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 新型コロナの動向
投稿:長野央希
新潟県内、とりわけ新潟市内で新型コロナPCR陽性者数が増加してきております。当院でも発熱外来でのPCR検査希望者数は増加し、それに伴って陽性者数も増えております。陽性者がでれば、当然その人との接触のある方々の検査をすることになり、自ずと無症候でも検査をされて、陽性が判明するケースも出ています。当院を受診されるケースとしては、やはり発熱や咽頭痛などの上気道炎症状が主体で、検査の結果陽性とわかる場合と、感染者と接触はあるものの、ほとんど無症状でも陽性と判明するような場合もあります。もうしばらくは、現状のような動向で推移していく可能性はあろうと考えております。
報道で、神戸の情勢を報じているのを読みましたが、変異株(神戸ではイギリス型)が増加しているとのことで、感染力が強い、若年でも重症化するリスクがあるなども触れられていました。大阪では連日1000人を超えるようなPCR陽性者が出ている状況で、医療崩壊への懸念が高まっています。
現段階で、変異株に関しては、地域差があるのか、地域によっての感染状況の変化はどのようなものなのかを注視していく段階ではあります。また、変異が出たからと言って、必ずしも重症化率が高まっているとも限りませんので、変異によって重症化率がどう変化しているのかもしっかり調べていく必要があります。ですので、変異株の感染割合が上昇しているからと言って、いたずらに不安を増大させたり、パニックになることは控えなくてはなりません。更には、出所の怪しいようなデマや不確かな情報に惑わされないようにすることも重要です。
いずれにしろ、新型コロナの入院治療に携わっている医療関係者、とりわけ近畿地方の医療関係者の御苦労には頭が下がる思いであり、同時に自分がそういった医療に現在参加していないことへの情けなさを感じています。そんな中で、自分が今置かれているポジションで、最善を尽くせるように、引き続き発熱外来とワクチン接種に尽力していきたいと考えております。
尚、現段階では一般の方へのワクチン接種時期などは未定ですが、当院でもワクチン接種を行っていくことが予定されておりますので、詳細が分かり次第、ホームページでお知らせしてまいります。
ただし、ワクチンへの過度の期待は控えねばならないと言えます。新型コロナに限らず、多くの感染症に対し手の感染予防の基本は手洗いにあります。また、マスク着用は自分が感染していた場合の相手への感染予防に、より重要でありますが、こういった日常でできる感染予防こそが重要であることを再認識していただきたいと思います。

2021年4月21日(水)

 雪解け
投稿:長野央希
昨日、魚沼におりました。今年はここ数年では雪の量も多い冬でしたが、三月が暖かかった影響か、雪解けも早い印象があります。とはいえ、日陰などでは残雪がちらほら見受けられます。同時に桜が満開のところもあれば、七分咲きというところもありますが、桜も例年より早いような印象があります。残雪を踏みしめていると、そこに桜の花が舞い落ちてくる様は、胸が痛くなるような切ないような美しさがあります。
それにしても、昨日は魚沼から新潟市に戻ると、尋常ではないような暴風雨で驚きました。本日も依然として風が強く、自転車をこいでも、向かい風だと、思うように前進しないという状態で閉口しました。また、屋外で発熱外来をやっておりますと、強風でフェイスシールドが吹き飛ばされそうになったり、自分自身が突風でよろめいたりと、しんどい時がありますが、冬場の雪や雨が降る中、海風による強風であおられるようなときに比べれば、はるかに良い季節になったものです。
春到来で、気候も良くなり、早く山に登りに行きたいと考えているところですが、私がよく登山をしていた魚沼の山々は、恐らくまだ雪が大分残っているのではないかと思われます。
数年前に、魚沼の権現堂山という、当時住んでいた家からほど近い山にゴールデンウィークに登ったときのことですが、その年はかなりの小雪でしたので、油断して軽装で山に行きました。一般的な登山道ではない、若干マイナーな登山道があるのですが、そちらを登ってみると、二合目にも差し掛かっていないような地点で、既に膝丈くらいの残雪があり、軽装であることを悔やみつつ、登り続けていると、途中から、一面雪に覆われているような状況で、雪に残る足跡がなければ、自分の来た道と、進むべき道が全く分からないようになっていきました。自分のいる位置が分からない、進むべき道が分からないということで、一瞬パニックのような状態に陥ります。
恐らく冬山登山で雪の多いような山に登るということは、こういった状況も承知の上でなければ、恐怖感等の心理状態になって、登山、下山に対する適切な判断力が落ちてしまうのではないかと思わされました。適切な判断が出来なければ、適切な行動もとれず、やみくもな行動で、体力を消耗させ、挙句には低体温で、ますます動きが取れなくなったり、錯乱のような精神状態になってしまったりするのだろうと、身をもって感じさせられました。この権現堂山という山は、どちらかというと低山ではありますが、やはり季節を選ばなければ、あるいは適切な装備を選択していなければ、どのような山でも安全ではなくなるのだと思います。
私は、個人的には八海山も登るのは楽しいのですが、権現堂山と守門岳が好きでした。
最近はクマが多くて、登山を控えていましたが、今年は何とか山登りを楽しめる年になってほしいものです。

2021年4月19日(月)

 自由への渇望
投稿:長野央希
報道を目にする限りではミャンマー情勢は深刻さの度合いが増す一方のように見受けられます。国軍兵士への反抗や殺害などの罪状で、死刑判決を受けている市民も増加の一途をたどっております。このままいけば、軍政府と反政府組織や革命組織などの間に内戦が勃発することもあり得、シリアの内戦のような状態に陥るかもしれません。ロヒンギャの問題も抱え、彼らにイスラームの武装勢力が肩入れするようになれば、いっそう混迷を極めていく可能性もあるかもしれません。
また、かつてのフランス革命の時の様にミャンマー政府軍の兵士が市民に与するようになれば、一気に革命政府が出来上がる可能性もあるかもしれません。要は、どういう展開になるか予断が許さない状況であろうということです。
平和的な解決策が見いだせれば、それに越したことはないでしょうが、現実的には困難な気がします。
軍政府は絶対的な武力を有しておりますので、彼らが政府運営を行えば、当然、少々のことは武力をちらつかせて、文民や一般市民を牛耳るようになるのは必然と言えます。それを防ぐには、結局のところ文民統制が不可欠であると言えます。少なくとも軍属が、軍属のままで政治を動かすことは控えさせる体制が必要なのでしょう。しかし、軍が絶対的な権力を有している社会では、文民統制などのシステムを甘んじて受けるはずがありません。となると、結局は市民革命として、軍政府を倒し、文民統制などのルールを敷いて行く他はないのだと思います。
日本では、太平洋戦争での敗戦で、帝国陸海軍が解体された結果、文民統制が行われるようになりました。残念ながら、現状ではアジアの多くの諸国では、軍の権力を削ごうとすると、外圧か、内部の国民の血が流れるような事態が不可欠と言えるのかもしれません。
真の自由を得るには、ある程度の犠牲は覚悟する必要があります。
日本は、とても自由な社会に見えますが、国政などの状態を見ると、利権や派閥などの問題で、がんじがらめになっているように思えてなりません。
一般的な社会においても、程度の差はあれ、その傾向がないわけではありません。私も長く勤務医をしてきましたが、病院内も、くだらないような派閥争いやどうでもいいような慣習によって、がんじがらめになっているケースがあります。病院のシステムを改善させようにも、現体制で美味しい思いをしている上層部の人などは、その環境の変化は望ましくないので、改革派を煙たがったりします。流石に、武力行使などがないため、身の危険を感じるようなことはあまりないでしょうが、平和で自由なはずの日本でも、改革すべきことが多々あるのに、既得権益を有する(特に上層部)人たちが、その改革案をつぶしてしまいます。
時代時代に合った体制作りが必要なのにも関わらず、変革を拒否すれば、必ずその社会は衰弱していくことは必定と言えます。
真の自由を得るには、今の日本の状態は望ましいのかも考えるべきなのではないかと思ったりしています。

2021年4月16日(金)

 差別と言論の自由
投稿:長野央希
英国のエリザベス女王の夫君であるフィリップ殿下が逝去されました。99歳という年来を考えると、大往生と言えると思いますが、世界的に殿下を惜しむ声明が出されています。
先月はヘンリー王子メーガン夫妻がインタビューで英王室内で差別を受けたというような趣旨のことを語り、特に米国内で英王室への風当たりが強くなっていました。
もっとも、英国の王室は、これまで相当数のスキャンダルを起こしつつも、大過なく今に至っておりますので、今回の件も、年月とともに風化されていく可能性が高い気はします。そもそも、現在の英国王家であるウィンザー家(サックス・コバード・ゴータ家)はヴィクトリア女王が即位するまでの王で、真面目な人はジョージ三世のみだったと言っても過言ではないような状況です。特にジョージ四世は放蕩三昧といっても良いくらいの王でした。ジョージ三世は謹厳実直で、農地の視察にもたびたび足を運び、ファーマー・ジョージと呼ばれるほどの人でした。ただし、しばしば精神に異常をきたし、政務をとれない時期が長く、息子のジョージ四世が摂政として補佐していた中で、ある意味好き放題していたと言えましょう。
王様は真面目であると人気があるかというと、そうでもないようで、チャールズ一世は真面目で、妻や息子を大切にするような人ですが、国民からは不人気で、最終的に清教徒革命で処刑されます。一方で、その息子のチャールズ二世は陽気で、沢山の愛人を持ちつつも、国民受けは良かったようですので、時代時代の雰囲気などもあるのでしょう。
いずれにしろ、英国の王室は、御自身が品行不良であったり、あるいは配偶者が問題のある人だったりという状況で、現王室のメンバー全員に、人間としての模範を求めるのは酷なのかもしれません。
そんな英王室を離脱したヘンリー夫妻の差別発言は様々な波紋を呼び、ジャーナリストもメーガンよりの人もいる一方で、英王室の肩を持つ人もおります。差別やいじめの問題は極めてデリケートな場合もあります。身体的ないじめや差別は分かりやすいのですが、精神的な差別やいじめは、言った言わないの世界にもなりえます。更に、その発言をした側には差別的な感情がなくても、言われた方が差別を受けたと感じれば、差別が成立してしまいます。殊に、米国では建国から常に奴隷制の問題や開拓時代の先住民との衝突などもあり、国の歩みに差別がついて回っていたような国ですので、その反省に立って、極めて差別に対して敏感になっているように思われます。時には、こんな表現まで差別に当たるのかというような規制も入ります。
現代は、いわゆる「弱者」が差別被害を訴えれば、、世論・マスコミや一部の政党が弱者の味方として、差別のあったこと自体やその内容をあまり検証することもなく「強者」を弾劾する風潮が強い時代です。「弱者」が泣き寝入りしなくて済むという意味では素晴らしいと言えますが、一方で、「強者」が冤罪として、社会的に抹殺されかねないような恐ろしさも内包していると思います。痴漢の冤罪も、女性側が仮に被害を受けていなくても、被害を受けたと言い張れば、男性側にとっては大きく不利な状況に陥ります。実際に、私が都内で働いている時に、友人が痴漢の加害者として扱われそうになっていたのを見て、しばらくは恐ろしくて、満員電車に乗るのを控えたことを思い出します。
次元は違う話ではありますが、差別は許されない問題ではあります。とはいえ、いわゆる「弱者」が常に正義で、かつ正しいことを証言しているとは限らないにもかかわらず、弱者が差別を受けたと言えば、自動的に強者が裁かれることには警鐘を鳴らしていく必要がある気がしてなりません。そして、差別用語という観点で、自己規制をしていくうちに、ものをいうことが出来なくなっていくのではないかという懸念もあります。
恐らくいくら法で規制しても、差別は根絶できないでしょう。
最終的にはすべての人間が相手に対して思いやりの心を持ち、相手に対する基本的な配慮を忘れないようにすることの他に差別やいじめをなくす方策はないのだと思います。


2021年4月13日(火)

 銃規制
投稿:長野央希
米国のバイデン大統領が銃規制策を打ち出したという趣旨の報道がありました。これまでの米国で銃の規制はタブーなのではないかと思うくらいに、銃が蔓延している状況でしたから、ある意味画期的な方針転換と言えるのかもしれません。
調べてみると、毎年11000人は銃暴力の犠牲となっており、統計によると、毎年315人に1人が銃撃の犠牲で命を落としている計算になるとのことで、米国の死因の上位に銃による死亡が位置しているのです。(米国の死因の一位は心疾患で6人に1人)CDCでも全米人口動態統計で同様の指摘を指摘をしています。また、米国医師会雑誌で「死亡率で考えると、銃による暴力は死因の中で最も研究されていない」と論ぜられています。
また、米国の人口は全世界の人口の5%にも満たないのに対して、全世界の民間人が所有する銃の50%近くが米国人によって所有されているとの報告もあります。最近はテロによる大量殺戮が大きくニュースになりますが、それ以上にさして話題にならないような銃犯罪がいかに多いかを考える必要があるのだと思います。
これほど深刻な問題にもかかわらず、長年、その領域にはメスが入れられなかったわけですから、社会を巻き込むような極めて重い問題を内包しているのは間違いないでしょう。
これは銃を製造、販売する人たちやライフル協会などの利権も絡んでくるということも大きい問題なのでしょうが、それ以上に米国の独立から現在に至るまでの精神性に関連する面も大きいのではないかと思われます。というのも、米国は英国政府の暴政に憤って、独立戦争を始めて独立を勝ち取っていますから、自分の身を守るためには自衛する権利があるという意識が強いと思われるからです。また、開拓時代を通じて、その意識は高まっていったのではないかと思えます。自衛をする権利はすなわち銃武装する権利につながります。銃を規制するということは、その権利を奪われるという危機感を少なくない米国人が感じてしまう恐れがあります。
多くの米国人が自衛する権利を奪われることに対して、政府に反感を抱いた場合、米国内の分断に拍車がかかる恐れもありえます。
また、バイデン大統領の命にもかかわってくるかもしれません。(何しろ、米国ではケネディやリンカーンをはじめとして、大統領ですら銃による暗殺が起きる社会ですので)そういう意味で、今回の銃規制策を打ち出した政府の勇気には拍手したいと思います。ただし、尋常ではないいばらの道を歩むことにはなるのでしょうが。
銃をはじめとする武器に関しては、世界的にも大きな問題が渦巻いています。アフリカや中東で内戦や紛争が絶えない要因は様々あります。民族的な問題や宗教的な問題、植民地時代の欧米列強の無責任な政策の問題が挙げられますが、それと同じような比重、あるいはそれ以上の比重をもって武器を作り、売る組織の利権がかかわっているということです。武器を売ることで莫大な利益を得ている組織からすれば、紛争地域が平和になってしまうと、武器が売れなくなり、多大な損失を受けることになるという、大きな闇が潜んでいると言えます。
人間が登場して以降、常に戦争や紛争が絶えません。そういう点では人間の本質が戦闘行為にあるのではないかと思えてしまうのですが、銃規制や武器の規制においては、そういった人間の負の部分の本質をあぶりだす必要があるのかもしれません。

2021年4月9日(金)

 違和感
投稿:長野央希
少し前から、芸能人や政治家などの有名人が、自分のもつ持病や新たに罹患した疾患に関して、ツイッターなどのSNSで発表して、世論的に話題になるのを見かけることが増えたような気がします。
有名人の心理としては、自分の闘病生活や病気のことを公表することで、同じ疾患で悩んでいる人を勇気づけたいという思いの場合もあろうと思いますが、一方で、「自分が病気で苦しんでいる」というアピールをすることで、同情などから人気や評判を上げたいという思いの方も少なからず、存在しているように受け取れてなりません。芸能人や政治家の中には自己愛的な性質を持つ方もおられるので、自分が病気であるという不幸をアピールしている自分に酔っている場合もあるのかもしれません。
結果的に自分の人気が上がったり、票が集まれば、儲けものという心理も働いている可能性があります。
勿論、自分の病気を公表すること自体が、勇気のいることであろうと言えますし、闘病を頑張っている姿を応援したいという気持ちもありますが、同時に何か強い違和感を感じてしまう自分もいるのです。
私は、昨年まで中核病院以上の規模の病院で働いてきましたので、当然様々な入院患者さんの診療にあたってきました。
そういう方の中では、ほぼ身寄り便りもないような患者さんもおられます。そういった方も白血病などの難しい病気となり、病気と向き合う生活を強いられています。身寄りがないということは、病気に対する不安や恐怖を分かち合うような相手もいないのです。一人で病気と向き合い、一人で苦しい闘病生活を送ることを余儀なくされている方も少なくないのです。また、急性白血病では無菌治療室での治療を行うケースも多く、そういった場合は家族や友人がいても、なかなか面会が難しい時期もあり、孤独感を強めてしまいやすいのです。こういった、スポットライトを浴びることもなく、淡々と苦しい治療に耐えている多くの人にとって、マスコミで報道されもして、多くの人に応援をされているような有名人はどのように映って見えるでしょうか?
難しい病気でも、治療が順調に行っている時や、治療を乗り越えて寛解や治癒をしたような場合には、同じ病気を公表している有名人は同志や戦友といった感覚でとらえられるかもしれませんが、治療がうまくいっていないときや、副作用で苦しんでいる時、治療の甲斐もなく、病状が悪化していっているようなときには、その有名人は恨めしさの対象になってしまうかもしれないのです。このように複雑な心境で、有名人のブログを見ている人がいるかもしれないことを理解していただければと思います。
有名人の病気告白は、一部社会的な偏見の目で見られてしまっているような病気への啓蒙や理解を深めるという意味では有意義とは思いますが、有名人が売名行為として病気告白をしている場合には、その行為で、不快感を持つかもしれない人が少なからずいることを知ってほしいと思います。

2021年4月2日(金)

 貧血
投稿:長野央希
貧血というと、大変ありふれた単語ではありますし、ある意味では最もなじみ深い症候群と言えるかもしれません。貧血とは簡単に言えば、赤血球の少ない状態を表しますが、一般社会では「ふらついて、倒れそうになった」などの事象があった際に「貧血が起きた」などと表現されたりします。これはいわゆる「脳貧血」を指していると思われますが、本来の貧血とは全くの別物でありますが、そういう意味でも貧血という言葉自体が、案外曖昧にしか意味を理解されていない可能性が高いように見受けられます。
しかし、貧血という症候群自体が案外と医療者の中でも十分理解されていないようなシーンにしばしば出会います。
貧血と言っても、その原因は極めて多種多様です。
@鉄欠乏性貧血A栄養性貧血B慢性炎症に伴う貧血Cビタミン系の欠乏による貧血D甲状腺機能低下症などのホルモン疾患に伴う貧血E膠原病に伴う貧血F血液系の悪性腫瘍(白血病、リンパ腫、骨髄腫など)G再生不良性貧血、骨髄異形成症候群などH溶血性貧血⓾腎性貧血J出血による貧血(外傷や固形癌からの出血など)K薬剤性
等々と思いつくものを書き出しただけでもこの有様ですので、貧血で一冊の教科書が出てしまうのも当然と言えます。
そんな中で、貧血に対して、特に検査はせずに漫然と鉄剤を投与しているのみの医師も少なからずおります。最近になって、腎性貧血に対する内服薬が出ました。本来であれば、エリスロポエチンというホルモンを調べたうえで、その不足を確認した慢性腎疾患の患者さんに投薬すべきものが、鉄剤で効果がないからと安易に貧血に使用されてしまうのではないかという懸念を強く持っています。腎機能障害の伴う貧血には、背景に多発性骨髄腫(形質細胞ががん化した、血液腫瘍)が隠れているような場合もありますので、腎機能低下の貧血で、詳しく調べもしないでという姿勢は厳に控えるべきと言えます。
貧血というありふれた症候だからこそ、多くの医師も軽く考えている節がありますが、非常に奥の深い病態ですので、丁寧な検査、原因検索が不可欠であると考えます。
このことは、自分に対する自戒ともなります。心不全などのいわゆるよくある症候群だからこそ、より慎重に対処しなければならないのだと思い、日々の診療につなげていきたいと思っています。

2021年3月29日(月)

 大相撲3月場所
投稿:長野央希
大相撲3月場所も、終盤に入ってきております。
休場を続けていた鶴竜関が引退されました。それほど恵まれた体格というわけでもない中で、36歳まで頑張ってこられて、最後はけがに泣かされ続けた日々であったかと思いますが、お疲れ様でした。
そして、今場所は、白鵬関まで途中休場になり、手術になるということで、正直なところ年齢的にも厳しいものがあるのではないかと思います。
そもそも、満身創痍の横綱二人が力士としては老体に鞭を打って、引退をしない理由が、次代の横綱が出てこないことによる面が大きいのだと思います。貴乃花が千代の富士に引退を決意させたりという世代交代がされていないことが大問題なのだと思っています。本来であれば、横綱二人が不在であれば、大関の誰かが悠々と優勝しなくてはならないはずなのにも関わらず、大関がみんなピリッとしません。貴景勝関が勝ち越しを決めて、カド番を脱したのは朗報と言えるかもしれませんが、綱取りを目指す人間としては、もう少ししっかりしてほしいなという気がしないわけではありません。
大関経験者の高安関と照ノ富士関が優勝争いを演じておりますが、流石実力者という感はあります。兄弟子である稀勢の里が引退してから、高安の元気がない印象が否めませんでしたが、ようやく本来の姿に戻ったのかと期待してしまいます。
それにしても、照ノ富士関は、大けがを負ってから、幕下まで落ち、そこから再び這い上がってきたというのはとても立派だと思います。栃ノ心関も、選手生命にかかわるような大けがから復帰した不屈の精神には無条件で敬意を表したくなります。この二人は日本人ではありません。しかし、そんなことは関係ないでしょう。もし大和魂がそういった不屈の忍耐を示すものであれば、この両者は現役の力士の中で最も大和魂を体現している存在と言っていいかもしれません。相撲では、最近あまり芳しくないような報道が多い中、現代日本人が忘れつつあるような日本的な美を外国人力士の中に見られるというのも不思議な感覚ではありますが、清々しい様な気持ちにさせられます。
後は、新潟出身の豊山にはもっと頑張ってほしいです。実力はあるので、せめて幕内上位(できれば三役)に定着してほしいと切に願います。

2021年3月26日(金)

 プロ野球開幕
投稿:長野央希
あまり明るくないニュースの多い昨今ではありますが、今年も、いよいよ明後日からペナントレースが始まろうとしています。それに先んじて、昨年中止となってしまったセンバツ高校野球が始まり、連日の熱戦が繰り広げられています。やはり若者が真剣に一つ一つのプレーに全力を尽くす姿は、良いものだと思わされます。(とはいえ、平日に高校野球を見ているのが難しいのが残念ですが)
プロ野球も、高校球児に負けないような熱い、そしてこれぞプロと思わせるような美技を見せてほしいと思います。
さて、私が38年応援を続けている広島東洋カープですが、セリーグ3連覇を遂げてから、二年連続Bクラスという苦汁をなめさせられてきました。今年も、優勝まで手が届くのかというところではありますが、大瀬良、野村両投手が、昨年のような事態にならなければ、森下投手と三本柱として、ローテートが回せますので、それなりに投手力再建ができると思っています。個人的には床田投手に頑張ってほしいところではあります。また、昨年ドラフトで、投手ばかりをとりましたが、その中でも即戦力になりそうな人が複数いるのが、楽しみな所です。
左腕の先発で計算できる人材が欲しい(ジョンソンの穴を埋められるような)のと、中継ぎ・ストッパーで適材が出てくれることが優勝の絶対条件ではあろうと思います。
一方で、野手は色々と楽しみではあります。菊池、田中、相澤の後継者となりそうな若手も、徐々に台頭してきていますし、クロンという新外国人選手も日本の水にあいそうな気もします。堂林選手が昨年と同様の活躍をしてくれれば、かなり選手層の厚い打線も組めるでしょう。鈴木・西川がクリーンナップで成績を残せれば、中盤以降で不安の残る投手陣をバックアップできるでしょう。
また、広島らしさとして、守備力・機動力を向上させていただきたいと思います。昨年は菊池選手の無失策という信じがたいような記録もでましたが、他の選手たちも、厳しい練習を経て、鉄壁の守備陣を形成してもらいたいと思います。そして、機動力を発揮して、相手をひっかきまわし、打線が調子を落としていても、足で点をもぎ取るようなそつのない野球を展開していただきたいものです。
河田コーチが復帰されたのも心強いところですが、佐々岡監督が二年目を迎え、自分の色をどのように出していくのか注目です。投手出身ですから、投手王国再建を期待したいです。
後は、優勝していたころの黒田、新井のような心の支柱となれるベテランがいてくれると安心ではあり、長野選手辺りがそうなってくれるといいとは思っています。
少なくともAクラスには当たり前のようになれるチーム力はあると思います。
頑張れカープ

2021年3月24日(水)

 地震
投稿:長野央希
3/20に宮城県沖地下59kmを震源とするM6.9の地震がありました。新潟市内も震度2〜4と幅はありながらも、比較的長く揺れを感じるものでした。
その時間、私は酒を飲んでいましたので、最初はもう酔っぱらったかと思っていましたが、それにしては、電球なんかも揺れているので、妙だなと感じていたところ、テレビの緊急の地震速報を見て合点がいった次第でした。
時間帯が18時過ぎで、食事を作ったりと、火を扱っている家庭も多かったでしょうから、地震の規模によっては、大火災に発展するような危険もあったので、そうならなかったことは不幸中の幸いでした。
ただ、いずれにしろ、東日本大震災の発生した3月の発生であることからも、岩手、宮城、福島の三県の方々は、不安や恐怖が頭をよぎったのではないでしょうか。今回は津波注意報も出ていましたので、尚更のことです。
2/13にも福島沖を震源とする地震があり、いずれも東日本大震災の余震であるということです。確かに、地球規模で見れば、10年などというのはほんの一瞬のようなものなのかもしれませんから、余震が未だに起きていても何ら不思議ではないのでしょう。
それにしても、最近は地震活動が活発化しているような気もしますので、日本全国で地震などへの災害に対しての注意を怠らないようにする必要があろうと思います。我々はいつ被災の当事者になるかわからないという意識を持っていることが重要なのだと思います。
また、地震とは別に宮城県では、新型コロナ患者数の増加を受けて、独自に「緊急事態」宣言を出すような報道を見ましたし、福島でも病院での170人という大規模なクラスターが出たとのことで、山形県でも徐々に患者数が増加傾向にあるということです。地震に加えて疫病による不安も重なり、地域の方々の不安も募っているものと思われます。どうか気をしっかり持っていただきたいと思います。
そして、新潟でも対岸の火事ではないことを肝に銘じる必要があります。いつ何時、天災や疫病の流行などのトラブルに直面するかは分かりません。

それにしても、現在の状況は、中世において全世界的にペストが大流行した時の状況を想起させられます。14世紀のペスト流行時は、インドなどで大噴火があったりと、世界規模に天変地異が起きていました。歴史を学ぶことで、似たような事象に備えることも大切な人類の知恵なのではと思っています。


2021年3月22日(月)

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