ局の存亡や芸能人の去就などの芸能関係の問題は、正直なところ「どうでもいい」ともいえるのですが、今回の騒動で思うことがあります。
テレビにしろ、大物芸能人にしろ、政治家にしろ、従来でいうと資金力もあり、権力もあるようないわゆる既得権益層と言われる人たちは、これまでであれば、自分の都合の悪いことや、犯罪まがいの、明るみに出ては困るような問題は、金の力などで、もみ消してきたものと推察されます。しかし、昨今のSNSなどの興隆によって、そういった話題がリークされ、白日の下にさらされやすくなっていることで、やりたい放題であった既得権益層が、追い落としに会っているような構図に見えます。
既得権益層ではない人たちが、SNSを武器にして、既得権益層を失脚させている、現代版の階級・権力闘争なのではないかと思われます。歴史的に階級闘争は、大概、武力衝突を常としてきました。それが、現代では武力行使は行われません。そういう意味では平和裏ともいえそうです。
従来であれば、既得権益層によって闇に葬られてきた悪事、それによって泣き寝入りしてきた多くの人たちが、SNSの力で、状況に変化が出ているように見受けられます。
この力をうまく利用することは有益ではありましょう。
現代の日本の政治家は、世襲議員やタレント議員など金や地盤、知名度を利用して選挙に当選していると思いますが、真に国を思う気持ちや政治的理念、それを実行しうるような政治力というものはほとんど考慮に入れられていないようにすら思えます。世襲議員たちは、その地域では絶大な権力を有し、結果的に常に選挙で勝ち続け、資金は増えていく。現代の貴族たちに他ならないのです。選挙に勝つことで、民意を得たということになってしまうのですが、果たしてそうなのか疑問です。よほどな無能か、犯罪的性向が顕著ででもなければ、多くの場合、政治家活動を継続できてしまうように思われてなりません。
民主主義なのに、新たな貴族階級を作り出せてしまってきたのが、これからは彼らの問題をあぶりだすことで、容易に選挙で勝てなくなるという時代が来るかもしれないという期待を抱いています。
しかし、SNSも手放しで、評価できるものでもないのが事実です。SNSで発信されたことが、事実であるのかどうかという問題があります。高名なインフルエンサーが発信すれば、手放しで、信じられてしまい、拡散され、嘘でも真実として世界に認知されかねない危険もはらんでいるといえます。また、天才的な詐欺師は、SNSを巧妙に使い、多くの信奉者を作ることで、ファシズムに突き進んでいくという危険も考えられます。各人が、その情報の確かさを吟味する力を養う必要があります。
また、日本人の特性で、少しでも傷があると、評価しなくなるという面があります。味は変わらないのに、曲がりくねったキュウリは買わないなどの傾向があります。そうなると、SNSで少しでも不祥事が暴露された段階で、全体的に見たら素晴らしい人物が、評価されなくなるという恐れもあります。能力はないが、真面目だけが取り柄で、不祥事とは無縁という人ばかり国政に出てきてしまうようなことも出てくるかもしれません。完全無欠の人間など存在しないのですから、著しい潔癖は、分断を拡大させ、逆に国を亡ぼすことにもなりかねません。
SNSという比較的新しい武器はうまく活用すれば、権力の暴走を抑止できると期待できますが、下手を打つと、国力を低下させるという諸刃の剣であることを理解していく必要があると思います。


2025年1月30日(木)

 ジョン サイクス
投稿:長野 央希
昨日、1/21に世界的なギタリストのジョン・サイクスが癌のため亡くなったという訃報に接しました。高校、浪人、大学時代によく聞いていたブルー・マーダーやホワイトスネークを改めて聞き返しています。
ホワイトスネークのボーカルであるデヴィッド・カヴァディールは声が好きだけど、顔があまり好きでないなあ等と考えていた、学生時代の思い出にふけっています。
学生時代は、酒井康と広瀬和生がMCをしていたヘヴィーメタルシンディケートといFMの番組を毎週聞いていました。自分がもともと落語好きで、MC二人も落語好きなため、そういった意味でもほぼ欠かさず聞いていたことが懐かしく思い出されます。二人の影響で、リッチー・ブラックモアのファンになり、ディープパープルやレインボーを好んで聞くようになりました。
高校時代の数学の先生が、レッドツェッペリン好きを公言していたのですが、あの当時は、その良さがあまりわからずにいました。しかし、年を重ねるにつれ、彼らの音楽が好きになり、ジミー・ペイジのギターに聞きほれたりもしました。
自分が学生時代に盛んに聞いていたアーティストをあれこれ思い出しています。
私が大学時代に、元レインボーのドラムのコージー・パウエルが事故で亡くなり、社会人になってすぐに、レインボーの元ボーカルのロニー・ジェイムズ・ディオが亡くなりました。ロニーの声は、ボーカルとしては一番好きだったような気がします。
その後、プリティメイズなどの北欧系に好みがシフトしたりはしましたが、最近は、you tubeで学生時代に盛んに聞いていた各バンドをよく聞いています。
既に鬼籍に入ってしまった人も、画像で見られるという良い時代になりました。リッチーブラックモアやジミーペイジもまだ現役ではありますが、大分老けたなというのが率直な印象です。私が生まれる前から活躍してきたわけですから、当たり前ですが。とはいえ、長寿を保ち、演奏を続けてほしいと切に願います。
今、ブルーマーダーのRun Awayという曲を聴いています。泣きそうになります。ジョン サイクス氏,安らかにお眠りください。

2025年1月24日(金)

 挨拶
投稿:長野 央希
先日、今期の新潟市としては比較的積雪が増えた日がありました。
その日は朝7時前から、医院の駐車場の除雪を行っておりましたが、そんな時に、医院とは道を挟んで対岸を歩く、登校中の小学生低学年とおぼしき小さい女の子から大きな声で「お疲れ様です」と挨拶されました。
最初は、年齢に似つかわしくないような挨拶で、ちょっと笑ってしまいましたが、途中から嬉しくなって「有難う」と返しました。後から考えると、「気をつけて歩いてね」などと、もう少し気の利いたことを言うべきであったと反省しました。
それはともかくとして、挨拶の力の偉大さを改めて感じました。新潟市の雪というのは水気を含んでいるため、大分重句感じるのですが、朝早くから1時間以上かけて除雪をしていると、「診療前に体力消耗したくないなあ」などというマイナスな思考に陥りがちです。その時に、あの挨拶で大分勇気をいただいた感じがしましたし、何かとても晴れやかな気分になりました。小さい子どもながら、親御さんの教育がしっかりしているのだろうなどとも考えました。
私も、若い頃は、挨拶を軽んじている傾向がありました。儀礼的でおざなりな挨拶しかしていなかったような気がします。
心からの挨拶が、どれほど人の心を動かすのか、そしてある意味、社会の動きをいかに潤滑にするのかと言うことを強く感じました。
また、同時に小さい子どもからであっても、色々な気づきを貰ったり、色々なことを教えられるのだと言うことも改めて実感しました。年を取っても、常に誰かしらから教えられ続けるのだと言うことも痛感し、だからこそ謙虚でいなければならないのだと言うことも教えられ、自戒の念を込めて、これを書いています。



2025年1月19日(日)

 倫理観と承認欲求
投稿:長野 央希
都内美容外科の女医が、グアムでの解剖実習に関して不適切なSNSへの投稿を行い、年末に一時的な話題になりました。
あまりにも馬鹿げた話で、当初はコメントする気も起きませんでしたが、自分が学生の頃の解剖にまつわる話題を思い出させられました。
新潟大学ではない、別の大学での解剖実習での話ということでしたが、献体から切除した耳たぶを壁につけて「壁に耳あり」と言って、はしゃいでいた学生が、かなり厳しい処罰を受けたという内容でした。
これが、事実なのか、都市伝説的な噂話であったのかは、確認していないので、不明です。いずれにしても、献体としてその身を提供してくださった方を冒涜するような、極めて幼稚で無礼な所業であると、当時から考えていました。今回の件はそれを彷彿とさせるような事件でしたし、さらに問題なのは、この問題行動をしたのが、学生ではなく、実際に臨床を行っている立派な医師であったことにあります。患者さんにしろ、献体にしろ、一人の人間としての尊厳に対して敬意を欠く行為は許されるべきではないと言わざるを得ません。
しかしながら、この女医が医師免許をはく奪されるべきというのは、流石に暴論なように思われます。少なくとも、今回の不祥事を、深く反省し、自己研鑽を積み、自分の倫理観も成長させる余地はあると思うのです。もし、一回でも過ちを犯した場合に、許されないのであれば、仏教の開祖でもあるブッダも、その若いころの多くの過ちの為に、仏教を開くことすらできなかったでしょう。
医療者の倫理観の問題は非常に重大なものであり、今後遺伝子研究など最先端の医療が進歩を続けていけばいくほど、医療者は自己の倫理観を高めていく必要が増していくと考えます。
一方で、話題性や「インスタ映え」を優先させたインスタグラムなどのSNS投稿やYou Tube投稿を行うケースが最近増加しているように思われます。
今回の女医の発想も、恐らくインスタ映えするというような稚拙な発想に端を発しているのだろうと思います。
話題性を倫理観よりも優先させた結果でありましょう。しかし、こういう事例は何も医療者に限らないのです。若者が、インスタ映えの為に、飲食店で大量の料理を注文し、それを撮影することだけで、口もつけないで残すという行為も、根は同じであるように思えてなりません。
こういう投稿をする人は、話題性やインスタ映えの為に、料理を作っている人や、食材となっている動植物を冒涜していることに気づいていないのかもしれません。迷惑系You Tuberも、最近の多くのマスコミも、視聴を稼ぐために、大事なものを忘れているように思えます。倫理観と話題性などの面白さでは、最初から天秤にかけられるものではないのです。
元来の日本人は無神教であるにもかかわらず、大変倫理的な国民性であったと思います。恥の文化として、「お天道様に顔向けできない」と言ったような発想が、倫理観の底上げをしていたのではと考えています。日本的良さが、徐々に失われて行ってしまうというような危惧を抱いています。


2025年1月5日(日)

 明けましておめでとうございます
投稿:長野 央希
明けましておめでとうございます。
今年も何卒宜しくお願い致します。

1/2午前中、発熱外来を行いましたが、午前中のみで80人近い患者さんが受診されました。半数以上がA型インフルエンザでありましたが、徐々にCOVID-19も増加してきているように見受けられました。
このたび、マンパワー不足もあり、発熱外来予約枠がいっぱいとなり、受診をお断りせざるを得なかった方々には、大変申し訳なく、この場をお借りして、謝罪させていただきます。誠に申し訳ありませんでした。
体調的に猶予があるようでしたら、1/4以降は通常診療となりますので、改めてご相談いただければと存じますし、急ぎの状況でしたら、急患センターに御相談いただければ幸いです。
また、院内処方で対応しておりましたので、院内採用薬品が限定的であり、バリュエーションに乏しい薬剤処方しか出来ず、併せて、お詫びいたします。

小さい医院で、色々と至らない点がありますが、今年もよろしくお願い致します。

2025年1月2日(木)

 年末年始の診療体制に関して
投稿:長野 央希
年末年始の診療体制に関して
12/28までは通常通り
12/29 休業
12/30 休業
12/31 休業
1/1 休業
1/2 9:00〜12:30 発熱外来のみ(血圧や糖尿などの処方は出来ません。点滴、血液検査も行えませんので、御了承ください)
1/3 休業
1/4〜 通常通り

宜しくお願い致します。

昨年は元旦から、大きな地震にみまわれました。今年、残すところ、わずかではありますが、大過なく年を越せ、来年が人災も天災も含めた災害のない、平和な一年になりますよう。

2024年12月20日(金)

 業務連絡+α
投稿:長野 央希
厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会における結論で、子宮頸がんワクチンの夏以降の需要の増加に伴うワクチン限定出荷の状況から、キャッチアップ接種期間の一年延長、対象者を平成20年度生まれの女子も対象として拡大とする見込みのようです。
正式な発表があり次第、再度御連絡致します。

12/9にシリアのアサド大統領がダマスカスを脱出し、政権が崩壊したとの情報がありました。アサド政権のバックにはロシアがいますから、ロシアやその周辺国に亡命するのかもしれません。イスラエル、イランやヨルダンなどの中東各国情勢も予断を許さない状況に加えての、このシリア情勢によって、更にこの地域の混迷が深まる恐れが大といわざるを得ません。
来年には米国ではトランプ政権が発足します。彼の米国ファースト路線で行くと、この中東情勢に対して、どう対応するのでしょう?
ウクライナとロシアの戦争も一向に終結する見通しも立っておりません。トランプ政権となり、早期戦争終結のために、ウクライナの一部領土の割譲で幕引きを図ろうとするのではという予測もされております。私は、もしこの方針が実行に移されてしまうのだとすれば、断固反対します。
もし、領土を割譲するのであれば、大国は、次々に力の弱い国に侵略し、占領したという既成事実と、大国のpowerバランスによって、領土の収奪が国際的に平然と認められる状況になってしまうと考えられます。それは、まさに19世紀の帝国主義の二の舞になることに他なりません。当時の大日本帝国も、この帝国主義に乗っかり、最終的に太平洋戦争での大敗北につながりましたし、帝国主義は世界中に未曾有の大惨事を巻き起こしてきたのです。当時以上に戦争兵器は進化、充実しておりますから、大国が帝国主義を通して覇権を握ろうと考えれば、すぐさま、第三次世界大戦に発展し、地球規模の犠牲が出ることになるでしょう。ウクライナや中東など局地的な紛争や戦争が、すぐに世界規模の戦争になりかねないという危機感を我々は持たなければならないのだと思います。
更に、先日ロシアと北朝鮮が包括的戦略パートナーシップ条約を締結しました。軍事同盟であろうとの見方が濃厚です。日本の隣国で、日本を敵視するような同盟関係が結ばれたと言えましょう。トランプ政権が米国ファースト主義を徹底すれば、日米安保条約を履行しないという可能性もはらんでくるのではという危惧を抱きます。日本は、万が一に備え、侵略を受けた際に、自国は自国で守らねばならないという覚悟を持つ必要があるのではないでしょうか?
世界情勢は極めて不穏な状況に傾いている現状で、日本国内を眺めると、日本は大変危険な状態にあるといわざるを得ないでしょう。官僚を含めた、国内外の既得権益層は、日本の国益よりも自分達の権益を守ることに終始しています。太平洋戦争末期の帝国陸海軍上層部のごとく、国家よりも自分達の名誉や権利を優先させたのとよく似ているように感じます。
日本の再生を図ろうとすると、今の既得権益層を守る様な社会構造自体を変革するほかないのではと思います。それは、明治維新の時のようなクーデターを起こすということです。ただ、そんなことになれば、明治維新発足当時以上に様々な国外勢力が、日本に介入し、日本を食い物にしてしまうことになるでしょう。どうすれば、日本を平和裏に改革できるのでしょうか?
改革が出来なければ、日本はこのまま衰退の一途をたどることになるだろうと思うと、これまで日本のために散っていった先祖に対して本当に申し訳ない気持ちで、泣きたくなります。

2024年12月8日(日)

 情報の海で溺れない
投稿:長野 央希
今年は、多様な選挙が話題になってきた年とも言えます。衆院選挙や兵庫県知事選挙は記憶に新しいところでもあります。
より民主的な社会にするという意味では、投票率の向上を図る必要があり、そのためには、選挙に対して関心を持つ人が増える必要があります。そういった点では、選挙の話題が増えることは悪いことではないと言えます。

テレビなどのいわゆる従来のマスメディアとSNSといった新しいメディア媒体との対比が、取り沙汰されています。
どちらのメディアであろうと、正確で、適切な情報を発信しているかに注視する必要があります。
どんな媒体であろうと、視聴頻度が増えれば増えるほど、時として洗脳の様な状況を招く恐れがあることを理解しなければなりません。
その為には、情報を発信する人は良心的に正確な情報を発信する必要があると思うのです。
昨今は、恣意的に、自分達の思想を押しつけつるような情報発信が増えている様な印象もあります。
情報統制が出来ない以上は、情報を受ける側が、垂れ流される情報の海から、いかに正しい情報を取捨選択できるかが、極めて重要になってくるのです。

今回の兵庫県知事選などは、特に上記を痛感させる様なイベントであったと思われます。そもそも、これまでは兵庫県民以外では、特に兵庫県知事選などに関心を持った試しなどほぼ無かったはずですが、それが、選挙前も選挙後も注目度も高く、未だに話題に事欠かない状況です。斎藤知事が退任を余儀なくされた前後は、反斎藤知事派や兵庫県議会派が上手く情報を流し、県民や国民の感情をコントロールできていたと言えるかもしれませんが、その後、斎藤知事擁護派の斎藤知事には非がなく、むしろ彼の手腕が立派なもので、その為既得権益からにらまれて、やめさせられたという情報が県民にも浸透していき、結果的に選挙での再選につながったという流れでしょう。
実際の所、反斎藤氏派と親斎藤氏派と、どちらが正しい情報を人々に伝えていたのか、私にはよく分からないのです。
そして、今は斎藤知事再選で、公職選挙法違反があったのではないかという様な議論になっておりますが、これも、斎藤知事再選を快く思わない人たちの、都合の良い情報提供なのではないかとすら思えてしまうのです。
百条委員会というのも、どういった結論に達して行くのかも不透明ですが、確実に言えることは、斎藤知事がやめて、選挙で再選されてと言うことで、莫大な税金が選挙費用に投ぜられたという事実と、一連の出来事が、茶番劇のように思えてしまうということです。
もし、斎藤知事に本来は非がなかったのだとしたら、やめる必要も無く、しかも、選挙を行う必要も無かったわけで、斎藤知事に対して誹謗中傷した連中は虚偽あるいは不正確な内容の情報を流したことになり、今回の選挙費用を立て替えさせるほどの責任を問う必要があるのでは無いかとすら思われます。
情報を発信すると言うことは、それなりの責任と良識を問われるのであることを理解していく必要があるのではないでしょうか?

2024年12月2日(月)

 お願い
投稿:長野 央希
本日より当院でもインフルエンザワクチンが始まりました。
当院の駐車場は狭いため、ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い致します。
近隣にお住まいの方で、徒歩や自転車などでおいでになれる方は、自家用車を利用しないでお越しいただけますと幸いです。
何卒よろしくお願い致します。

2024年10月21日(月)

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