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個と組織 |
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投稿:長野 央希 |
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4月に入り、欧州各国のサッカーリーグの優勝争いや残留争いが佳境に入っております。バイエルンのようにすでに優勝を決めている、あるいはもはや優勝争いは終了しているというリーグも出てきております。一方で、イングランドプレミアリーグではアーセナルとマンチェスターシティ(マンC)との優勝争いが繰り広げられ、この日曜には天王山といえる直接対決があり、マンCが勝利をおさめております。グアルディオラは選手としても監督としても好きなのですが、マンCはそれほど好きでもなく、かといって、アーセナルも好きなわけではない中で、アルテタ監督が良く指揮しており、しばらくタイトルから遠ざかっているアーセナルを若干応援しておりますが、どうなるでしょうか?一方で、マンチェスターユナイテッド(マンU)は監督の紆余曲折を経て、マイケル・キャリックが指揮を執るようになり、強さを取り戻している感があります。久々に3位以内でのフィニッシュができそうなので、かのうなら、来期以降もキャリック監督が続投すればいいのにと期待しています。 一方で、残留争いも激しく、トッテナム(スパーズ)、ウェストハム、ノッティンガム(フォレスト)といった古豪のうち、1チームは降格する可能性が高まっております。スパーズはノースロンドンダービーとして知られるように、アーセナルと長年のライバルでありました。一時は、だいぶアーセナルの後塵を拝している期間が長かったこともありましたが、近年は資金を投じて補強したりと、リーグ上位を維持していたので、今年のこの成績には驚きを禁じえませんでした。自分が、プレミアを見始めたころは、ダヴィド・ジノラが格好良かった記憶がありましたが、中堅に位置するような順位でした。その後は、モドリッチやベイル、ハリー・ケイン、ソン フンミンなどの活躍は記憶に新しいところといえます。ベッカムも子供時代にファンだったということもあり、何とか頑張って残留してほしいところです。 リーガ エスパニョーラではバルセロナが着々と優勝に近づいている状況ですが、レアル マドリーは監督の後退などで迷走を続けている感が否めません。 レアルといえば、かつては銀河系軍団といわれるように、圧倒的な能力を有したスターを集めてきて、相手を圧倒するというチームではあります。今も、エムバペやヴィニシウスJr.、イングランド人ではベリンガムなど錚々たるメンバーをそろえております。 組織だった戦いとか戦術を駆使するといいうよりは、圧倒的な個のパフォーマンスで戦うという面が大きいチームでしたが、近年は戦術の進歩や組織的な戦い方が洗練されたりといったことで、個の力で勝ちきれないという反省のもとに、レバークーゼンンで圧倒的な成績を収めたシャビ・アロンソを監督として招聘しました。当初は、彼の厳格な戦術をチームに浸透させようとして奮闘しておりましたが、元来が個の力で伸び伸びやりたい選手たちが多かったため、選手が監督から離反して、最終的には反乱のような様相を呈し、監督解任という憂き目にあうこととなってしまいました。その後は、アルバロ・アルベロアが暫定監督として引き継いでおりますが、会長やスター選手への遠慮のためか、彼らしい色を出すこともできず、今に至っております。 そもそも、チームとしては、個の力に頼るだけではなく、戦術を磨くことを期待してシャビ・アロンソを呼んできたはずなのに、半年程度で彼を解任したこと自体に大きな問題があると言わざるを得ません。しかも、一部の選手たちの不満を受けて、会長が監督を切るということが、あってはならないこととすら思えます。戦術の浸透には時間がかかることは、予め分かっていたことでしょう。アロンソ監督には、もう少し時間を与える必要がありました。 もともと、レアルが好きではないので、正直なところでは、どうでもいいといえば、どうでもいいのですが、アロンソやアロベロアのようにレアルの栄光を支えてきた主力たちへのひどい仕打ちを見るにつけ、ますます、レアルが好きではなくなってしまいました。 どんなに優れた資質を有している個人も、決してチームという組織よりも大きな存在になってはならないと思います。どんなに優れた個人も一人でプレーして、一人で勝つというわけのものではないのです。個のわがままを許容し、その自我を肥大させ、増長させることは、結果的に組織の弱体化につながるでしょう。 これは、何もスポーツに限った話ではないように思えます。 個人個人は、確かにそれぞれの個性などは尊重されてしかるべきと思いますが、同時に社会という組織の歯車でもあるという自覚を持つ必要があると思います。人間は一人では生きられない。社会を潤滑に動かす歯車としての責務を果たす必要があるように思えます。組織の歯車としての義務を果たすことよりも、個の権利ばかりをを主張し続ければ、最終的に、社会の弱体化や崩壊を招くことになるでしょう。 確固たる自我を持つことは重要ですが、自我が肥大すればするほど、社会との軋轢も増していく。肥大した自我は、その人個人をも傷つける結果になるように思えてなりません。 そもそも、人間自体が、自然の中の一要素にしか過ぎないと気付けば、自ずと、謙虚になれるはずです。 自然よりも人間が強いという幻想は思い上がりにしかすぎません。大自然の中の、多数の人間のうちの一人の人間であると認識することで、自我の肥大化を抑制する必要がある気がしてなりません。 |
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2026年4月23日(木) |
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