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大雪 |
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投稿:長野 央希 |
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1月中旬以降で、度々の寒波襲来により、一気に積雪量が増えた地域も多いでしょう。 魚沼もやはり積雪量が急増し、2mを超えるようになっています。 本日は晴天で、気温も比較的暖かめですが、今週末には再度の寒波が来るようで、積雪量がどれほど増えるか住民の方々も戦々恐々とされております。 連日雪が降り続けば、その除雪作業に要する時間も労力も計り知れません。 とは言え、魚沼で言えば、当たり前の積雪量に過ぎないとも言えます。 私が、魚沼に赴任したころには、職員の方々に、「冬場は夜勤後の朝に帰ろうとすると、一晩で1mも雪が積もって、自分の車がどこにあるかわからなくなることがある」という話で脅されていました。自分が赴任中は屋根なしの駐車場でしたが、流石に自分の車の所在が分からなくなるほどの雪が積もったことはなく、温暖化によって降雪量が減っているのだなと実感していました。 私は中学時代からシャーロック・ホームズのシリーズが好きで、何度も何度も読み返しておりました。一時期は、犯人や登場人物の名前で、何の 作品かまですべてわかるほどのレベルでした。 『緑柱石の宝冠』の中で、ホームズが雪に残る足跡から、様々な推理を働かせ、犯人を突き止めていくシーンがあります。私も、それに倣い、雪が降ると、そこに残る足跡から、これは大人か子供か、男性か女性か、犬か猫かなどとくだらない推理をしながら、眺めていることがあります。 しかし、そっれができるのは新潟市くらいまででしょう。 魚沼のように少なくとも膝丈くらいまで雪が積もっているような状況では、いくらホームズと言え、大人か、男女どちらかくらいは類推できても、それ以上は難しいでしょう。ましてや、雪が降り続いていれば、足跡をすぐに覆い隠してしまうように雪が積もっていきますので。 十日町で女子中学生が行方不明となっている事件があります。 外野が無責任な推理を働かせていたり、雪をたどっていくことで行方の糸口がつかめたのではなどという初動捜査への文句のようなことを言っているのを見かけます。 十日町や魚沼の豪雪の程度を知ってから発言すべきだと思います。 大した情報もなく、乏しい判断材料で、推理を働かせるのは有害無益であるとしか言えません。 少なくとも、これらの豪雪地帯では、平地にありながら雪山で遭難するかのような事態が起きてもおかしくはないのです。 大きな側溝は、大雪が降れば、側溝を覆い隠すようにこんもりと雪が積もっていますが、そこを踏み抜けば、側溝の川に転落し、溺死、もしくは凍死するリスクもある。二階の窓から外を見ようと身を乗り出して、そこから転落すれば、2mの雪の海に埋もれて、更に、そこに屋根からの雪が落ちようものなら、転落した跡すら残していない可能性もある。 しかも、新潟市ではめったには根雪になることはなくても、これら豪雪地帯では、ほぼ4月、積雪量が多ければ、ゴールデンウィークくらいまで残雪が残りますから、当面は雪に閉ざされたような空間が残り続けるのです。 そういった状況を把握したうえで、今回の事件を論じる必要があるのに、豪雪地帯の現実すら理解していないのであれば、事件を語る資格すらないでしょう。 ホームズが「判断材料がない、具体的証拠がそろわないうちに論を立てることは判断をゆがめることになり、間違いの原因になる」といった趣旨のことを度々言っています。 肝に銘じるべきでしょう。 今回の件は、どういったことなのか分かりません。 家族的なわだかまりは残るかもしれませんが、本人が意図的に外出し、友人や知人と示し合わせて、その家に隠れているのであれば、少なくとも無事と言えましょう。 何とか、無事帰宅できることを切に願っています。 |
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2026年2月5日(木) |
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柴五郎大将 |
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投稿:長野 央希 |
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『ある明治人の記録』(中公新書)を読んで、柴五郎陸軍大将のことを知るようになり、尊敬の念を抱くようになっておりましたため、柴五郎を扱う書物があれば読みたいと考えていたところ、『守城の人(上・下)』(村上兵衛著 光人社NF文庫)を本屋で見つけて、早速購入し、あっという間に読み終えてしまいました。 柴五郎という人は、幕末に会津藩士の子供として生まれました。 戊辰の役のクライマックスともいえる会津戦争で、会津藩はその中心として戦い、敗れたというのはよく知られたところではあります。越後も奥羽越列藩同盟の一角として戦い、敗れたという、共有する歴史を有しているという点で、会津に対して、私は時代錯誤的と言われても、郷愁を抱くのです。あの会津戦争で、柴大将の祖母、母、姉妹は足手まといにならないよう、辱めを受けないようにと、自刃するという信じがたいような悲劇に見舞われました。この時、まだ10代前半という元服前の多感な時期の少年であった柴が、どれほどの心の傷を負ったのか、想像を絶するものです。戦に敗れ、青森の斗南藩という極寒の地で、まさしく塗炭の苦しみを味わいながら、生き抜いて、その後紆余曲折を経て誕生間もない陸軍幼年学校、士官学校に進み、陸軍軍人として、その後活躍していくことになるのです。 当時、欧米列強の食い物にされつつあった清国情勢に関心を持ち、陸軍きっての清国通となっていきます。 そして駐清国武官として北京在留の際に、北清事変(いわゆる義和団事件)が勃発し、欧米列強と日本の公使館を包囲殲滅しようとする義和団と途中からそれに追随する清国軍を、寡兵の中で撃退することに成功するのです。この際に、連合国の公使館内の司令官は英国公使マクドナルドという人物ですが、実質的な指揮は柴中佐がとっており、日本軍の奮闘は連合国軍の中でもトップと言えたと思います。 そして、この時の柴中佐の水際立った指揮、誠実、勤勉な人柄、日本兵たちの真面目さ、忠実さ、不屈の精神力が、英国公使マクドナルドの絶大な信頼につながり、将来的な日英同盟締結につながり、それが日露戦争の勝利につながったと言えました。 その後、日露戦争でも南山、遼陽、奉天の会戦でも常に前線で戦い続け、重傷を負ったことがあっても、最後まで主力として戦線離脱することもなかったということが驚くべきことであるように思われます。会津戦争で亡くなった彼の肉親たちが守ってくれたのではないかとすら思えてしまいます。 後年、退役してから、日本は泥沼の日中戦争に突き進み、太平洋戦争まで始めて、最終的に未曽有の敗戦を経験することになります。柴大将は、87歳という高齢で、終戦を目の当たりにし、終戦後、自害しようとするも、失敗しましたが、最終的に1945年に永眠されました。 日清、日露戦争という大日本帝国の栄光の頂点ともいえる時代の立役者の一人が、甚大な敗戦までも直視させられたことが、どれほどつらかったか、これも全く想像を絶するものであります。これは、海軍の鈴木貫太郎大将にも言えることですが、彼は終戦時にその敗戦処理の為首相を務めていたので、より苦痛が大きかったかもしれません。 いずれにしても、会津の悲劇を経験し、薩長全盛の中で、賊軍の出身として、大将まで上り詰めた。当時、根強い白人からの差別感も色濃い中で、欧米人と渡り合い、信頼を勝ち取っていった。その強靭、不屈の精神力、誠実で勤勉なひとがらこそ、日本人として、強く敬意を表すべき人物であると思っています。 そして、彼は自分の功績を誇示することがありませんでした。 彼の業績は極めて多大なものであるはずです。 今の時代は、それほどの功績もないのに、アピールが上手で、その功を何倍ににもすごいことのように思わせる人が多くなっている気がします。 自分の乏しい人生経験では、多くを語る人というのは、実質的には、あまり仕事ができない人が多い気がするのです。 自分を語るテクニックを磨く前に、自分の責務ややるべき仕事を、他者にアピールすることなく、切磋琢磨して淡々とこなしていく人が増えてほしいと思うし、自分はそうありたい。柴五郎大将のように地味なようでいても、とてつもないことをやってのけられるような人物になりたいと思うのです。 人の評価をいちいち気にするのではなく、自分がやるべきことを理解し、それをすすんでこなしていく。これ見よがしに人の役に立とうとするのではなく、人の見ていないところも出コツコツと努力し、結果的にそれが人の役になっている。評価は後からついてくればいいと考える。 それを、司馬五郎対象は体現していたように思えます。 そして、それがいわゆる従来の日本人の美徳であり、強味なのだと思います。 |
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2026年2月3日(火) |
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MGUS |
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投稿:長野 央希 |
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れいわ新撰組で国会議員の山本太郎氏が「多発性骨髄腫の一歩手前」の為、議員辞職をするというニュースを見ました。 多発性骨髄腫というのは形質細胞がガン化した状態と言えますが、骨髄腫になると、免疫力の低下に伴う易感染性や病的な骨粗鬆症に伴う骨折、腎機能障害、貧血などの症状がみられるようになります。 骨髄腫を発症した場合は、プロテアソーム阻害薬やサリドマイド系の免疫調節薬(IMIDs)などによる治療導入と年齢に応じ抹消血幹細胞移植などの移植治療を行っていくことになります。 この十年程度で目覚ましい治療の進歩を遂げている疾患であり、状況によっては、最新の治療のひとつともいえるようなCAR-T療法なども行うことになることも考えられます。 骨髄腫の一歩手前というのは、「意義不明のタンクローン性免疫グロブリン血症(MGUS)」の状態と思われますが、通常であれば、あまり症状はなく、あるとすれば、しびれなどの神経症状などと考えられます。したがって、通常は休職を要する状況ではないと言えます。しかも、MGUSは必ずしも骨髄腫に移行するとも限らず、天寿を全うするケースもあります。 それでも議員辞職をするというのが、それほど体調が悪いのか、すでに骨髄腫に進行しつつあり、治療導入目前ということなのか、議員という仕事があまりにも激務で、一般的な仕事をこなすどころの体力では賄いきれないのかは判然としません。もし、だいぶ体調がすぐれないのであって、骨髄腫を発症しているわけではないという状況であれば、別の病態や事情を考える必要があるのかもしれません。 衆院解散となり、近く衆院選挙が行われることになると思われますが、そんな大切な時期に党首が議員辞職を余儀なくされるのですから、れいわ新撰組としても、大変ではありましょうが、山本氏にはくれぐれもお体を大切にしていただきたいと思います。 仮に、今後骨髄腫を発症したとしても、治療の選択肢も格段に広がっていることもあり、あまり悲観的にならずに前向きに治療に臨んでいただければと思います。 血液疾患というのは、難治性のものが多く、難しいという印象を抱かれる方も多いとは思いますが、慢性骨髄性白血病のように、以前は極めて予後不良であった疾患が、今や治療の進歩で、チロシンキナーゼ阻害薬という内服薬のみで場合によっては完治してしまうくらいまでになっているものもあるくらい、近年目覚ましい進歩を続けている領域と言えます。 昨今、血液内科を志す医師が減っていたりという危機感を抱く情勢が続いておりますが、非常に将来性のある分野であると言えますので、どうか若手のドクターには血液内科にも関心を抱いていただけたらと切に願います。 |
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2026年1月22日(木) |
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ジョギングの思い出 |
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投稿:長野 央希 |
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ジョギングを習慣的にしていたころは、駅伝やマラソンの中継というものにほとんど関心を抱くこともありませんでしたが、最近は長距離運転するようなときに、箱根駅伝の往年のスター選手だった方のyou tube番組を聞いていて、箱根駅伝に興味を抱き、今年は1/2に中継を見てみました。(1/3は発熱外来と往診で、ほとんど中継を見ることはできませんでしたが)色々な知識をもって、駅伝を見ると、ただ単に走っているだけの問題ではないことが理解できて、とても楽しめました。昨今は、シューズやトレーニング、技術の目覚ましい進歩で、高速化が進んでいると言うのも学びました。2分50秒/kmを切るのは当たり前のような時代になりつつあるようで、驚嘆すべきペースであると言わざるを得ません。自分が、学生時代に頑張ってジョギングをしている頃、最盛期で10kmを41分というタイムでしたが、いったいどんなトレーニングを積めば、あのタイムを更に1分/km以上縮めて、それをしかも20kmも持続できるのでしょうか? 学生時代に法医学教室で実習をした際に、教室と警察と、海上保安庁の有志によるマラソン大会がありました。2kmの距離で、6分30秒ほどで走りましたが、そのペースは相当つらかった記憶があります。3分/kmを切るのは、自分には無理だと実感するからこそ、駅伝選手たちの圧倒的な凄さに感動するほかないように思われます。 自分はこれまで、新潟で生まれ、高校で神奈川に行き、大学で新潟に戻り、社会人となって東京→北海道→埼玉→魚沼という感じで移動しておりました。それぞれの地でジョギングをしておりましたが、それぞれの地域で、それぞれの思い出があります。 基本的にジョギングの際はゴールもしくは中継地で必ず神社を通るようにしております。北海道時代はゴールの神社が大分高台にあり、なかなかな段数の階段を上り下りしないといけないのですが、それだけでも相当なトレーニングになる気がしたものです。その地域は北海道南部で、海沿いということもあり、あまり雪が降らず、気温もマイナス6度程度でとどまっていることが多かったため、冬場でも外のジョギングは案外つらくはありませんでした。むしろ、埼玉時代は北埼玉なので、冬場に赤城おろしが吹き荒れ、ジョギングしていると、強風で涙が出るほど顔が痛くて、はるかに北海道の冬より辛かった印象が強いです。埼玉は歴史的な影響もあるのか、方々にたくさん神社があり、ゴール地点に事欠きませんでした。その中でも、二つほど印象に残る神社がありました。一つは、神社の参道の片側がお墓になっていることと、夜間神社の境内に全く明かりがないこともあり、夜そこを訪れると、信じられないような寒気を感じるようなところでした。日中ジョギングしているときは、まるで恐怖を感じませんンが、夜間はとにかく恐怖のなか、その恐怖を克服するのが修行だと言わんばかりに走っていた記憶が鮮明によみがえります。もう一つは、かつてのテレビ番組の「あなたの知らない世界」に出てきそうな神社でしたが、日中行くと何か気味が悪い感じがあるのに、夜行くと、暗いわりには怖くないというところでした。不思議な対比を持つ、その二つの神社は強烈に印象に残っております。 魚沼では、川沿いを走るのですが、上流に向かって走っていくと、6〜7月は蛍が飛んでいて、時には目の前を蛍が旋回していたり、晩夏にはヒグラシの声がとても涼しげで、もの悲しく感じつつも、色々と仕事のストレス等も忘れられて、大変心地よく走れました。(最近はクマの出没頻発地域らしいのですが) ただ、夜間はとにかく暗いので、足元が怖いという面がありました。 一度、走り出してしばらくしてから雨が降り出し、走行しているうちに、雷が鳴りだしたことがありました。その際、雷というのものは、驚くほど明るいことを知りました。とんでもないカメラのフラッシュのような閃光で、ものすごく明るくなったと思ったら、ほどなく、信じられないような闇に包まれました。暗くなって、目くらましのような状況の中、結構深くて幅もある側溝に落ちてしまいました。ひざ丈くらいの高さまで水が流れているような小川のような感じのところで、クモにとっても絶好の狩場なのかもしれませんが、ものすごい数のクモの巣を破壊しつつ、川に転落したため、体中にクモの巣がこびりついていました。クモからしたら大惨事であったでしょう。さながら、ウルトラマンで怪獣が突然現れて、民家や工場を踏みつぶしていくシーンがありますが、そんなようなことが降ってわいた感じだったでしょう。この場を借りて、クモたちにお詫び申し上げます。 側溝から這い上がってみると、膝や肘で擦過傷から出血しており、顔中クモの巣がこびりついていて、とにかく気持ちが悪いのです。急いで家に帰って、シャワーを浴びなければという気持ちで、かなり高速でジョギングして帰路についておりましたが、あの時の自分を、車内から目撃したドライバーがいたら、相当怖かったと思います。土砂降りの中で、髪を振り乱して、しかも顔や眼鏡からクモの巣を垂らして、かつ、膝から血が垂れている人がいれば、八墓村のようなホラー映画の1シーンなのではと思ったことでしょう。しかし、流石魚沼なのか、水がきれいだったのだろうと思いますが、無臭でした。 学生時代に一度、巻でどぶ川に落ちたことがありますが、その時は数日強烈なにおいが取れなかったのとは大分違いました。 住んだことはないですが、よく行く広島の厳島では、ジョギングしていると、鹿が面白そうにこちらを見てくるので、その光景を見たくて、島内巡りをしているような気すらします。 |
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2026年1月15日(木) |
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水泳 |
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投稿:長野 央希 |
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1/4に改修工事の終了した西総合スポーツセンターの屋内プールが営業再開しております。 思えば、コスポのプールには断続的とはいえ、大学生の頃からの付き合いのため、かれこれ25年以上通っていることになります。 魚沼にいる頃から習慣的に水泳をするようになっておりましたが、今は週3〜4回泳いでいます。概ね一回につき1.2〜1.5km泳いでおります。 コスポが改修工事中は、西海岸までいっておりました。それぞれに良さがありますが、西海岸は、夏場屋外プールがあって、そこが50mプールである点を気に入っておりました。50mは結構ゆったりと泳げるのが良さでしょうか。今年の夏も時間的余裕があれば、西海岸の屋外プールで泳ぎたいとは思います。 習慣的水泳をする前は、習慣的にジョギングをしておりました。膝を痛めたりと言うことも有り、水泳に切り替えています。 ジョギングをしている頃は、久々の登山や乗馬をした翌日は腹筋や臀部、大腿部で信じがたいような筋肉痛が残り、まともに歩くのも辛いという有様でしたが、習慣的に水泳をするようになってからは、久々の登山後もほとんど筋肉痛痛が残らないと言うことに気づきました。(水泳するようになってから乗馬をしていないので、乗馬後の筋肉痛は不明です)さすが水泳は全身運動なのだと言うことを痛感しました。私はかなりの肩こり、頸コリなのですが、水泳をすると、その後しばらく肩こりから解放されるのも、クロールでのストレッチ効果のような物があるのだろうと思われます。 ただ、水泳をしているので、大丈夫だろうと思って、久々にジョギングをしたり、プールを歩いたりすると、翌日腹筋や大腿部に筋肉痛が残るので、少しずつ負荷のかかる筋肉が違うのだなとは思います。 このように水泳は全身運動だと思って、痩せることを期待しておりましたが、結局ジョギングしていた頃も、泳ぐようになってからも、ほとんんど痩せておりません。もっとも、水泳をして、帰宅後酒を飲んでいるので、恐らくは消費したカロリ−が飲酒によって帳消しになっているのでしょう。 もっとも、1.5km泳いだとしても、30分未満の水泳時間にしか過ぎませんので、結局脂肪燃焼にすらつながっていない可能性はあります。 運動で痩せるというのは相当な負荷を掛けないと難しいのだろうと実感させられました。 やはり食事が最も重要なのであろうと思われます。個人的に痩せたのは、ジョギングはしつつ、連日スーパーの刺身と大根のツマと冷や奴を主食にして、日本酒を焼酎に代えていた時期に限られます。(酒をやめれば恐らく見違えるほど痩せるのでしょう・・) ダイエットというのはかなり根気のいる作業です。無理な食事制限やハードすぎる運動は、結果的に長続きしませんので、あまりおすすめしません。 長期間にわたって持続可能な運動、食事療法を行うことこそ重要なのだと言えます。 楽しめる範囲での適度な食事、運動を行っていくのが健康増進につながるかと思います。 |
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2026年1月11日(日) |
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新しいフェーズ |
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投稿:長野 央希 |
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2026年になり、たんたんと日々が過ぎていきます。 三が日に、魚沼の守門神社に行きました。例年であれば、積雪で鳥居をくぐって境内に行けるような状況ではないのですが、今シーズンは今のところ、雪が少なく、普通に境内にまで登っていけました。 一方で、新潟市の西総合スポーツセンターで半年以上にかけて、プールの改修工事が行われておりましたが、1/4に再開となりましたので、早速、泳ぎ初めに行って参りました。何がどう変わったのか、あまりよく分かりませんが、少なくとも以前よりは、何だか室内が明るく感じました。 2026年になって、一週間も経たずに、米国がベネズエラに攻撃を仕掛け、同国の大統領夫妻を拘束するという信じがたいような事件がありました。 普通に考えれば、完全に内政干渉と言えます。 一個の独立国家に対して、こんな暴挙が許されると言うこと自体が重大な問題ですし、この件に関して、国連も手をこまねいているだけと言うことも、国連の存在意義を疑わざるを得ない話です。 マドゥロ大統領が不正選挙の上で、当選していると言うことで、欧米諸国が、大統領として認めていないと言うようなことが影響しているのでしょうが、であれば、ロシアでも大統領選挙自体が茶番のような不正選挙の疑いもあるくらいですから、プーチン氏が拘束されないのかと、突っ込みを入れたくなるくらいです。 米国からすれば、ベネズエラによって、米国国内に麻薬や違法薬物が持ち込まれることを食い止めたいという思いはあるのでしょうが、大統領を拘束し、ベネズエラの内政に米国の影響を濃くしたとしても、果たして米国の薬物問題が解決するのかどうか、極めて怪しい物でしょう。 恐らく、ベネズエラの恨みを買い、骨折り損のくたびれもうけの結果になろうと思われてなりません。周囲の国々も米国への警戒を強くし、これからいっそう、中南米や南米との関係性は難しい物にもなるでしょう。 中南米や南米では、貧困問題や雇用問題を解決出来なければ、ギャングなどになろうとする若者を食い止められず、ギャングが増えれば、その収入源としての麻薬取引が減ることはないでしょうから、表面的な体制交換ですむ問題ではないでしょう。 更に、今回の米国の暴挙に関しては、大統領の中間選挙に向けて、人気が低迷しつつあるトランプ大統領の点数稼ぎのようにしか見えないのです。しかも、今回の件を上院軍事委員会に審議を謀ることがなかったのではと言われており、このこと自体が民主主義の冒涜にもつながると言うことを理解しておく必要があります。緊急事態で議会で悠長に討議している余裕がないという状況とは全く違います。議会の審議があるからこそ、民主政治たり得るのですが、その議会の審議を経ずに実行すると言うことは、完全に独裁体制への足がかりになる危険な兆候といわざるを得ません。 また、今回の件は大国が自国にとって都合の悪い体制を潰してかまわないという前例になり得てしまうのです。 これまで、曲がりなりにも、米国は大義名分や道議を重んじる姿勢がありました。 そこには偽善的であったり、独りよがりであったりはしても、他の大国よりはまだましな自制心がありました。だからこそ、米国は世界の警察として存在できてこられたはずでした。 米国の今回の件を先例として、他の大国も、その暴挙を真似るようになるでしょう。世界秩序よりも自国の野望を優先する新たな世界情勢のフェーズに入ったと考える必要がありそうです。 その場合、周囲で虎視眈々と日本を害しようとする国々に対して、常に自国を防備しようとする姿勢を保ち続ける必要があると言うことです。平和を望んでいても、周囲で武力で自分の欲望を果たそうとする国があれば、それから身を守る自衛を図るのは国として不可欠であるからです。同盟国と言え、信頼に値するかどうか分からないような国に、自分の国の安全保障を任せると言う全幅の信頼を寄せて良いのでしょうか? ただ、今、日本国内で勇ましい意見を言うような人たちが多く見受けられます。もし日本が世界の荒波から身を守らないといけなくなれば、自衛隊のみでは数が足りませんから、徴兵制のような状況も考える必要が出てくるでしょう。その場合に勇ましい論調の方々は、自分が兵士とならないといけないかもしれないという覚悟はありますでしょうか?軍隊では上官の命令は絶対ですが、そういった絶対服従の状況に、今の日本人は耐えられるのでしょうか? これまで憲法改正(特に第九条)の問題はタブーのように扱われてきましたが、世界の驚くほどの変化に対して、早急な議論が必要なのでは無いかと思います。 新年早々、このような話題に触れたくはありませんでした。申し訳ありません。 |
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2026年1月5日(月) |
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謹賀新年 |
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投稿:長野 央希 |
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新年明けまして御目出度うございます。 今年も宜しくお願い申し上げます。 |
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2026年1月4日(日) |
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年末年始の業務形態 |
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投稿:長野 央希 |
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年末年始の業務形態は以下の通りです。 12/27まで通常通り 12/28 休診 12/29 休診 12/30 9:00〜12:30 発熱外来のみ 12/31〜1/2 休診 1/3 9:00〜12:30 発熱外来のみ 1/4 休診 1/5〜 通常通り なお、12/30と1/3は発熱外来のみとなりますので、血圧などの一般診療や血液検査やPCR検査は基本的にできません。また、職員の数の問題とスペースの問題もあり、点滴もできませんので、その点ご承知おきいただけますと幸いです。また、小児は基本的に中学生以上で御願い致します。 025-260-5921の電話がつながりにくい場合は、025-260-7243にお電話ください。 |
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2025年12月25日(木) |
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赤坂サウナ事件 |
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投稿:長野 央希 |
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12/15に赤坂の高級プライベートサウナ店で火災があり、御二人が亡くなるという痛ましい事故がありました。 私は、都内及び埼玉で働いている際に、友人が赤坂のそのサウナ店のそばに住んでいたことと、度々参拝していた氷川神社もそばにあったこと、気になる古本屋さんが近いということもあり、よく訪れている地域であるため、衝撃を受けました。 個人的にはスチームサウナや岩盤浴は好きでも、普通のサウナは特に好きでもないため、この店自体知りませんでしたし、その建物自体も意識して見たことはありませんでした。 御二人の死因は今のところ「死因不詳」とのことですが、個室サウナに閉じ込められたため、そこから外部に助けを求め、それがかなわないと知るや、ドアを割ってでも脱出を図ったような状況がうかがわれますので、おそらくは高体温症であったのであろうと思われます。当初は火災という話でしたから、一酸化炭素中毒かと思っておりましたが、むしろ、サウナストーンでドアを割ろうとして、その石に巻き付けたタオルから火が出たのではという推測もされておりますので、長時間にわたり高温環境下に幽閉される形での高体温症のほうが直接的な原因となったのではないかと思われます。 基本的には深部体温が40℃を超えるようになると、意識障害などが引き起こされ、42℃を超えるようになると、非可逆的な臓器障害が生じ、多臓器不全に至り、致死的な状況になっていきます。脳は特に高温に弱い臓器ではありますので、救出してもらおうとドアをたたいたり、大声で叫んだりしているうちに体力を消耗し、脱出を試みてドアを割ろうとして動き回っていることで、体温上昇を助長し、早い段階で、思考力の低下や意識障害が起きていったのではと思われます。極めて重度の熱中症と考えてもいいでしょう。 そもそも、サウナに閉じ込められるというような、普通では想像すらしないような事態になれば、誰しもがパニックになるでしょう。過呼吸のような状況になったかもしれません。主旨が思うように動かせないような事もあったかもしれません。そんな状況で、冷静に行動などできようはずもなく、意識が薄れていく中で、小さいお子さんのことを気にかけながら、亡くなっていたかもしれないと想像すると、本当にやりきれない悲しみと怒りがこみ上げてきます。 しかも、このサウナ店の経営陣のずさんな管理体制を知れば、これは事故ではなく、事件であると考えざるを得ません。 サウナという密閉空間でドアノブが外れるなどということはあっていいはずもなく、非常ボタンの受診盤の電源も二年以上入れてもいなかったという話ですから、来店したお客さんは誰でもが被害者になりえたという、大変恐ろしい話だと言えます。(状況から察するに、誰もこの個室から脱出できるような人はいなかったでしょう) ところで、今回の事件での色々な報道を見ておりますと、今回亡くなられたご夫婦は、それぞれ有能で、人格者であったということですし、小さいお子さんがいたということで、この事件の悲劇性をより強い印象のものにしております。こういった悲劇性を前面に出すことによって視聴者や読者の数を増やそうとしているように感じてなりません。報道に、何か違和感を感じてしまうのは私だけでしょうか? もし、亡くなられた方が、このお二人のように素晴らしいひとではなかったなら、どうだというのでしょう?誰であろうと人命が損なわれたのであれば、事件の重大さは何ら変わらないと言えましょう。 The Yello Monkeyの『JAM』という曲のフレーズを思い出しました。 「外国で飛行機が落ちました ニュースキャスターは嬉しそうに 乗客に日本人はいませんでした いませんでした いませんでした 僕は何を思えばいいんだろう 僕は何て言えばいいんだろう」 亡くなった方がどんな人であろうが、その人の死を悼む人たちが少なからずおられるわけであり、大変悲しむべきことであるのです。そして、亡くなった方の関係者にしてみれば、信じがたいような突然の訃報で、気も動転しておりましょうし、計り知れないような絶望感や喪失感を抱えておりましょう。報道に携わる方々には、被害者の生前のことの詮索や、関係者への取材に関しては、冷静さと節度をしっかり守っていただきたいと強く願います。 今後すべきことは、興味本位の詮索ではなく、今回の事件の原因をしっかり調査し、同様の事故、事件が繰り返されないような検証をしていくこと以外にはないでしょう。 そして、今回亡くなられたお二人のお子さんが、御両親の御不幸に関して理解できるようになるのは、しばらく先のことにはなるでしょうが、大切な両親を失った心の傷を抱えつつも、健やかに育っていかれることを切に願います。 亡くなられたお二人の御冥福をお祈りいたします。 |
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2025年12月25日(木) |
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最近思うこと(5) |
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投稿:長野 央希 |
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クマ騒動が、ようやく落ち着いている?感があります。 クマの駆除という問題になると、極めて感情的な発言が目立ったという印象です。罪もないクマを殺すなという意見に関して、自分も個人的にかわいそうという気持ちがあります。 しかし、冷静に考えてみました。 スズメバチが家の軒先に巣をつくった場合、誰も躊躇することなく、「駆除」します。おびただしいハチや、蜂の子を殺傷しているわけです。これを非難する意見は聞いたことがありません。これは昆虫が、哺乳類より下等だから殺していいということなのでしょうか? 自分も医師として、抗生剤や抗ウイルス剤、抗真菌剤を処方しますが、これによっておびただしい数の細菌やウイルスやカビを「駆除」しています。 水虫で、市販の水虫治療薬を買ってきて、足に塗っている人も、少なくないでしょうが、これもカビの「駆除」になっています。彼ら、細菌やウイルス、真菌も、本来罪のない連中ですが、誰も彼らの「駆除」に異論を唱える人はいないでしょう。 さらに言えば、家畜の屠殺はどうなのでしょう?彼らは当然、何ら罪もありません。野菜や果物だって、生き物です。彼らを摘み取ることはどうなのでしょう? われわれ人間も生物ですから、対外的に栄養を取らなければ生きられないのです。植物のように光合成で生きられないのですから。 つまり、動植物を食べるということ自体が、他の生き物の命を奪って、生かされているということに他ならないのです。 クマは殺してはいけないが、家畜は殺していいというのは、大変な矛盾をはらんでいるということが、容易に想像できるはずです。 むしろ、インスタ映えのために、豪華な食事を注文して、ほとんど食べずに、写真だけとっているような人達や、流行のために革のバックや小物や靴を、まだ使用もできるのに、次々と買い替えている人達こそ、動物に対して、申しわけないと思うべきであるようにも思えます。 もし、自分が何らかの家畜で、屠殺され、食事として提供されるという場合に、何ら口もつけられずに、廃棄されたとしたら、全く浮かばれないでしょうし、大変な怒りを覚えるに違いありません。 釧路で、メガソーラーの設置などが問題になっていましたが、メガソーラーの設置で、クマの居場所をさらに狭めたのではないかとすら思います。 メガソーラーだのゴルフ場の建設だので、山を切り開き、野生動物の居住地を破壊し奪うことをやめるといったことで、自分たちの行動を見直した方がよいのではないでしょうか? |
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2025年12月18日(木) |