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新潟の強み |
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投稿:長野 央希 |
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自分の母校である中学校を訪問致しました。一昨年の北陸地震で、そこも大きな損傷を受けておりましたが、一部校舎の建て替えも成り、新たに立派な駐車場も完成しておりました。駐車場ができた場所というのは、かつては池を有するような中庭のような空間でした。その池の水を汲んできて、たびたびミジンコやアオミドロなどの顕微鏡観察をしたことが懐かしく思い出されます。自分が中学当時のミジンコから何世代を経て、滅亡の憂き目にあったのだろうかなどと、一抹のさみしさを覚えながら、駐車場を眺めていました。思えば、自分の実家の周辺も堀が埋め立てられ、立派な幹線道路ができたり、自分がカエルやザリガニをとっていたような環境がことごとく失われてしまい、今の風景から、故郷に戻ってきたというような実感がわきにくいというのが実感です。 また、最近、平日の昼間に本町に行く用事がありましたが、だいぶ閑散としており、ショックを受けました。幼少の頃の本町というのは、市場街として、相当繁栄していた記憶がありましたので、その差に愕然とさせられました。 時間の経過とともに物理的な面も、人間の心も大きく変化していくのは仕方のないことですし、その変化が良い方向に向かうのであれば、何ら問題はないでしょう。 しかし、昨今の新潟は、人口の流出という問題に直面しております。 自分も、現職という立場がなければ、あまり故郷を感じさせることもない新潟市に戻ることはなかったかもしれませんので、場合によっては流出の一人に数えられていたかもしれません。 農作地がどんどん減り、商業施設や道路などの開発が進んでおり、生活自体は便利になっているのは間違いないでしょう。整備を進めて、都会化することで、果たして新潟に人を呼び込めるのかどうか考えてみました。 頑張って都会化しても、新潟は東京には絶対に勝てません。東京などの首都圏や大阪などの大都市と同じ土俵では、対等に渡り合えないのは当然といえます。 新潟の強みは何か?農業、水産業、牧畜業などの第一次産業に他なりません。 日本一にを争う米どころとして、また海の幸、山の幸にも恵まれ、水にも恵まれているという、この優位性を前面に押し出さないで、どうするのかという話です。 今、米国も国内の政情が不安定になりつつあり、その影響は必ずや世界に波及します。世界情勢が混とんとしてきた場合、昨日の敵は今日の友、逆に昨日の友は今日の敵という目まぐるしい変化をたどる可能性も高まっていくでしょう。そうした場合、食料を輸入にたどっていれば、相手国に常に下手に出る必要もあり、対等な国際関係は築けなくなるでしょう。いかに食料を国内需給で賄えるかが、今後日本が世界で独歩の地位を築けるかの鍵になると思います。 新潟が、その国内最大の食糧庫となり得れば、新潟の発言権は増すでしょう。日本国内における重要度が増せば、自ずと新潟に住みたいと考える人も増えます。 (もちろん、食料を安く買いたたかれないようにするという政治力は不可欠ではありますが。) 今、新潟県内では農業の後継者がいないなどの理由で、農地をつぶして、ほかの施設の建設などに充てる動きが加速しているように見受けられますが、新潟の強みを自ら捨てていると言わざるを得ません。 農業生産者、漁業従事者、畜産業者を手厚く保護する。これは、きれいごとで言っているわけではありません。「隗より始めよ」という中国の故事のように、今いる人たちを厚遇すれば、自然と、有能な人たちが利を求めて、こぞって来県するようになることにもつながるといえます。 官民一丸となって、人材を集め、そして第一次産業に対して科学的研究を進めつつ、商業的に発展させていくことが、将来の新潟の発展に資することは間違いないと思っています。 農地をつぶせば、また農地として利用することは非常に困難になります。今の段階で、農地を確保し、里山を復活させることも視野に入れるべきでしょう。里山の復活は、緩衝地帯として熊や猪が住宅地に下りてくることへの防波堤にもなりえるのではないかと期待するのです。 東京に右に倣って、都会化を進めていくというのは、それこそ地域の特異性を活かすことから、大きく逸脱する所業ではないかと思います。 地方都市には地方都市なりの強みがあり、それを生かす方策を考えることこそ、地方分権の根幹であると確信しております。 |
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2026年5月14日(木) |
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