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「学歴社会」に思うこと(2) |
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投稿:長野 央希 |
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今や大学の数が増えて、このままいけば大学全入社会になるのではという勢いであったりするようですが、その点も疑問を感じています。 そもそも、大学というものは研究する場所であり、専門的な高等知識、技術、資格を習得するべき場であるはずなのです。 就職するための予備校でもないし、見栄を張るための場所でも、仕事をしたくないから時間稼ぎとしているべき場所でも断じてないと思っています。 これをやりたいという具体的なヴィジョンがなくても、漠然としてでもいいからこういったことを学びたいという、学ぶことへの貪欲な意欲があるべきなのだと思っています。 やりたいことが見つからないから、とりあえず大学に行くというくらいなら、むしろ放浪の旅をした方が、はるかに有意義な時間が過ごせるのではないかとすら思っています。放浪しているうちに、自分を見つめ、自分が何者なのか、何がしたいのか見えてくるかもしれないですし、まるで知らない地域で、知らない人たちと触れあうことから得られることも大きいはずです。そこで、自分はこうした仕事をしたい、こうしたことを学びたいと考えて、大学進学を志すのは大いにありだとは思います。 また、昨今は就職に有利だから、ある大学群に行くというような人もいるようで、その大学なら学部は問わないため、入りやすい学部を選択して受験するというようなこともあるようですが、それも本来の大学の在り方から大きく逸脱しているように思えてなりません。 こういった考えは、結果的に大学の価値を貶めていくことになるのではないだろうかと思っています。 そもそも、大学卒というものになぜ価値を置くのか、わからないのです。 いわゆる良い大学を出ていても、愚かな人は愚かですし、大学に行っていなくても、賢い人は賢いのです。 戦前の帝国陸、海軍の高級軍人は基本的に学歴エリートでした。しかし、彼らは結果的に亡国の危機に瀕するまでに国を傾かせてしまった。 日本の軍が最も有能だった時代は、恐らく日露戦争の頃であったと思います。この時代は大本営や軍のトップたちは、陸軍士官学校や海軍兵学校を出ていないか、出ていたとしても、ごく初期のころの人たちでした。そして、司令官を支える参謀たちは陸、海軍大学を出ている秀才たちでありました。学歴秀才というのはとかく優等生的、官僚的になりやすいのだと思うのですが、発想に自由さが失われやすいように思えます。その点で、叩き上げの人がその上官でいることで、臨機応変な対応、より自由な発想を生み出しやすかったのではと思っています。叩き上げと、学校秀才がうまく融合する形で、日露戦争の勝利につながっていったように思えます。 その後は、基本的に叩き上げという人たちがいなくなり、皆が士官学校や兵学校を出た学歴エリートたちで占められるようになっていった。これが軍というもののシステムの柔軟性を奪い、硬直化していく。官僚的になり、しばしば党利党略に走り、国家よりも自分たちの組織を優先させてしまった。エリート意識が高じて、下級士官やその下の兵士、国民の命を蔑ろにした。時に、そのエリート意識が自分たちは何をやっても許されるという傲慢さを呼び、それが大本営の命令すら無視し、独断専行で事を起こし、下剋上のような気風を生んでいった。 昭和の軍部といいうものは、机上の空論で、すべて知った気になっているよう単なる学歴エリートというものの危険性を垣間見せられているような気がしてならないのです。 今の日本も、何か似たような雰囲気を感じてしまうのは自分だけでしょうか? 代替となる「人の評価」方法というものがすぐには思つかないのですが、学歴にかわるような人間評価基準というものを新たに構築していくべき時なのではないかと思っています。 |
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2026年6月11日(木) |
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