戦争の変遷(1) |
投稿:長野央希 |
私は孫子の兵法を読んで、大変な感銘を受けたことを覚えております。 「彼を知り、己を知れば、百戦すれども危うからず」などの有名な文句が多数ありますが、これを孫武の教えとすれば、2500年以上前のものですし、孫びんの時代の著作としても2300年以上前のものであることに驚きを禁じ得ません。紀元前500年頃の段階で戦争の本質をとらえていることも驚嘆すべきことですが、戦争にとどまらないような心理学的、科学的考察を微に入り細に入るように行っていることも見事としか言いようがありません。そういったわけで、軍人のみならず、ビジネス書のようなものにも孫子の兵法の教えが取り入れられるのも納得がいきます。 戦争を行うのが人間である以上は、その本質的な部分は大きく変わることはないでしょう。 ただし、戦争のやり方や、為政者の戦争への取り組みなどは変化してきています。フランス革命を経てナポレオンの登場までは、基本的には多くの場合軍人、兵士同士の衝突と戦場周辺の一般人が巻き込まれるような、どちらかというと局地的、限定的なもので、しかも戦争指導者(王侯貴族など)のゲームに近いようなものであったのが、ナポレオン登場後、徴兵制を敷いたことで、多くの一般市民が戦争に身を投じていくこととなりました。その結果、戦争の範囲が拡大していき、国家規模となり、国家の総力戦に発展していったように思われます。更には、産業革命を経て、長距離大砲などの武器の発展で、戦争の被害は局地的な物から、更に広範囲に及び、住民の被害も甚大になっていったと言えます。戦力の動員という形で、国民の多くが戦争と関与せざるを得なくなったことも、19世紀以降の特徴と言えるかもしれません。それでも、冷戦のころまでは、戦争は当事者である国々どうしの争いでありました。しかし、そ戦争は当事者の争いであったものが、湾岸戦争以降、変化しているという意見を読み、興味を持ちました。これは、ウンベルト・エーコの『歴史が後ずさりするとき』(岩波書店刊)の戦争と平和をめぐるいくつかの考察を読んでの感想です。 彼は、従来の戦争を旧来型戦争と呼び、湾岸戦争以降をネオ戦争と記しています。まず、旧来型戦争では、戦争を行う当事者が明確に分かれていると言えます。例えば、太平洋戦争の際には、米国は日系移民を収容所に押し込めました。戦争を遂行する上では、日本憎しの姿勢を貫くことで、5年近い戦争を完遂したと言えます。しかし、湾岸戦争の際には、イラクのバグダードにも米国人は多数残っておりましたし、逆に米国内にもイラク人やイラクを支持するような中東の人たちが多数存在しておりました。また、武器を売るような企業は、敵対するような国にも武器を売り、利益を上げておりましたし、その他、多国籍の企業からすれば、米国が徹底的にイラクを叩くことは歓迎できない事態であり、結果的には湾岸戦争の成果はクエートからイラク軍を追い出したことにとどまりました。また、この湾岸戦争では、多くの米国系のメディアすら、イラク市民に同情的な論調を唱えたりしていたそうで、これは太平洋戦争の時とは大きな違いと言えましょう。世論によって、為政者は当初の戦争目的を遂行出来ない時代になってきているのも特徴と言えるようです。戦争は武力で勝っても、メディアの操作に失敗すれば、結局勝利に終われない可能性が出てきていると言えるのかもしれません。 |
2021年6月7日(月) |
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