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高校野球 |
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投稿:長野 央希 |
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去る23日に夏の高校野球決勝が行われ、沖縄尚学が日大三高を下し、優勝という形で今大会の幕が閉じました。著しい高温の為、二部制を試したりと、色々試行錯誤した大会ではありましたが、最も話題になったのが広島の広陵高校の部内でのいじめ、しごき問題であったのは残念なことではありました。報道されている内容が事実であるならば、はっきり言って、非常に不快で、反吐が出そうな事件だと思います。ただ、広陵高校は二回戦を放棄するべきだったのかは別問題のように感じました。少なくとも、今回の不祥事を報告し、高野連が出場を認めた以上は、ひとまず今大会における出場資格は得ているわけで、出場を続けることに支障はないはずだからです。今回のように外野からの苦情などで、出場を辞退したり、途中放棄するという前例が出てしまった以上、今後も、強豪校の勝ち上がりを阻止すべく、外野が騒ぎ立てて、試合を放棄させかるような事案が増える可能性さえはらんでいると言わざるを得ません。 殊に、強豪校と言われる多くの学校は、程度の差こそあれ、いじめやしごきや体罰という暗い過去を持っているに違いないと思われるからです。勝利至上主義の為に、しごきや行き過ぎた指導は起きがちです。 かつての超強豪校であるPL学園が最もわかりやすい例でしょう。あれほどの栄華を築きつつ、今や部の存続さえ危ぶまれるような状況になってしまっています。 私が最初甲子園に夢中になったのは、やはり桑田選手、清原選手のコンビを代表としたPL学園の試合でした。あれだけ小柄な桑田選手が、快刀乱麻の投球と打撃を見せてくれて、大変興奮したものです。 その後も大きくない体形で大打者となっていった立浪選手の時の強さも忘れられません。思えば、自分が一番高校野球が好きな時代だったと思うのですが、あの当時PL学園が廃部寸前になるような事態を想像すらできませんでした。 運動部における体罰やしごきというのは、恐らく軍隊の教育にまでさかのぼれるのではないかと思います。 生出寿著『提督 井上成美』を読んだ際の逸話を思い出します。 海軍大将井上成美という方は、将軍としての資質に疑問符がつけられてしまっていますが、決して凡将ではなかったようではあるのですが、彼は、むしろ教育者として優れていた人でした。太平洋戦争も終盤、敗色濃厚な時期に、海軍兵学校の校長に就任した際に、軍の上層部による、できるだけ教育期間を短縮し、すぐに戦地に将校として送り込もうという意図に対して、生徒の為に極力これを阻止し、また、敗戦は確定的と考え、兵学校の教育を軍事教練よりも、一般教育に比重を置いた特筆すべき措置を取りました。これほど、生徒の将来を考えた方針を貫いたにもかかわらず、彼が校長時代にも海軍兵学校内の上級生から下級生への暴力やしごきは日常茶飯事で是正もされなかったようです。著者の生出自身が海軍軍人として兵学校で学んでいたので、間違いのない事実でしょう。 現地の行軍部隊においては、古参兵から新参兵への陰湿ないじめも再三報告され、いじめを苦にして自殺するものもいたようですから、現代のいじめを彷彿とさせるものがあります。むしろ、銃や刀を持っている以上、より暴力的であったのかもしれないと思うと、恐怖を感じます。 今の現役の野球選手や引退して、解説者をしているような元選手たちの話を見聞きすると、「昔はもっと(しごきが)ひどかった」というような発言が散見されます。こういうしごきが教育には必要なのだろうかと思っていましたが、現巨人二軍監督である桑田さんは、度々のように体罰が百害あって一利もないことであることを力説し、問題のある指導者の行動原理を糾弾しています。 彼自身、相当なしごきを耐えてきたからこそ、説得力があるように思われます。 時代が進み、色々と教育も科学的に進歩して行く必要があります。時には厳しい指導も必要なこともありましょうが、いじめや暴力は絶対に慎むべきことであるのは間違いないと思います。また、上級生から下級生へのしごきも、指導者が歯止めを利かすような目配りが必要な時代であろうと思います。 いずれにしろ、全力で野球やその他の競技に青春のすべてをささげるような若者たち皆が、悔いの残らない青春とその後の長い人生を送れることを切に願っています。その為に、大人の打算や自己満足や価値観の押し付けなど、できうる限り排除出来たら素晴らしいと感じています |
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2025年8月25日(月) |
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お盆の診療体制 |
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投稿:長野 央希 |
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8/9 9:00〜12:30(午後予定の訪問診療のみ) 8/10 休診 8/11 休診 8/12 9:00〜12:30、15:00〜18:00 8/13 9:00〜12:30(午前中のみ) 8/14 休診(午後予定の訪問診療のみ) 8/15 休診 8/16 9:00〜12:30(午後予定の訪問診療のみ) 8/17 休診 8/18以降は通常営業です。宜しくお願いいたします。 |
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2025年8月10日(日) |
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最近の状況 |
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投稿:長野 央希 |
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連日の猛暑が続き、ここ一か月近くまとまった雨が記憶にないくらいの状況でしたが、ようやく恵みの雨が降ったかと思えば、大変な大雨で、もう少しコンスタントにマイルドに降ればいいものをと思ってしまいました。昨日は19時頃高速を走っておりましたが、新潟西から巻インターの途中で、土砂降りにあい、閉口しました。それでも惨状を抜けてから、小雨となり、長岡過ぎてからはすでに雨はやんでおり、場所によって、天候も大きく変わるものだと実感しましたし、やはり自然には勝てないことを改めて痛感させられました。 さて、先週から新型コロナ(COVID-19)の患者さんが急増しております。ここ数年の傾向で、7月中下旬から9月中旬までは夏のCOVID-19の流行期になることは想定しておりましたが、やはり、その傾向は今年も変わらなそうです。 当院では、COVID-19やインフルエンザ以外で、PCRにてアデノウイルスや百日咳、マイコプラズマやヒトメタニューモウイルスなども検査できます。もっとも、やみくもに検査できないので、件数はそこまで多くはないですが、7月中旬までは、発熱・咳嗽でPCR試行し、COVID-19は1〜2割程度で、むしろ、パラインフルエンザウイルスやライノウイルスなどのほうが目立っているくらいでした。しかし、ここにきて、発熱の6割はCOVID-19のような様相を呈してきております。百日咳は、7月上旬までは多かった印象ですが、徐々に減少しているように見受けられます。(これらは当院での検査の傾向ですので、一般的な流行とは相違があるかもしれませんので、ご注意ください) COVID-19というものを、どうとらえるかの問題があります。もはや夏風邪と同等とみていいのかどうか。 恐らく、大半の人は、その認識でよろしいでしょう。ただ、この5年間の診療経験からすると、特に2020年、2021年では特に顕著でしたが、一部の人で、死に至ったり、人工呼吸管理やECMOの管理が必要になるような重症例が、他の感染症と比較しても多かったのも事実です。その一部の人というのは、やはり御高齢の方、悪性疾患や自己免疫疾患で、抗癌剤・免疫抑制剤、抗体療法などの治療を受けている方が挙げられますが、個人的に強い印象を受けていたのが、肥満と糖尿病の方でした。肥満や糖尿がある方は、若年者でも重症化しているケースがしばしば認められたことに脅威を感じたものです。しかも、若者は普段健康診断などの検査も受けていないため、自分が糖尿があるかもわかっていない場合もあり、私が経験した一人の方は40代で、肥満はあるが、糖尿はないとおっしゃっていた方が、当院でCOVID-19と診断し、しかも、SpO2が90%前後まで低下していたため、高次医療機関に入院させていただき、翌日には人工呼吸器管理を行う必要があったという連絡をいただいたことがあり、しかも、だいぶ糖尿病の値が悪かったということでした。 2022年以降は、重症化する方が減っていきましたが、この要因はワクチンの普及や抗ウイルス治療の拡大、ウイルス側の悪性度の低下などが考えられ、今後さらなる検証を要するとは思います。 いずれにしても、COVID-19が肥満。糖尿病患者さんでは重症化のリスクがあるのは、今も変わらない事実ですので、重症化するリスク因子を抱えている方は、感染予防に留意していただく必要があると思います。最近は暑さでマスク着用をしない方も増えましたが、重症化の恐れがあれば、やはり人ごみに行くような際はマスク着用し、こまめに手洗いをしていただいて、自分の身は自分で守ることを心がけて下さい。 また、今の時期は熱中症や各種食中毒など発熱の原因は様々あります。O157も出ておりますし、食品の衛生管理にも注意が必要です。 まだ、二か月程度暑い可能性がありますので、体調管理にお気を付けください。 |
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2025年8月7日(木) |
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酷暑 |
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投稿:長野 央希 |
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連日、酷暑が続いております。朝5時、6時くらいで、まあまあ過ごしやすいかなと思える気温ですが、7時を過ぎると、かなり厳しい暑さになってきます。 医院の駐車場に融雪パイプがあり、日中あまりにも暑いと、そこから水を出すようにしております。地下水のため、大変冷たくて気持ちが良いです。今やホースの水は、完全にお湯が出てきますので、それとは対照的な冷たさです。 融雪パイプから水が出だすと、それを察知して、スズメが何羽か水浴びに来ます。毎回同じ個体なのか、毎回違うのかは分かりませんが、スズメが水浴びしている姿は微笑ましいものです。自然界の動物は暑さ寒さなどへっちゃらなのかと思っていましたが、スズメの行動を見る限り、そんなこともないのが分かります。 新潟も35度を超える気温が続いておりますが、北海道では40℃というニュースを見て、驚きました。私が、一年間北海道で働いておりましたのは、もう17年ほど前になりますが、あの頃は30℃になるようなことも滅多になく、26℃で熱中症で救急搬送されてくる患者さんがいたくらいでした。それまで都内で働いており、気温20℃台で熱中症等というのは診たことがなかったので、「やはり北海道の人は暑さに慣れていないのだな」と妙に感心していたことが思い出されます。私は、夏は暑いのが当たり前な環境で過ごしてきましたので、北海道では冬よりも夏の方が、体調を崩しやすかった思い出があります。30℃になることもなく、夜は10℃台まで気温が下がりました。私は病院の宿舎に住んでおりましたが、冷房設備はなく(というより不要)、夏も窓を開けておくだけで涼しい、時に肌寒いくらいでした。病院の納涼バーベキューのような行事がありましたが、皆当然半袖ですが、私は途中から半袖では寒いなと思いつつも我慢していたくらいで、生まれ育った環境で気温への感受性が大分相違してくるのだなと実感した者です。そんなわけですから、北海道では冷房設備のない家が多かったですので、40℃の気温は耐えがたいものがありましょうし、それこそ命に関わる危険な状況といえます。冷房を設置するとしてもすぐに設営出来るわけでもないでしょうから、水分補給や換気をして少しでも室温を下げて、温度の低い空間で休むようにしていただきたいと思います。 「冷房がない」という個人的な思い出があります。私は神奈川の高校に行っておりましたので、高校の寮に住んでおりました。その寮は4人部屋で冷房がありませんでした。神奈川なので、当然猛暑日が連日続くことも有りましたが、そんな中、冷房がないので、毎晩毎晩寝苦しいのです。私は2Lのペットボトルに水を入れ、凍らせてから、それにタオルを巻き付けて抱いて寝ておりました。それでも、朝にはぬるい水の入ったペットボトルが脇に転がっているだけという状況でした。その高校は不思議なところで、高校2年までは男子と女子が別の校舎で別れておりましたが、男子棟の各教室には冷房がありませんでした。ですから、一部の生徒はバケツに水を汲んで、それに足をつけて授業を受けていました。 もう30年前の話ですので、今は冷房がついたのかどうかは分かりません。30年前より現在の方が気温は上昇しているように思われますから、冷房設備がなければ、相当危険であろうと言えます。 気温だけの問題ではありませんが、正直なところ、もうあの寮生活を送りたいとは思いません。ただ、あの環境下で2年間過ごしたことで、相当忍耐強くなれた気がします。あの時代があったから、新型コロナ流行下で、酷暑の中、あるいは寒波の中、連日屋外で発熱外来を行えたのだと思います。 二年前まであの猛暑の中、気が遠くなりそうになったり、やたらと物を落としやすくなったりと、熱中症になりかかりながらも責務を全うできたのは、凍ったペットボトルを抱きながら寝た寮生活のたまものだったと感謝しております。 しかしながら、また屋外の発熱外来をしたいかと聞かれれば、もうやりたくはないです。 まだ、7月です。後2ヶ月は厳しい暑さが続くと考えられます。熱中症にはくれぐれもお気をつけ下さい。 |
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2025年7月27日(日) |
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民意とは? |
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投稿:長野 央希 |
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昨日参議院選挙が行われ、与党の大敗という結果に終わりました。これで、昨年の衆議院選挙と今回とで、与党は連敗を喫しているにもかかわらず、首相は続投を表明しております。「国民の信を問う」形で選挙を行い、その結果が、与党の敗北と言うことは、すなわち国民からは不信任をつきつけられたといってさしつかえないはずではあります。普通であれば、内閣総辞職でもしなければ収まりがつかないであろうと思うのですが、いかがでしょう?このまま現内閣が続投するというのであれば、民意という物は何なのだろうかという話になります。今や、国民こそが「なめられてたまるか」と言うべき時なのではないかと思えてなりません。 この場で、できる限り政治的発言はしたく無いと思ってきましたが、今回ばかりは、民主主義の今回を揺るがすような問題のように思えて、強い危機感を感じてしまいます。 これまで、正直なところ、総理大臣や閣僚は誰がなっても大差は無かろうと思ってきました。それは、世界情勢や国内情勢が大きな変革期でなければの前提だったことに気づきました。第二次世界大戦後、冷戦やソ連の崩壊などの変化はありましたが、戦後体制の激変を来そうという今ほど、日本が世界の激動のうねりに飲み込まれ埋没していく危機的時代は無かったかもしれません。 この状況下では、政治のトップに立つ者の能力が低ければ、舵取りに失敗し、国家の衰亡につながってしまうでしょう。 米国の国力低下が明らかになって、トランプ大統領により、従来のグローバリズムに対する反動的な政策が打ち出され、この潮流は世界全土に拡大していくのであろうと思っています。各国がそれぞれ自国優先的な政策に転じていくのではないかと思っています。自国優先となると、それを突き詰めていけば、帝国主義的な政策を打ち出す国が増えてくる可能性もあります。 その場合、島国で、資源も少ない日本は、隣国や同盟国と不仲になると、食料を輸入にたよっていれば、兵糧攻めのような目に遭う危険をはらんでいるように思えます。その為にも、日本は農業、畜産業、漁業に力を入れ、自国内で食料は自給自足出来る体制を取っておく必要があるのではないでしょうか。 また、日本経済の冷え込み、経済力の低下の打破を図るには、やはり減税し、消費者の経済活動の活性化を図ることは不可欠であろうと思います。 また、官僚は非常に優秀な集団でありますが、彼らに強大な権限を与えると、確実に自己の利益を優先し、党利党略に走る危険があります。彼らはあくまで使役されるべき存在でこそ優秀なのであり、今後官僚制そのものにも見直しが必要なのではないかと考えます。少なくとも政権交代をした場合、官僚機構も交代するようにしなければならないのではないかと思っています。 戦後のぬるま湯にどっぷりつかって、平和ぼけしてきた日本人は、今こそ、目を覚まして、日本の国力を再び高めていく政策を国民の民意として真剣に考えていくべき時代がきているのだと思います。 |
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2025年7月21日(月) |
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フェンタニル騒動 |
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投稿:長野 央希 |
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6月末に日本経済新聞の報じたたところによれば、中国組織が名古屋に拠点を作り、日本経由でフェンタニルの原料物質を輸出しているとの由。更には、駐日米大使によるとそこには中国共産党も関与しているとの驚愕の投稿をされているという。 フェンタニルは合成麻薬です。今回の報道だけ見ると、フェンタニルは極めて悪質な薬剤ということになりますが、使い方次第なのです。強い鎮痛剤用があるため、がんの終末期などの患者さんには極めて有用な薬剤になります。私は血液内科医として働いておりましたが、血液疾患領域で、強い痛みを生じさせる疾患の代表は多発性骨髄腫と言えましょう。著しい腰痛などで検査を進めていくと、多発性骨髄腫と判明するケースもしばしばです。多発性骨髄腫の場合は、サリドマイド系の薬剤など非常に有効な薬剤があるため、治療することで、疼痛は改善していく可能性が高いのですが、それでも発症当初、治療が功を奏するまでは耐えがたい痛みに悩まされることが少なくありません。そういった場合に、フェンタニルは非常に役に立ちます。この薬剤は、注射もあれば、内服も有り、パッチ製剤も有りと、剤型が多いことも使用しやすい所以です。 骨髄腫であろうが、その他の癌の終末期であろうが、耐えがたい痛みというものは、その人の人間性も損ねかねず、QOLも著しく低下させ、鬱症状から、自殺を図るような事態も生じさせかねないゆゆしき問題なのです。そういった人たちに対して、フェンタニル等の薬剤で痛みを取り除いて差し上げることは、必要不可欠なことであると考えます。 そもそも、今や骨髄腫の治療の主剤の一つと言っても過言ではない、サリドマイド系薬剤は、かつてはつわり止めとして使用された結果、甚大な薬剤問題を引き起こしました。どんな薬剤も、その使用の仕方で、極めて優秀な薬剤にもなれば、毒以外の何物でも無いようなことにもなり得るという好例であると思います。 しかし、嗜好品としてフェンタニルを使用することは厳に禁ずるべきであるのは間違いありません。 フェンタニルではありませんが、以前大麻の合法化という問題が話題になったことがありました。これに対して、京都大学大学院薬学研究所の金子周司元教授が2018年9月にレポートされており、非常に勉強になりました。 先生は、当然反対の論陣をはっておられました。その理由を列挙されております。詳細は先生のレポートをご覧いただければと思いますが、精神依存性(耽溺性)の問題、幻覚作用の問題、常習的使用による脳の萎縮とそれに伴う認知症発症のリスクの問題等々ありますが、私が一番なるほどと考えさせられたのが、交通事故の問題でした。飲酒と同様に交通事故のリスクを高めるのは間違いありませんが、飲酒と違い大麻の使用が科学的に立証が難しいという問題があります。これは飲酒運転以上に抜け道の大きい事態になりかねないと言うことになるのではないでしょうか? 大麻にしろ、覚醒剤にしろ、合成麻薬にしろ、嗜好品として使用することは重大な問題で有り、医薬品としての使用以外は決して手を染めてはならないと思います。 ここに来て、新型コロナの患者さんが増えております。例年の流れで行けば、恐らく今週の連休後に急増するのではないかと思います。同時に熱中症のリスクも高い気候が続いております。様々な要因で発熱を来しうる季節です。感染予防のための手洗い、人混みに行く際のマスク着用などの感染予防行動とともに熱中症対策もお願いいたします。 |
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2025年7月14日(月) |
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サッカーの思い出 |
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投稿:長野 央希 |
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現在、サッカー クラブW杯が行われております。元々、私は少なくとも欧州のビッククラブの選手達からすると、体力の消耗などの身体的なデメリットから、クラブW杯に対して、あまり良い印象を抱けないというのが本音です。それでも、いざ大会が始まると、中継は見ないまでも、結果を注視してしまいます。 高校時代に、友人が着古したフラメンゴのユニフォームを貰ったことが有り、結構気に入って着ていたという経緯も在り、フラメンゴを応援していましたが、残念ながら負けてしまいました。 そういえば、サッカー事情も大きく変わってきているものであると痛感しています。 私は高校の時に寮に入っておりました。寮は4人部屋で、当然各部屋にテレビはありません。テレビは、皆が集まるホールに一台しかありませんでした。93年の時に、94年アメリカW杯予選が行われ、大勢で、その中継を見ていました。いわゆるドーハの悲劇も、皆で見ていましたが、あのときのほぼ全員の悲痛な叫び声は、忘れられません。 日本が出場できないW杯本戦は、それでも十分楽しめました。決勝でのイタリア対ブラジル戦は、ロベルト・バッジョのPK失敗もあり、ブラジルの優勝に終わりました。悲劇のヒーローのような形でバッジョは日本でも知名度を上げて人気者になりました。 あの頃、私にフラメンゴのユニフォームをくれた友人は、ACミランのファンクラブに入っているような熱狂的なファンでしたので、ACミランの良さを再三聞かされたものでした。今見ても、マルディーニやコスタクルタやアルベルティーニと言った若手も、バレージなどのベテランも格好良かったなと思います。 その後、自分も欧州サッカーが好きになり、私はイタリアではなく、イングランドプレミアリーグに惹かれていきました。90年台後半は、マンチェスターUが、ファーガソン監督の下で、若手を育て、彼らを主力として抜擢していった時期でした。ギグス、ネビル兄弟、ベッカム、スコールズ、バットなど。あの頃、自前で育てて、強いチーム作りをしている様子が、野球の広島に通じる物を感じ、マンUのファンになりました。あの頃、マンチェスターシティは昇格と降格を繰り返すような状態でしたし、リバプールも中堅の順位に甘んじているような状況でした。今のマンUの置かれている状況や、毎年覇権争いを繰り返すマンC,リバプールを、あの当時想像すら出来ませんでした。 ちなみに、大学の時に同級生と三人で英国に言ったことがありました。基本的に食事以外は別行動に近かったですが、サッカーだけは三人で行こうと言うことになり、どのカードを見るか、私が一任されました。ロンドンから行きやすい場所でということで、一つはチェルシー対ウィンブルドン、もう一つが、アーセナル対トッテナムでした。普通に考えると、ノースロンドンダービーという熱いカードである後者を薦めるべき所でしたが、当時はマンUのファンで、アーセナルの試合を見に行くのは許されないことのように感じていた点と、チェルシーのグレアム・ルソーやジャンフランコ・ゾラが好きだったことで、前者の試合を選んでしまいました。残念ながら、盛り上がりの欠ける凡戦であったといわざるを得ず、友人には申し訳ない思いでいっぱいでした。唯一、そのカードに価値があるとすれば、ウィンブルドンがその年に降格して、それ以降プレミアに昇格できていないため、プレミアリーグでこのカードを見た最後の人間(今のところ)になれたことくらいでしょう。 この場をお借りして謝罪します。すみませんでした。 90年代の強豪は、現在の強豪とは限らないと言うことをまざまざと見せつけられています。放映権料やオイルマネーなどの資金を得られるクラブは大化けしているし、資金力で、クラブ間の格差は大きくなる一方のように見えます。 チームの戦術の進歩により、かつてのファンタジスタのような存在は肩身が狭くなっている様に思われ、ファンタジスタが活躍できなくなるとともに、イタリアやブラジルのような国が力を失っているように見受けられます。 私が海外サッカーを見るようになった90年代に、イタリアやブラジルがW杯予選を勝ち進むのにとんでもなく苦労する時代が来るとは想像もしませんでしたし、本戦に出れない事があるなどとは思いもよりませんでした。しかし、それが現実であり、盛者必衰という言葉が身にしみます。 サッカーという1スポーツですらそうなのですから、国際情勢は更にその傾向が強まるでしょう。今の強国が10年後にその地位を維持できているのかすら怪しいという激動の時代に入ってきたように思えます。日本はその世界の荒波を渡りきる必要があり、舵取りが失敗すれば、国家は沈没してしまう可能性もあります。日本国民は、周囲の大国に飲み込まれないよう、常に緊張感を持たねばならない局面に立たされていることを肝に銘じる必要があると思います。 |
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2025年7月7日(月) |
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初夏の郷愁 |
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投稿:長野 央希 |
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先週から6月とは思えないような猛暑日があります。8月と違い、朝、夜が過ごしやすい気温になるのがせめてもの救いです賀、皆様も熱中症にはくれぐれもお気をつけ下さい。 さて、魚沼では、先週からちらほらと蛍が飛び出した感じでしたが、今週は、飛んでいる個体数も大分増えた印象です。今週水曜は魚沼に着いたのが20時半前後であった為、蛍もそろそろ休息に入る時間であったのかもしれませんが、田んぼの畦の草に停まって点滅を繰り返している物も数匹おり、カエルに食べられたりしないのだろうかなどと心配になってしまいました。 また、屋外の公衆トイレに入った際に、暗いので、ドアノブに輪ゴムのような物が巻き付けてあるなと何気なく、ドアノブに触れた直後、得体の知れない痛みを覚え、よく見ると、その輪ゴムのような物が左手の薬指にひっついておりました。何が起きたか分からず、手を振ってその者を振り払ったとところ、床に落ちたその物体を見て合点がいきました。ムカデ。蛇のように鎌首をもたげるような事はありませんが、何となく怒っているようには見えました。水道がすぐそばにあったのが不幸中の幸いで、水道水で傷口を洗い流したため、大事にならずに済みました。T〜2時間ほどはじんじんとした痛みが持続しましたが、さほど腫れることもありませんでした。ムカデもなんでまた、ドアノブに巻き付くという行為を行ったのか不思議なところです。地面に潜って寝ている方が快適かつ安全なのではと思うのですが、ドアノブには何かしらのメリットがあるのでしょうか? 魚沼では、新潟市では味わえなくなったような自然との交流が楽しめます。 蛍を見ながら、川と田んぼの間の小道を歩いていると、カエルの合唱が鳴り響いております。自分が子供の頃には新潟市の実家で、夏場には窓に多くのカエルがへばりついているのを思い出しました。そういえば、カエルの声がよく聞こえていた物でした。今は、その家で寝ていても、ほとんどカエルの鳴き声など聞こえてきません。窓にカエルがついていることもありません。私が通学していた小学校の脇には堀がありましたが、今やそれは埋め立てられ、立派な道路が出来ています。失われた堀に、小さい頃は祖父と一緒にカエルやザリガニを捕りに行きました。小学生になると、友達達と、ザリガニ取りに行っていたのが懐かしく思い出されました。自然が失われ、それによって生活が便利になっている。その便利さの恩恵を受けている身ではありながら、減っていく自然に対しての強烈な寂しさを感じてしまいました。 魚沼は新潟市よりは自然が残っているとは言え、どんどん自然も減り、最近では田んぼも減っている。日本の原風景が日本各地で減ってきている。古き良き日本の自然が失われると共に、日本人としての誇りや日本人の美徳が失われてしまっているのではないかという悲しい気持ちがわいてきていました。カエルの声尾を聞きながら、そんなことをあれこれ考えてしまった今日この頃です。 |
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2025年6月28日(土) |
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自由な意思こそ、強さを生み出す |
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投稿:長野 央希 |
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米国のトランプ大統領はハーバード大学の留学生受け入れの認定を取り消すと発表し、これに対して大学側は強く抗議、連邦地方裁判所は認定の取り消しを一時差止めるという決定を下しました。 政権が学問の自由、独立性に介入すれば、それは極めてゆゆしき問題であります。そもそも、米国の強さは、国としての自由さにあると思います。人種、民族の多様性の中で、活発な議論を行い、それが国としての発展につながってきました。殊に、学問領域は、その闊達な議論があったからこそ、爆発的とも言えるような発展を遂げてきたと言えましょう。科学分野での発展は、生活を豊かにし、軍を強くし、結果的に世界第一位、それも圧倒的な第一位の座を維持し続けられてきたと思います。その学問の自由を奪うことは、米国の国力を急速に衰退させるでしょう。トランプ政権は、自分で自国の首を絞めているような物です。ハーバード以外のアカデミーの世界は力を合わせて、トランプ政権と戦うべきです。学問に時の権力が強い影響を及ぼすことは、絶対主義につながっていきます。学問の危機はすなわち国家の危機に及んでいくでしょう。 近年、米国は斜陽にあるのは間違いありません。それでも、他の国との国力の差には、まだ大きな開きがありますので、しばらくは世界一位の座には居続けるでしょうが、今のようなやり方を続ければ、それほど遠くない将来に、一位の座から滑り落ちるでしょう。 米国国民は、目を覚まさねばなりません。トランプの掲げるアメリカファーストは、その実はトランプファーストであり、彼の考えは、著しいナルシズムに他ならないのだと思えてなりません。彼は自分にひれ伏さない物を徹底的に叩き、自分が頂点に君臨出来ていれば良いだけの人なのだと思います。 彼は暴君です。今回の一件は絶対に許してはならない蛮行です。 ところで、先日、韓国の大統領選挙が行われました。韓国にしろ、米国にしろ、大統領選は、とにかく相手陣営をこき下ろし、罵倒することに終始している様に見えてしまいます。ほんらい、選挙というのは自分達の政策論争によって勝敗を決するべきものですが、今の選挙はどちらがより相手のイメージを損ねることに成功できたかが重要になってしまっているように感じるのは自分だけでしょうか?こういうやり方は、国民としての民度の低さを表しているように受け取られかねません。民主主義を守るには、基本に立ち返り、政策論争で、選挙戦を戦うようにする意外には無いと思います。 7月に我が国でも選挙があります。正々堂々と、相手方の悪口を言うのではなく、自分達の政策をしっかり訴えていってほしいと切に願います。 |
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2025年6月9日(月) |
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長嶋さん |
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投稿:長野 央希 |
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本日、昼の訪問診療に出かけようとしていたところ、突然長嶋茂雄さんの訃報を知りました。驚きましたが、ただ、最近は時々見かける長嶋さんの姿から、大分衰えている感は否めませんでしたし、同時期にプロ野球を引っ張っていた野村克也さんや金田正一さんが続々と鬼籍に入って行かれていたことも有り、ある程度覚悟は出来ていたというのが正直なところではあります。 私は、広島ファンですし、長嶋さんは1974年に引退されておりますので、私は現役時代を生で見たことはありませんから、そこまでの思い入れがあるわけではありません。むしろ、1996年に広島が途中までぶっちぎりで首位を快走していたにもかかわらず、最終的には巨人に優勝され、長嶋さんに「メイクドラマ」という造語まで作られたことへの逆の意味の感謝があるくらいです。あのとき優勝できず、その後永きにわたり広島は万年Bクラスの泥沼に突入していきました。優勝間違いなしと思っていたところが、負けたことで、この世の中に絶対はないのだと言うことを学ばせてもらいました。 ただ、長嶋さんの言動は常に面白さを呼び、憎めないという感覚がありました。太陽のような人と言えるでしょう。 1960年代の高度経済成長期に、「巨人、大鵬、卵焼き」と言われ、その巨人の中心であったのが長嶋さんなのも、太陽のような人だったからだと思います。 あの当時、太平洋戦争での敗戦で、滅亡の瀬戸際にまで追い込まれ、すべてを失った日本の発展のために国民全員が一丸となっていた頃、その国民に勇気を与え続けられたのも、長嶋さんだったから出来たのでは無いかと思います。 単なる野球選手の域を遙かに超えているのです。もはや昭和という時代の極めて大きなピースなのだと思います。それも、替えのきかないような巨大なピース。 長嶋さんの死は、本当の意味での昭和の終焉を意味しているように思えてなりません。 そこはかとない哀愁や情感があり、中村草田男の 「降る雪や 明治は遠く なりにけり」という句が好きです。 「逝くひとや 昭和は遠く なりにけり」 長嶋茂雄さんの御冥福をお祈り致します。 |
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2025年6月3日(火) |