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 安楽死事件
投稿:長野央希
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんから依頼を受けた二名の医師による嘱託殺人事件がありました。
この二名の医師は、今回の行為に至った理由が報酬の金銭に目がくらんだのか、自分の正義感や使命感に突き動かされたのかは、今後の捜査で明らかにはなってくるとは思いますが、現状の法律に照らし合わせれば、命をないがしろにした軽率かつ許されない所業のそしりは免れないと言えましょう。
しかし、一方でALSの様に進行性で死に直結するような不治の病を抱えた患者さんとしては、自分が以前出来ていたことが時間を追うごとに出来なくなっていく無力感、切なさ、悔しさ、恐怖感に加え、介護してくれる人への申し訳なさ等、様々な感情が相まって、死を望むようになってしまうことも理解できない話ではないと思います。また、同時に、そういった人々に寄り添って、安楽死を完遂させてあげたいという医師の義憤のような感情も分からなくないと告白します。
そういう意味でも「安楽死」と言うものの是非を問い直すべきなのだと思うのです。太平洋戦争で、あまりにも多くの命が失われたことから、戦後は命を軽視する「戦争」「安楽死」などのテーマは、ある意味タブー視されてきました。「命を粗末にしてはいけない」「戦争を行う軍隊は不要」「安楽死は犯罪であり不可」
これらは正論と言えますが、実は正論を述べることは最も楽であり、正義漢としてふるまえるという心地よさも味わえます。しかしながら、正論は往々にして実現困難な理想論であったりする側面を持ちます。正論で現実を覆い隠すべきではないと思うのです。
現代の日本は戦争もなく、かつてのような結核や赤痢などの感染症で多くの命が失われることもなくなっています。つまり『死』が身近ではなくなっているのです。私は研修医の頃に、担当患者さんがなくなって、ものすごいショックを受けたりしましたし、2011年の3月には被災地の病院の地下で多数の御遺体が安置されているのを見て、更に大きなショックと悲しさを感じました。医療者は『死』というものが身近にあり、そのために『生』を強く実感し、命の大切さが肌身に染みているのだと思っています。
今の世の中は、『死』が身近にない分、『生』に対する意識も希薄になりがちなのではないかと懸念します。虐待による子供の死、陰湿ないじめ、一方で安易な自殺というものが目に付くようになっている気がします。
今回の安楽死嘱託殺人はいたましい事件ではありますが、この件からもう一度、『生』と『死』をよく見つめなおし、安楽死とか戦争といった、目を背けたくなる様な重いテーマとがっぷり向き合うべき時期なのではないかと思います。

2020年7月25日(土)

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