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 「学歴社会」に思うこと(4)
投稿:長野 央希
より高い学歴を求めると、結果的には受験戦争に勝つ必要があるのが今の世の中と言えます。
受験という競争で、メリットは何か考えてみました。
一つは、忍耐力を身につけられる可能性があること。
更には、継続する力を身につけられることが挙げられると思います。また、受験に勝つという場合は、それこそ「己を知り、敵を知れば、百戦危うからず」という孫子の言のように、自己の正当な評価をし、受験する学校の試験問題を分析することにはなるので、(十分やれているのかは微妙かもしれませんが)冷徹な分析力が身につくかもしれません。
もっとも、これらの継続力や忍耐力、分析力という物は、恐らく長らくスポーツや音楽などで高レベルな活動をしている人たちは皆、身につけざるをえない物な気はします。そういった、運動や芸術をやり続けてきたわけではない人たちには、受験勉強が、鍛錬の場にはなるでしょう。
そして、最も大きい意義があるとすれば、挫折を経験させてくれることではないかという気がします。格の違う学校秀才であれば、受験においては全く挫折を経験しないかもしれませんが、そんな人は少数派でしょうから、多くは、色々な失敗や挫折を経験しながら、成長していくことになるでしょう。この挫折や敗北は、子供のうちに経験しておくことが重要な気がします。最近は、子供の運動会で、順位をつけるのはかわいそうだからと言うことで、勝敗や順位付けをしない風潮になっていると聞きます。運動会で勝敗を決めない様な配慮をする大人達は、何故受験は許容できるのでしょうか?運動会という特段人生に大きな影響を与えないような行事で負けたら、子供がかわいそうという心配をするくらいなら、もっと人生に影響を与えかねないような受験で勝敗がくっきり分かれるようなことに文句を言わないのは何故でしょう?その矛盾に対して疑問を持つべきでは無いかと思うのですが。子供に敗者の屈辱を味合わせたくないと言うことで、純粋培養すればするほど、子供の成長はむしばまれてしまう気がしてなりません。
そもそも、社会に出てからは、失敗や挫折の連続と言えます。その失敗を糧にしながら、色々工夫を凝らしたりして成功につなげていくのが成熟した大人と言えます。そこでは上司からの叱責や、他者からの苦言などはつきものでしょう。子供の頃に挫折を経験してこず、大人になって初めて挫折を経験した場合は、打たれ弱さのあまり、挫折感からの立ち直りが上手くできなくなってしまっている恐れもあるのです。
恋愛一つとっても、勝者と敗者が出てしまいます。仮にある一人の女性を三人の男性が愛したとして、その女性が一人の男性を選んだ場合、他の二人の男性は、少なくともその恋愛においては敗者となるのですが(その女性が大変な猛者で、三人とも同時に付き合ってしまえば、三人とも勝者で、三人とも敗者ということになる可能性がありますが)、その二人の男性は別の恋愛で負け続けるわけではありません。大人になるまで挫折を知らない人は、気持ちの切り替えがすんなり出来るのかどうかという懸念が出てくるのです。
そういう意味でも、学歴を得るための受験戦争には厳然たる勝敗が有り、ある種の社会勉強の側面もあるのかもしれません。
とは言っても、現在の学歴という人間評価の術は、非常に偏りのある物であり、見直されなくてはならないというのは、自分としての長年の思いであることは間違いありません。
人間性の評価という、最も難しい面をどうしたら適切に評価できるのか。その結果、適材適所で人々が生きていけることが、最も社会として目指すべき方向なのでは無いかと思います



2026年6月16日(火)

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