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 アフガニスタンの地震
投稿:長野 央希
先週、日本では、石川県を震源とする地震が有り、余震が続いている状況です。
昨日には、アフガニスタンでは、同国の南東部を震源とする、震源の深さ約51km,マグニチュード6.1の地震にみまわれました。
朝方であったこともあり、寝ている中で、家屋が倒壊して、その下敷きとなる犠牲者が多数出たものと見られます。
阪神大震災も早朝の発生であったことが、記憶としてよみがえってきました。
あのときは、朝食の準備などで火を使っていたことから、火災が被害を大きくしたと記憶しております。
直下型の地震では、家屋や道路の倒壊、火災が大きな被害をもたらします。
一方で、東北の震災では、津波によって被害が甚大となりました。その結果、溺水や誤嚥性肺炎、化学性肺炎などの、直下型とは大きく異なる被害状況となりました。
今回のアフガニスタンに関しては、日干しレンガの家屋が多いこともあり、その下敷きとなって、死傷者が続出していルと推察されます。
即死してしまう場合もあれば、下敷きの状況で長時間救出されず、横紋筋融解症、腎不全を引き起こしてしまうケースなど、様々な状況が考えられます。
現在のタリバン政府では、恐らく被害の全容把握も難しいであろうと思われます。今のところ、1000人以上の死者,1500人以上の受傷者と報道されていますが、その何杯もの被害者が出てくる可能性が高いように思われます。
こうした状況で、タリバン政府も、国際社会に援助を要請しております。
少なくとも、タリバン政府が、彼らのプライド故にそういった援助を拒むことが無くて良かったと思います。
私は、長年国境なき医師団のような活動に憧れていた為、こういった状況で、何らお役に立てない自分が情けなく思えてなりません。

被災者の方々は、自分の住居が失われてしまい、屋外で過ごしているような映像を見ましたが、プレハブの仮設住宅などが建設されない限り、彼らは屋外で日夜過ごさなくてはならない状況が続いていきます。
そうした場合、山岳地帯であれば、日中は熱中症の危険があるでしょうし、夜間は、逆に低体温の危険性が出てくると思われます。また、衛生状況も悪化してくるでしょうから、胃腸炎などの感染症の蔓延という懸念も出てきます。更には、治安の悪化、住民同士のいざこざから新たな外傷者が出てくるかもしれません。
けが人は、受傷部位から感染を起こしてくる可能性もあります。抗生剤などの医薬品も当然、不足しているでしょうから、些細な怪我でも化膿して命を落とすと言うことも十分あり得てしまいます。そもそも、消毒や飲むための水分自体が行き渡るのかどうかと言うことも心配する必要があるかもしれません。
少なくとも、早急に行政的な介入(場合によっては軍の介入)がなされなければ、二次災害は拡大の一途をたどってしまいかねません。
被災者の方々が、一日でも早く、ある程度安心して寝起きできる環境を整えていく必要があり、国際社会はそういった意味でも援助をしていく必要があると思っています。

2022年6月23日(木)

 緑美しい季節
投稿:長野 央希
週に一回は魚沼に行っておりますが、山の頂上以外では残雪も溶け、田植えも終わり、山々も水田も、あちこちで緑美しい季節となっております。
5月初旬に八海山の5合目まで登りましたが、あの当時では、2合目に至る前でも、日陰のような場所では膝丈まで残雪が残っているような状況でした。長い冬で、覆い被さった雪の重みにより、大木ですらへし折れていたり、横になって登山道を封鎖していたりというような景色がそこここに見られました。
あの日は小雨が降っていたので、景色を楽しむことが出来ませんでしたが、今の季節であれば、山の上から見る水田の緑の美しさは言葉にならないと思われます。以前5月下旬に登った際には、田んぼも含めた目にまぶしいほどの緑の美しさに、なぜか涙が出たことがありました。
梅雨に入ったようで、転校は安定しなくなるかもしれませんが、良い季節になったと思います。
昨日は、蛍の飛び交う場所に夜行きましたが、現時点では蛍は確認出来ませんでした。流石に、まだ早いのでしょう。
とはいえ、自然に恵まれた魚沼という場所が、とても好きです。
時には、降雪で心がくじけそうになったりと、自然の絶対的な力を否が応でも痛感させられますが、それを上回るような自然の恩恵を我々は享受しているといえます。
人は自然なしには生きられないという当たり前で単純なことを、魚沼は教えてくれます。
そして、自然の美しさを楽しむと言うことで、近年ハイキングやトレッキング、キャンプが流行っておりますが、これに関しては平和のおかげであると言えます。身の危険のある社会では、どんなに美しい風景も、まるで意味をなさなくなり得ます。
世界中では、平和を保つことすらかなわない地域がいくらでもあります。
そして、近年は疫病の流行や様々な天災といった驚異に度々さらされております。
歴史的に見ると、こういった疫病や天変地異が頻発する時代は、多くの場合動乱の時代の幕開けとなることが多いように見受けられます。
天変地異が、人の心もすさませてしまうのかもしれませんが、世界が動乱に陥る予兆とならないことを切に願います。

2022年6月9日(木)

 業務連絡+α
投稿:長野 央希
子宮頸がんワクチンのご案内通知が郵送されているかと思います。
当院でも、子宮頸がんワクチンの接種が可能ですので、御電話にてご相談下さい。また、新型コロナウイルスの4回目のワクチン接種の案内通知も送られ始めておりますので、ご希望の方はご相談下さい。ただし、4回目は3回目から最低5ヶ月の間隔を明ける必要がありますので、御注意下さい。

現在は、多種多様なワクチンが存在しております。その中でも、子宮頸がんワクチンのように、将来的な発がんを予防するというワクチンは、極めて重要な存在であります。
ウイルスや細菌と癌の関連に関して言えば、子宮頸がんはヒトパピローマウイルスと、ヘリコバクターピロリは胃がんと、B型、C型肝炎ウイルスは肝臓癌とと言った具合です。その他、エイズの場合であれば、HIVウイルス感染の特徴から慢性的な免疫不全を生じ、結果的に様々なウイルス、細菌、原虫の感染を併発し、持続的な感染が、慢性的な臓器の炎症を惹起することで、多様な癌の発生につながっていきます。恐らく、現段階では分かっていないような感染症と癌との関連も、時代が進めば、更に判明していくことが想定されます。
癌は早期で発見できれば、その分治療も容易になりますが、進行癌になれば、やはり治療も複数の治療を組み合わせたりする必要が出てきますし、癌発病の精神的な苦痛も計り知れないものがあります。そういった意味で、ワクチン接種することで、感染を予防し、将来的な発がんを抑制するというのは、極めて理にかなった発想で在ると言えます。
勿論、ワクチン接種に対しては多様な意見があり、ワクチン反対派の方も少なからずおられます。その思想は自由であり、決してワクチンは強制されるべき者ではないと思います。しかし、これまでに人類がワクチンの恩恵をどれだけ受けてきたかという事実も忘れてはならないと思うのです。
エドワード・ジェンナーが天然痘のワクチン(種痘)を考案して以降、それまで歴史的に見ても多くの死者を出してきた天然痘が、20世紀には根絶出来たと言うこと自体、驚異的であると言えます。
今ですら、ワクチンに対しての賛否両論がある現状で、ジェンナーの時代を振り返ると、彼の功績の偉大さが更に浮き彫りになると思いいます。あの当時は、当然ワクチンなどという概念もなく、周囲には多くの迷信で取り巻かれ、人々の偏見や風評被害といったものも尋常でない中で、ジェンナーは自分の信念を貫いたことを見ても、彼は医療界の革命家とも言えるのではないかと思えてきます。そういった意味でも、私はジェンナーに対して尊敬の念を抱いております。信じがたい様な風当たりの強さの中、自分の考えた医療行為をやめないというのはもはや鋼の精神と言わざるを得ないかもしれません。
「百万人と雖も、我行かん」。私も少しでもそうなれるように努力したいと思っています。

2022年6月1日(水)

 落語から思うこと
投稿:長野 央希
私は小学生時分から、落語が好きで、落語の本を読んだり、その後は落語のCDを聞いたりしてきました。今でも車を運転している際に落語を流していることがしばしばあります。実家に、昭和の大看板達の落語のCDがあったことから、それらを聞いている内に落語に魅了されたと言えます。
とりわけ好きなのが、5代目古今亭志ん生と、3代目桂三木助です。当然、二人とも私が生まれる前には鬼籍に入っておりますが、CDを聞いていると、何だか今でも生きているような錯覚を覚えるものです。その二人は、若い内は放蕩を尽くし、いわゆる「のむ、うつ、かう」の悪癖で、一時は身を持ち崩しているような共通点がありました。志ん生は、関東大震災の時に、東京中の酒がなくなると思って、酒屋の樽の酒をへべれけになるまで飲んでいるというような逸話がありますし、酒が飲めるという理由もあって、三遊亭円生と満州の前線に慰問として赴いています。どちらも、生きるか死ぬかというような危機的な状況であるにもかかわらず、何か面白みのある逸話となってしまっているところが、彼の生き様自体、落語的なのだと思われます。この二人は、そういった人生の修羅場をくぐってきたことで、ある意味芸にも凄みが出ているのかもしれません。そういったことが、私がこの二人の噺家に惚れ込む理由なのかもしれません。
志ん生の場合、天才たる所以か、寄席での出来不出来がかなりはっきりしていたそうです。私の場合はCDでしか聞いていないため、出来の良い内容のみを耳にしているとは言えます。あるときには、高座に上がってから、座って眠ってしまっていたという伝説のような話もあり、更には、弟子が起こしに行ったら、客席から「寝かせておいてやれ」と声が上がって、笑いが巻き起こったという話で、この逸話もまた落語の様な話です。ここで考えさせられるのが、今であったら、舞台で役者が寝ているような状況なら、客席から恐ろしいブーイングが起きるだろうということです。そういう意味でも、ある意味、客の側もおおらかな余裕のある時代であったのかもしれません。
また、若き日の志ん生や三木助の如く、放蕩三昧な生活をしているような芸人がいたら、今のマスコミやSNSでは、大変なバッシングで、その芸人は潰されてしまうことになるでしょう。昭和の名優といわれる人も、今の一般的な尺度でいったら、ほとんどテレビで放映できないような話になりかねないように思います。昭和のある時期までは、芸能人というものが、雲の上の人と言うイメージであったため、桁違いな金遣いや遊び事も、大目に見られていたのかもしれません。それが、いつしか、一般人からすれば、等身大の、近い存在であることを、芸能人に求めるようになった為、自分たちと同じような生活様式や価値観でなければ、バッシングしてしまうような風潮となっていっているように見受けられます。その結果、芸能界も以前に比べれば画一的な感じになってしまっているのかもしれません。これは、スポーツでも言えます。確かに昔よりは野球選手などは高級取りになっていますが、かつてのように酒を飲んでマウンドに上がる人などはいなくて、そういった意味で、キャラクターが小市民的な優等生タイプで統一されがちになっているように思われてしまいます。
個性を尊重する世の中といわれますが、結局、それぞれの個性よりも多数派の価値観に人をはめ込もうとする風潮が強いように思えてしまうのです。

2022年5月20日(金)

 ハチとの攻防
投稿:長野 央希
初夏のような気候となり、雑草の成長する速度が増してきております。それに伴ってというか、様々な昆虫が飛び交うようになっております。種類のよくわからないような甲虫が、発熱外来の外の壁に留まっていたりすることもしばしばです。きれいな青光りした甲虫や、黒ベースに黄色っぽい縞模様の入った甲虫などもいて、面白いものです。また、家の庭に限らず、五十嵐1ノ町界隈では、くまんばちが沢山飛んでいたりします。羽音は大きいですが、それほどの実害もないので、様子を見ていますが、さすがに発熱外来周囲で巣を作ろうとするアシナガバチは、撃退せざるを得ない状況です。発熱外来は物置を利用していますが、その軒下というのは、ハチにとっては巣を作る格好の場所なのかもしれません。昨年も、アシナガバチが巣を作っていたところを発見したので、何とか巣を軒下から引きはがした経験があります。作っている途中の巣を除去すると、案外と、ハチもあきらめよく、再度巣を作ろうとはしないようでした。
今年も、同じ個体かはわかりませんが、大きなアシナガバチが、巣作りのために襲来しておりました。一度は、発熱外来の室内まで侵入して、しばらくそこに滞在しておりましたので、一時、私が発熱外来に入れないというような状態になっていました。身近にあった次亜塩素酸のスプレーをハチに噴霧しましたが、当初はびくともしませんでした。何とか噴霧し続けていると、いよいよ不快に思ったのか、外に飛び出していきました。
今回も、巣の根本が出来上がったところで発見し、巣を除去してからは、ハチの訪問がピタッと止んでいます。ハチとしても、無駄な労力を惜しむ気持ちがあるのでしょうか?あるいは、次亜塩素酸(いわゆるハイター)のように妙なものを吹き付けられること自体が不快なのかどうか?
ハチでハイターを浴びせられるという経験はそうそうないでしょうから。
幸いに、発熱外来に患者さんがおいでの際に、ハチの襲来を受けたことはないのが幸いです。
冬場は、とにかく寒くて、凍えそうになりながら、突風や吹雪との格闘でしたが、これからは厳しい直射日光や、アスファルトの焼けるような暑さとの闘い、あるいは様々な昆虫との攻防の時期になってきます。
熱中症も増えてくる時期ですので、私自身も、皆様もくれぐれもご注意いただきたいと思います。

2022年5月17日(火)

 ロシア・ウクライナ戦争
投稿:長野 央希
ロシアとウクライナとの戦争が依然として続いており、終わりが見いだせない状況となっております。この両国内では新型コロナ感染はどのような状態になっているのだろうかという素朴な疑問があります。古来から、戦争によって、天然痘やペストや梅毒の感染が拡大した例は多々ありますが、今回はどうなのでしょうか?それはともかくとして、両国の国力差を考えた場合、ウクライナ側の耐久力には感嘆せざるを得ません。同時に、ロシアの戦争の進め方に大きな問題があることも間違いないと思われます。
日露戦争の際にも、日本とロシアとの国力差は相当な物であり、世界中からして日本が勝てるとは考えていなかったはずです。ロシアという国は、恐らくその資源や経済力などを背景に、自分たちが軍を派兵すれば、日本は即座に降参するだろうと高をくくっていたに違いありません。結果的に緻密な戦争計画を立てたり、それを正確に実行していこうと言う謙虚な姿勢がかけていたのでしょう。要は、慢心です。一方の、日本は、爪に火をともすような状況で、国家的な破産の危機感を持っていた分、どうやって戦争を進めていくか、心血を注いでいたと思われます。戦争を進めて行くには、まずはどのように戦争を終結させるかのゴールを描く必要があります。漠然としていても、そのゴールに向けて、戦争計画を練っていく必要があると言えます。これは、実は医療にも言えます。医療は患者さんの体内で起きている病気との戦いになりますから、ある意味患者さんの体内での戦争と言えなくもないのです。従って治療を行う場合には、治療のゴールをある程度見定めて、それに向けて治療の計画を練っていく必要があるのです。
もちろん、医療であれ、戦争であれ、様々な不可抗力や不測の事態が起きますので、予定のゴールを修正する必要が出てきたり、計画を練り直す作業の連続となりますが。
話がそれましたが、日露戦争では、満州軍総司令部の大山、児玉元帥は世界の世論をも巻き込んで、ロシアとの戦いを進め、薄氷の勝利を得たと言えます。
一方で、太平洋戦争当時では、大本営としては、戦争のゴールも含めたビジョンというものが、どれほどあったでしょうか?結果的に、無計画に戦線が拡大し、そもそも日本の経済力や資源で戦争が維持できないような状況を作っていき、最終的に信じがたいような大敗を喫します。
戦争自体やってはならないことですが、これほど破れかぶれな戦争は最も下策といわざるを得ないでしょう。
今現在のロシアは、日露戦争の時のような、国力に物を言わせて、押し切ってしまおうという傲慢な姿勢が垣間見えます。
そして、あの当時は帝政ロシアという、皇帝独裁国家で有り、政府や軍の交換は多くが貴族階級で有り、皇帝の機嫌を損ねないようにという保身の意識が強く、国家のためという様な意識は希薄であったかもしれません。
今のロシアでも、政府や軍の上層部はプーチンという独裁者の機嫌を伺い、自身の身の安全を第一にした行動原則で動いている可能性があります。
そういった意味でも、日露戦争当時と今のロシアとが、かぶって見えてしまうのです。
ただ、今もウクライナの国土は戦禍で荒廃していっています。一刻も早く戦争を終結させる必要があります。
ロシアとしても、出口が見えない状況となってきている現状、西側諸国トの妥協点を探りたいという時期に入ってきているかもしれません。
国際社会の外交的センスが問われていると思います。

2022年5月10日(火)

 連休中の診療体制に関して
投稿:長野 央希
ゴールデンウイーク中の診療に関して
4/28 9:00〜12:30通常通り
  15:30〜18:00 発熱外来のみ
4/29 休診
4/30 9:00〜12:30 通常通り診療
5/1 休診
5/2 9:00〜12:30,15:00〜18:00 通常通り診療
5/3 休診
5/4 9:00〜12:00 発熱外来のみ
5/5 休診
5/6 9:00〜12:30,15:00〜18:00 通常通り診療
5/7  9:00〜12:30 通常通り診療
5/8 休診     となります。宜しくお願い致します

2022年4月21日(木)

 業務連絡
投稿:長野 央希
若干ずつではありますが、ファイザー社製のワクチンが手に入るようになってきておりますので、モデルナ社、ファイザー社でもワクチン接種可能となっております。
よろしくお願いいたします。

2022年4月18日(月)

 戦争の本質
投稿:長野 央希
ロシア-ウクライナ戦争が続いております。一部報道では、キーウ(キエフ)攻略を諦め、ウクライナ東部と南部に戦力を集中することになるような話です。戦力、国力の差からすれば、ロシアは早急にキーウを占領し、ウクライナの政権を転覆させ、自分たちの傀儡政権を置く構えであったと思いますが、その目論見は達成できていないという状況です。
そもそも、戦争においては、重要局面に戦力を集中させるのが鉄則でありますが、今回のロシアはそうしていません。これは完全にウクライナをなめきっていたことの表れなのではないかと思えてしまいます。戦力を分散させたことで、補給もままならなくなり、戦闘が長期化していくという悪循環に陥っているように見えます。こういった過ちは、歴史上しばしば見られます。ナポレオンもそうして最終的に敗北しました。第二次大戦の日本、ドイツともそうでした。日本は、陸海軍とも満州、中国〜東南アジア、オセアニアとあまりにも戦力を分散させ、戦線を拡大させ、信じがたいような敗北を喫しました。日本の国力、兵力を考えれば、そんな広大な戦線を維持できないことは冷静に考えれば、自明であったはずなのに、ここにも驕りのような面があったのかもしれません。
これからロシアが兵力を東部、南部戦線に集中させることとなれば、同地域での戦闘はさらに悲惨さを増していくことが予想されます。
現在、ロシア軍によるウクライナの民間人の大量虐殺が世界的に連日のように報じられ、問題視されています。とんでもないことではありますが、恐らく、これが戦争の本質なのだと思います。
@志願兵の中には戦争行為や残虐行為を好む、あるいはそういったことを躊躇なく行えるようなタイプの人が少数であっても存在しているだろこと
Aロシア兵のなかで、自分が殺されるという恐怖の環境に置かれていることで、殺されるなら、殺してしまおうという自衛の気持ちになり、恐怖のあまり誰彼かまわず殺傷してしまう事態になりえる
Bロシア兵において、仲間が殺された場合、その戦友への復讐心から、ウクライナ兵であろうが、民兵であろうが、民間人であろうが、ウクライナ憎しの念で殺傷行為に及んでしまう場合もありえる
C同様にウクライナ側でもロシア憎しで、攻撃を仕掛け、お互いが恐怖と憎しみの連鎖で殺傷沙汰に歯止めがきかなくなってくる可能性
Dロシアの上級軍人がどういった戦争哲学を有しているのかという問題があり、彼らが戦時下での民間人を保護しようという意思がないのであれば、それはその部下達にも浸透していってしまう。
E逆に上級軍人は騎士道精神のような物を有していても、軍の統率がとれていなければ、部下達は思い思いの行動をとり、収集がつかなくなってしまう
F軍の士気がが低下すれば、脱走兵が増え、脱走兵は自分たちが生き抜くために夜盗の群れのように成り下がってしまう危険がある
G死地に置かれる兵士達は、明日をも知れぬ不安や、常に緊張を強いられる状況で、刹那的な快楽や悦楽を求めがちと也、暴行などの犯罪行為に手を染めてしまう
こういったことが積み重なれば、民間人には手を出さないという、モラルなど吹き飛んでしまうでしょう。結局、モラルを守ろうと思えば、戦争など出来ないはずなのです。戦争を始める側は、戦時下モラルなど守ろうと思えなくなる可能性が高く、これこそ戦争の本質なのではないかと思えてしまいます。だからこそ、戦争は行ってはいけない、憎むべき行為なのです。そして、どんなに大義名分が立派であったとしても、戦争は所詮殺し合いでしかないということです。
とにもかくにも、一刻も早く戦争が終結し、ウクライナの人々が心の底から笑い合えるようになってほしいと切に願います。

2022年4月8日(金)

 愛国心(3)
投稿:長野 央希
では、愛国心というものは何なのだろうと疑問がわいてきます。
あれこれ考えると、愛国心の最も原始的な意識は、犬猫などの縄張り意識なのではないかと思うのです。自分のテリトリーを侵害されたくないという思いとともに、自分のテリトリー内で自分の仲間や自分に従順な者たちを守りたいという思いが、愛国意識の、より初期の存念なのではないかと考えられます。
それが、徐々に隣のテリトリーの方が快適な環境であると考えた場合に、そちらを支配下に置こうと紛争が生じていくのだろうと思われます。ここまでは、人間以外の動物にでも見受けられるような事象かもしれません。
人間の「愛国心」「民族主義」というものは、自分の住む土地を守りたい、自分たちがより快適に過ごしたいため周囲の土地を手に入れたいという原始的な欲望に、自分の住む「場所」を神聖なものとした宗教意識が付加されたところに、人間の特異性があるような気がします。その宗教観のようなものが、時に狂信的な愛国心、民族意識につながり、結果的に差別意識や他の国や民族に対する優越意識を生じさせてしまっているのではないでしょうか?そうして、「自分たちが世界で最も優れており、世界を征服しなければならない」というような誇大妄想を抱いた場合、周囲や世界に甚大な被害をもたらすのではないでしょうか?
そして、民族というものは何なのだろうという疑問も抱いてしまいます。
例えば、日本人は大和民族と言っていましたが、大和民族とは何なのでしょうか?縄文人が渡来系の人たちや弥生人との混血を進めていく中で、どの段階が純粋な大和民族と言えるのでしょうか?
英国はアングロ・サクソン系と言いますが、そもそもが英国王室は、プランタジネット朝のころは、ほぼ完全なフランス人であったわけで、その後もドイツなどの諸侯との政略結婚を経ていますので、王室自体が、まるでアングロサクソンではないとも言えます。国民も然りです。元来、ケルト系やアングロサクソン系、フランス系、北欧系などが複雑に入り混じっています。
ドイツでゲルマン魂とよく言いますが、純粋なゲルマン人などどれほど存在しているのでしょうか?
自分が「○○民族」であるという発想自体が、実は幻想なのではないでしょうか?
民族意識というのは、この幻想に酔ってしまっている、ある意味ナルシスティックな意識なのかもしれません。

もっとも、私は、日本が存亡の危機に立たされた場合、自分としては日本を守るために命を捨てられるだけの勇気を持ちたいと思ってはいます。これも十分自己愛的な愛国意識ではあると思いつつも、やはり日本を汚されたくないという思いは強いです。
愛国心を、自衛の為のみに限定させるにはどうしたらいいのでしょうか?
他国を侵略して、自国を富ませたいという利己的な愛国心はどうしたら、抑制できるのでしょうか?
人間が有するようになって日の浅い、民族意識、愛国意識を、もっと深く理解していく必要がある時代なのではないかと思っています。

2022年3月25日(金)

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