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 台風一過
投稿:長野央希
先週末から今週頭にかけて、台風10号が、記録的な強さを保って、九州に上陸し、甚大な被害をもたらす可能性があると報じられてきましたが、被害の出た地域があったものの、不幸中の幸いで、報道ほどの被害は免れました。
とはいえ、台風シーズンの本番はこれからとも言えます。
昨年はラグビーW杯の期間中に、台風による大雨の被害が著しかったことは記憶に新しいところではあります。
最近は地球温暖化の影響もあってか、梅雨の雨量や台風の規模が常に記録的な状況となっています。地球の温度の高い状態が持続すれば、こういった「記録的」な大雨や台風は常態化していってしまうのではないかと懸念せざるを得ません。
今月、来月は、引き続き台風への備えをしっかりしていくことが必要かと思われます。
また、日本全体としても気温が高くなってきている点で、基本的に台風の影響をうけない北海道も、今後は台風と無縁というわけにはいかなくなるかもしれません。
台風被害、大雨被害は、日本全国で起きえる事象と考え、防災に取り組む必要があります。被災した場合に、我々医療機関もどのような協力ができるかを考えつつも、行政などとも密な連携をとって、転ばぬ先の杖としての対策を講じておく必要があるものと思います。


2020年9月9日(水)

 浄福を得んがためには、各々その流儀あるべし
投稿:長野央希
タイトルはプロイセンのフリードリヒ大王が述べた言葉です。
信教の寛容を示した言葉として独語辞書に載っていたりします。

先日、フランスのシャルリー・エブドという雑誌がイスラム教のムハンマドを侮辱するような風刺を載せて、すごい売れ行きであるという記事がニュースになっておりました。この風刺雑誌は、以前から、ムハンマドを冒涜するような記事を載せて、襲撃にあったりしていました。
襲撃自体は許される行為ではありませんが、彼らの載せている記事も、表現の自由で片付けるべき内容なのか、甚だ疑問を禁じ得ません。
私はイスラム教徒ではありませんが、イスラーム文明、文化には興味があり、多少勉強していたこともありました。
表現の自由と言って、他人の家族や親類を公然と馬鹿にして良いものでしょうか?馬鹿にされた側になってみて考えていただきたい。イスラム教徒にとっては、父母を超えるほど尊敬してやまないムハンマドを、他教徒が侮辱するべきではないと思います。表現や信仰の自由を、はき違えている人が多いように思えてなりません。
そもそも、件の雑誌が毎年のように挑発的な行為を繰り返しており、マカロン大統領からも表現の自由を守るものとして称賛されたりしましたが、こういった背景には白人の帝国主義の名残としての差別意識が透けて見えるようで、大変不愉快に思います。自分たちが植民地化し、虐げ、搾取してきた地域の人たちを軽んじても、恥ずかしいと思わない心性があるように見受けられます。(本人たちは差別意識が根底にあることにすら気付いていないかもしれませんが)
それこそ、今年は時に過剰とも思えるくらいに、差別を糾弾するような出来事が多くありました。そんな中で、「表現の自由」の名のもとに、多くの人を不快に思わせる内容、差別的な内容を述べ立てる白人的傲慢さが無くならない限りは、永久に差別はなくならないだろうと思います。


2020年9月7日(月)

 猛暑の中で
投稿:長野央希
昨日は近づきつつある台風の影響もあるのか、フェーン現象で、新潟もひどく暑い一日となりました。魚沼では、所により40℃まで上昇しておりました。溶けてしまいそうなほどの暑さにうんざりしていると、また、車中での子供の熱中症死のニュースがありました。
高松市で車中にいた6歳と3歳の女児が亡くなったということです。昨日の高松市の最高気温は36.6℃であったということですから、車中の温度がいかばかりであったかは想像するに難くはありません。
子供を車中に残した母親が、どのような用事で、どれほどの時間車を離れていたのかは報道されていないため、無責任に母親を非難することは控えます。ただ、車に残った子供たちのことを考えると、いたたまれない気持ちになります。
想像してみましょう。
車に残された子供の気持ちを。最初は、すぐに母親が戻ってくるだろうと待っている。一向に戻ってこないことから、不安や恐怖に襲われる。元気なうちは、泣きながら、車の窓を叩いていたかもしれません。6歳の姉の方は3歳の妹を気遣っていたかもしれない。そのうち、高体温で脱水も進んで、泣く余力もなくなり、絶望感の中、徐々に意識がなくなっていく。どれだけ、辛かったか。
あるいは、想像してみてください。もし自分が、その車の前を通りかかった時に、窓を叩いている子供がいるのを目撃してしまったら。車には鍵がかかり、開けてあげられない。警察や救急車を呼んでも、すぐに来てくれないうちに、子供が力尽きていく一部始終を見てしまったら。自分の無力感を呪いたくなるかもしれない。
また、もし自分が、その当事者で、車中に子供を置いていった親であったらと想像してみましょう。自分が子供を死なせてしまったという自責の念と後悔の念を抱き続けつつ、家族や親類、社会からは白眼視される一生を送らねばならない。
ちょっとした油断やミスが、これだけ大きな結果をもたらしてしまうのです。そして、こういったことは、他人事ではなく、常に自分も当事者になりえるということを想像して、どうしたら、ミスを未然に防げるのかという対策を一人一人が講じていかねばなりません。
二人の幼い命に関しては、御冥福を祈りつつ、こういった事故(場合によっては事件)がこれ以上繰り返されないことを切に願います。


2020年9月4日(金)

 日本人のと特質
投稿:長野央希
私も色々な病院で働いてきました。東京、北海道、埼玉、新潟と様々な経験をさせていただきました。
地域によっての特徴の差はありますが、一般的に言って、多くの肩書を持つ医者は、その人のレベルがどうあれ、一目置かれる傾向があります。この傾向は都市部でかつ年齢が下がると弱まり、地方の高齢者になると、この傾向が強まる印象があります。
同じ医療を行っていても、部長だの院長だの博士だの肩書があったり、医師の年齢が上になれば、患者さんからより一層有難がられることがあります。
そういう意味で、日本人(どこの国でもそうかもしれませんが)は権威者に弱いという特徴があるように思われます。権威者が言うことは絶対の様に感じてしまう人も少なくないと言えましょう。医師の中でも、そういった面がしばしば見られます。勤勉な意思は、多くの論文を読みます。より権威のある論文雑誌や権威のある著者の言うことを、不可侵のものの如く有難がる人がいます。その道の大家の言うことなので、正しいことが多いのは間違いないとは思いますが、こういった権威者信仰の様な姿勢はいかがなものなのだろうと考えてしまいます。かつて、ガリレオ・ガリレイは医師を志していましたが、来る日も来る日もアリストテレスやガレノスの著書を盲目的に読まされることにうんざりして、医師の道を諦めました。権威者の著述をやみくもに覚えることは、いわゆる学校秀才にとっては、最も得意とするところではありますが、ガリレオの時代の医学の姿勢とあまり大差がないように思えてしまいます。
また、日本人はブランドに弱いとも言えます。これも、権威に弱いのと通じる部分があると思われます。ブランドと言いうだけで、その縫製がどうか、丈夫さがどうか、デザインがどうなのかなど、あまりこだわらずに、高額を払っている人たちがいます。
有事においては、上の者が言うことに、盲目的に従属し、猪突猛進にことをすすめることが大切な場合もありますし、こういった姿勢が日本の高度経済を推し進める原動力になってきたとも言えますが、平時には、色々な物事を自分の五感で感じ、時には疑問を呈することも重要なのではないかと思う今日この頃です。

2020年9月2日(水)

 新型コロナ 
投稿:長野央希
依然として、連日のように感染者が何人、どこそこでクラスター発生などのニュースを見ます。
同様にすこしずつ、研究機関によるコロナウイルス関連の研究成果も発表されるようになってきております。
先週には、大阪大学による報告で、新型コロナウイルス(COVID−19)は早期にサイトカインのIL-6が血中で増加し、ここから血液凝固を促進する分子であるPAI-1を放出する結果、肺炎の重症化やDICなどの重症病態を惹起しているということがわかってきました。
これまでにサイトカインストームを抑制する目的で、関節リウマチやキャッスルマン病などの自己免疫的な疾患に使われるトシリズマブ(アクテムラ)が使用され、有効性が確認されておりましたが、上記の報告からもIL-6阻害薬であるアクテムラが新型コロナの重症例に有効である機序が再確認されたと言えます。
一方、香港から新型コロナ感染から回復した男性が、4か月半を経て、再感染したという報告がありました。二回目の検査では一回目の検査とは異なるコロナウイルス株であったということであり、今後、集団免疫が獲得されても、COVID-19の感染が継続する可能性がありえると言えます。
また、ワクチンがどこまで有効であるのか、さらなる検証が必要であろうと思われます。

分からないことが多いために、徒に不安が増強されてしまっており、それによりうつ気味になってしまったり、ヒステリックに反応してしまう傾向があります。そう言いう意味でも、少しづつとは言え、徐々に色々なことが分かってきていることが極めて重要であります。
コロナそのものから健康を守ることも重要であり、同時にコロナに関わって生じている社会の歪みを、少しでも解消していかねばならない時期にあると思います。


2020年8月31日(月)

 いじめ
投稿:長野央希
吉田裕著『日本軍兵士』を読みました。
先の大戦末期は軍紀の乱れも著しく、古参兵が新兵に対して、軍人精神の注入ということで、拷問の様な私的制裁が行われている例が少なからずあり、時には死亡事故にまで至ることもあったようです。その際に事故のあった班の分隊長から軍医に対して、検死内容の改ざんを依頼されるケースもあった模様です。軍として、私的制裁を厳禁していたものの、下士官や下級士官が見て見ぬふりをしていたりと言いうこともあったようです。
これを読んで、何年か前の相撲部屋の「かわいがり」の結果で亡くなった若手力士の事件を思い出しました。
戦前、戦中の悪しき伝統が、一部の業界では脈々と生き続けてきたのだなと感じましたが、流石に現代では、そういった悪習は徐々に排除されてきてはいると信じています。

いじめにも様々あり、身体的ないじめから精神的ないじめ、はたから見ても、間違いなくいじめとわかるものから、傍目ではいじめなのかじゃれあっているのかもよく分からないものまであります。
私は横浜にある高校にいたため、寮に入っておりました。入寮して一か月ほどしたところで、寮生の一人の両親が「息子がいじめられた」と怒鳴り込んできて、結局その生徒は退寮していったという事件?がありました。
私は、その生徒とそれほど接点がなかったため、挨拶や軽く会話する程度の関係でしたが、とてもいじめられているようには見えませんでした。実際、いじめの内容は妙なあだ名をつけられたということだったようです。
いじめていたとされる生徒たちとも、後日仲良くなりましたが、とてもいじめをするような連中でもありませんでした。恐らく、無邪気に友人とじゃれあっているような感覚で、あだ名をつけていたというのが実情だったのであろうと思われます。この時に学んだことは、被害にあった側が「いじめられた」と感じれば、そこにいじめが成立するのだということです。
これはセクハラやパワハラ、ひいては差別にも言える話であろうと思います。
昨今では、ネットでの書き込みがいじめに発展していく場合もあり、何気ない生活の中で、突然自分がいじめの被害者にも加害者にもなってしまいうると言えます。
残念ながら、いじめも差別もこれまでなくなった試しがありません。
だからこそ、常に自分や身内や友人がいじめの当事者になる可能性を考えて、自分がその被害者になったらという想像力を働かせて、いじめの問題を考えていかねばならないのだと思います。

2020年8月29日(土)

 雑草
投稿:長野央希
先日、長らくサボっていた庭の草むしりを行いました。
梅雨が長かった影響もあるのか、庭一面で恐ろしいほど雑草が繁茂しておりました。
雑草にも様々なものがあり、私の背丈よりもあるものから、はかな気にひっそりと生えているもの、大変きれいな青紫色の花を咲かせているもの、ラズベリーの様な実をつけているものまで色々とあって、面白いと思いました。
また、背丈が高くても、根をそんなに張らないために、簡単に引き抜けてしまうものもある一方で、背は低いのに恐ろしく根を強靱に張るため抜くのが一苦労なものもあったり、木の枝くらいの強度を誇る茎のものもあったりと、面白いだけでなく、かなりの重労働になりました。加えて、蜂や蜘蛛が自分の住処を死守しようとしているようで、何だか自分のやっていることで罪悪感のようなものも感じてしまいました。
 人があまり来ないような山で、山歩きをしてると、雨の多い時期では一週間で二倍の背丈に伸びていたり、登山道が獣道の如くなるのを、しばしば見かけましたが、雑草の生命力には感服せざるを得ません。

思えば、雑草というのも失礼な呼び名ではあります。人間にとって、食用にならなかったり、役に立たなかったり、邪魔であったりということで、雑草と総称されてしまっています。
中には雑草から抗がん剤の成分や漢方薬の成分などが見つかることもありますので、もしかすると、今後はより多種の雑草が”人間にとって”有用であると判明してくる可能性もあります。あの生命力の強さを研究するだけでも、何か興味深い発見が得られるのかもしれません。

私も、雑草を見習って、人からどう言われようとも、自分の信念を守れるような強さを持ちたいものだと思いました。

2020年8月25日(火)

 固定観念
投稿:長野央希
4〜5月にかけて、埼玉県内のコロナ診療のために、医療支援に行っておりましたが、この際に右折禁止の標識を見落として、違反切符を切られてしまいました。この際に警察官の方が、自分の免許証の住所が新潟なのを見て、色々質問され、自分が医療支援で埼玉にきていることを知り、自分に対して、大層申し訳なさそうにしておられたのが印象に残っています。(流石に違反は見逃してはもらえませんでしたが)
これまで、救急に携わっている際にも、交通事故や事件などで警察の方々とも関わりましたし、個人的に交通違反などで絡むことがありましたが、いずれの場合にも、警察官に高圧的にふるまわれたこともなく、むしろ親切にしてもらって、気の良い人達だなという印象の方が強い気がしていました。

この春に米国では警官によるアフリカ系米国人に対する殺人で大騒ぎになり、警察の組織改革の動きや人種差別に対する抗議運動などの社会の大きなうねりにつながりました。
個人的には米国の保安官や警官の事情を知らないので、銃社会によって凶悪な犯罪者が多いために警官の方も攻撃的になっているのかは分かりません。ただ、今回の騒動の発端になった事件も、報道の断片をつなぎ合わせた知識では、殺されたアフリカ系米国人男性は贋金使用の疑いがあったりということで、少なくともか弱き善良な市民が警官の横暴で殺害されたという構図ではないということが言えそうです(勿論、殺されてしまっていい理由には決してなりませんが)更に、単純な人種差別の問題なのかもよく分かりません。抗議運動も途中からはコロナによる社会不安や不満のガス抜きのような側面を持っていたような気がしました。

少なくとも、警察官の大半は善良で誠実な人達であると思います。ごく一部に問題のある人がいるとは思いますが、そのごく一部によって「警官は横暴である」とか「高圧的である」という固定観念につなげるのはいかがなものかと思います。必ず、どの業界にも問題のある人が一定数いるのにも関わらず、「警官は…」とか「医者は…」とか「官僚は…」とかの負のレッテルを張って、そういった色眼鏡で見るのは慎むべきなのではないかと思います。
ネットの情報を妄信的に信じるのではなく、自分でしっかり判断していきたいものです。

2020年8月24日(月)

 新型コロナ 個人的な印象
投稿:長野央希
昨日に続いて、新型コロナに関して個人的な印象、思いを書きますが、本日も確たるエビデンスもない事柄につき、適当に読み流していただければと存じます。
これまで、新型コロナ感染に携わり(といっても、患者さんの数は10数名という程度ですが)、また色々な報告を見て思うことは、新型コロナ感染患者さんは、同時にアデノウイルスや溶連菌感染等を併発している例が、しばしばあるのではないかということです。
元々、コロナウイルス自体が風邪を引き起こす代表的なウイルスの一つではあります。そのほか、ライノウイルスやアデノウイルス、ヒトメタニューモウイルスなどが代表的な風邪の原因ウイルスではありますが、実際のところ、感冒症状で医療機関を受診しても、実際には何のウイルスが原因かまで検査していることはほとんどないと思います。大概は風邪は自然に改善、治癒していくことがほとんどですので、そこまで検査を行う必要性もない上に、特効薬があるわけでもないので、いっそうウイルスの道程を行うだけ労力の無駄と感じてしまうからでしょう。結果的に風邪を惹起するウイルスに関する研究はさして行われずに来ていると言えます。
2012年以降で中東にて感染が拡大していったMERSコロナウイルスの時は、2015年に韓国でクラスターが出たりと大騒ぎになっておりましたが、日本では感染が見られず、ほとんど対岸の火事の様な様相を呈しておりました。
これまでもコロナウイルス絡みの感染流行はしばしばあった可能性がありますが、やはりそこから研究の目覚ましい進歩は見られていないのが現状です。
そういった事情もあり、我々が風邪を引いた際に、単独のウイルス感染なのか、複数のウイルスや細菌の複合感染なのかなど分からないことだらけなのです。高齢者の死因において、依然として肺炎は上位にきます。風邪をこじらせて肺炎で亡くなった高齢者が、実際のところ、細菌性肺炎であったのか、ベースにコロナウイルス(新型ではなくても)感染などがあったのかも分からないのです。
感冒(風邪)ほど万人が罹患するものはなく、また「風邪は万病のもと」という諺があるにもかかわらず、まだまだ未開な分野であります。未開な分、風邪ウイルスの研究で、免疫系や発癌等の問題に関しても何らかの発見が期待できるのではと個人的には考えております。

尚、秋以降はインフルエンザと新型コロナの合併というのも問題になってくると考えられます。重症化をきたしやすいのか、どんな経過を取りやすいのかなど、医療者としても、注意深く観察していかねばならないと気を引き締めております。

2020年8月22日(土)

 新型コロナ
投稿:長野央希
現在都内で感染症学会が行われております。
昨年、一昨年と勤務医としての仕事の都合もあり、参加できておらず、今回は是非参加したいと考えておりましたが、現在の社会的状況を鑑み、残念ながら参加を見合わせております。
その学会で、現在が第二波の只中であること、感染者数はピークに達したであろうとの見解が示されました。

新型コロナに関連したことで、自分の関心事などを記載します。
ただし、あくまで個人的な見解で、確たるエビデンスもないことだったりしますので、話半分で読んでいただければと存じます。
(1)重症化予防に関しての、BCG説やワルファリン感受性説は、とても興味深い説であろうと考えております。欧米と日本などのアジアでの重症者及び死亡者の率の差には、やはりBCGによる免疫への影響があるのではないか。現状はこれを裏付けるほどのエビデンスは得られていないようですが、疫学的には非常に面白いように思われます。また、重症化の要因でDICや廃血栓塞栓症という凝固異常がある中で、ワルファリン感受性説にも、強く関心を抱いております。
(2)日本の各都道府県別の感染者数、死亡者数を診ていると、必ずしも感染者と志望者が比例関係にはないことに気付きます。
新潟県では、感染者数は漸増してはいますが、幸いに志望者は0です。一方で、隣県の富山や石川では志望者数が20〜30人という状況で、この二県と、そう大差のない感染者数の静岡や広島では死者が数名です。
この差は何を意味しているのか?
ウイルス側の問題なのか?宿主の問題なのか?(県民での糖尿病患者や肺気腫患者、悪性疾患患者の割合が高いなど。肺気腫にまではなっていないが喫煙率が高いなど)もしくは、医療体制が整備されていないために、中等症から重症ひいては死亡に至ることを防げていないのか?
あるいは、コロナ感染であることによって、周囲の人たちから白眼視されることを恐れて、コロナの検査を行うことを渋っているうちに、重症化していくというような地域性に根差す問題があったりするのか?

現在は第二波ですが、20世紀初頭のスペイン風邪の事例からすれば、二年間は新型コロナの流行が持続し、第3,4・・波が来ることを想定しないといけないでしょう。今後の流行に際して、治療法やワクチンの開発も重要ですが、疫学的な検証により、地域別の対策を講じていくことも重要であると考えます。




2020年8月21日(金)

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